花咲く季節に
@nana_236
花咲く季節に
「…あ………お母さ、ん……お願い、誰か………たす、け」
灰色に染まる空の下、一人の少女が地面に倒れている。彼女は土まみれで、全身に怪我を負っていて、今にも死にそうなそんな状況だった。
彼女は虚ろな瞳で手を前に伸ばし、ただひたすらに助けを乞うた。だが、その声に応える者はもちろんいない。
「ガ、ギザガグ、ギェラギ、ガ」
そんな彼女の元に、一体の機械が向かってくる。
帝国の戦争用機械・コードネーム「nana-236」。対人に特化した、今回の戦争で少女の国が敗戦することとなる原因となる、新型兵器だ。
その「nana-236」は、帝国にプログラムされた「人を殺せ」という命令に従い、何の感情も持たずに、ゆっくりと少女に近づく。
「………い、や……おねが、い」
少女はそのことに気づき、ボロボロの身体で何とか逃げようと体を動かす。「nana-236」よりも遥かに遅いスピードで。当然、少女と機械との差は縮まっていく。
「ギャザ、ギルバ、ゼ、ガ」
少女の目の前に着くと、「nana-236」は右手を少女に向ける。そしてゆっくりと、その腕を振り上げた。
ガチャリ、と。金属が動く音がする。そして、次の瞬間――
「――待て」
突如現れた男の声に、「nana-236」は動きを止める。まだ、少女は殺されていない。そして、動きを止めた「nana-236」には、再び動き出す気配はなかった。
「236に命令、戦争は間もなく終わる。帝国軍本部へ帰還せよ」
「……ガ」
男のその言葉で、「nana-236」は手を戻し、帝国のある方へと歩き出す。機械に命令した男は帝国の人間だった。
機械が去ったあと、男は少女を見下ろす。その目は決して蔑みの目ではなく、ただ、少女の状況に同情しているようであった。
『――こちら、帝国軍本部。ナナ番隊指揮官・アラタ。直ちに帰還せよ。繰り返す。直ちに帰還せよ』
無線機からの連絡に「わかった」と短く答えて、それから男は少女の身体を抱える。
そして、ゆっくりと、意識を失った少女を起こさないように、彼は歩き始めた。
*
「………ぅん」
窓から差し込む明るい光で、少女は目を覚ました。そしてすぐに、自分がいる場所が全く見覚えのないところだということに気が付く。
少女が寝ているのは、真っ白でふかふかとしたベッドの上だった。
「……ここ、は」
「――起きたか?」
「え?」
寝ぼけた頭に男の低い声が響く。少女はその男の姿に見覚えはなかった。だが、何となく安心感を覚え、不思議な感覚に包まれた。何故、なのだろうか。
少女はかすれた声で尋ねる。
「誰、ですか? それ、に。ここは……どこ?」
「ここはアスカ帝国。そこにある俺の屋敷だ。戦場で倒れていたお前を、俺が拾って連れてきた。覚えているか? この帝国と、お前の住む王国の戦争だ」
「戦争…………帝国に、王国………おかあ、さん? お母さんは⁈ 私と一緒に――」
ごほっ、と少女はせき込む。男は近くに立っていた侍女に命令し、水を受け取る。それを少女に渡した。
「落ち着け。あれだけボロボロだったんだ。まだ本調子ではないだろう」
「けほっ。……すみま、せん。ありがとうございます。あの! ……それで、お母さんは?」
「…………すまない。お前の母親は、もうあの時点で助からなかった。それに、お前の母親を殺したのは俺の部下だろう。どれだけ責められようと、俺は構わない」
「そ、ですか……」
男の言葉に、少女はただ落ち込んだ様子を見せるだけだった。少女は理解していた。男は帝国の人間で、男がどれだけ優しくても、戦争になったら人を殺さないといけないということを。
少女は別の質問をする。
「あの、私はこれから……どうなるのですか? 王国は、負けたのですよね?」
「ああ、負けた。だが安心しろ。お前は殺されない。奴隷にもならないし、何の罰も与えられない。これからは、俺の屋敷で過ごしてもらうことになる」
「貴方の、屋敷、に?」
「あぁ、そうだ。食事はしっかりと出すし、侍女の管理も厳しくしているから、お前を悪く扱うような者もいないだろう」
帝国の人間が、王国の、敗戦国の少女を屋敷で匿う。そんな状況が普通に考えて、許されるはずがない。弱者は殺されるか、虐げられるか。それが普通だ。
「どうして」
少女は尋ねる。
「どうして、私を助けるの、ですか?」
それが少女にとって一番気になるところだった。彼女自身に、帝国にとって、男にとって利となるものはないのに。意味がない。
「…………ただの、気まぐれだ。だから気にするな」
「……気まぐれ? う、嘘。そんな理由で」
「よし、もう元気そうだな。とりあえず今日はもう寝ておけ。また昼ごろに来る」
「えっ、あ、ちょっと」
待ってください、と言い終わるよりも前に、男は部屋を出ていった。結局、少女は自分が助けられた本当の理由を知ることは出来なかった。明らかに、逃げられた。
「はぁ」
体を横にして、小さくため息をつく。
それから数分後、少女はぐっすりと眠っていた。
*
男に拾われてから一週間が経過して、少女は色々なことを見て、知って、体験した。
少女は男が軍のとある部隊の指揮官で、名前をアラタということを知った。
少女は戦争の後だということを全く感じない街の様子を、窓から毎日眺めた。
少女は屋敷の侍女から裁縫を習うようになった。頑張って刺繍の練習をした。
「ここでの生活には慣れたか?」
「はい、先生!」
男は一日に三回、必ず少女の元を訪れた。何度も会話を交わして、そのうちに少女は男のことを「先生」と呼ぶようになった。
「どうして「先生」なんだ?」
「だって、先生は何でも知ってるから」
男は博識だった。歴史、経済、錬金術、芸術。様々な分野に精通していて、それらの話を聞くのが、少女の毎日の楽しみの一つだった。
「はじめまして。帝国図書館の司書をやっています、リーナと言います」
「図書館、司書? あ、よろしくお願いします」
男にリーナを紹介してもらってからは、彼女に時々本を借りてきてもらうようになった。男との雑談をもっと楽しむために、少女は必死に知識を身に着けていった。
「随分と熱心だな。何か、目標でもあるのか?」
「目標…………」
先生みたいになること、とは恥ずかしくて口に出来なかった。少女が顔を赤くしてうつむいていると男は額に手を当て「熱があるのか?」と尋ねる。それで少女の顔はさらに赤くなった。
「けほっ………」
「大丈夫か? 安心しろ、今日はここにずっといる」
一度熱を出してしまった時には、一日中男が傍にいてくれた。もちろん身の回りの世話に関しては侍女が行った。辛かったけど、幸せだった。
「お前にこれをやろう」
「レターセット、と、万年筆?」
「実は、今度遠くに出かけることになってな。それを侍女に渡してくれれば、俺に届けるように言ってある」
遠くに出かける。男はそのような言葉を使ったが、それがただの出張でないことは明らかだった。敵情視察か、戦いか。いずれにせよ、安全なものではないだろう。
「お嬢様、アラタ様からのお手紙です」
手紙は定期的にきちんと少女の元に届いた。その文通は、結局三週間も続いた。その間ずっと、
少女は寂しげな表情を浮かべていた。
「先生⁈ その、傷……! 一体、何があったんですか?!」
「心配、するな。少し失敗しただけだ」
男はいくつもの怪我を負って、屋敷へと帰ってきた。少女は驚き、心配し、怒り、悲しんだ。どうして、という少女の問に、男はただ「すまない」とだけ答えた。
「わぁ………!」
「どうだ? 綺麗だろ」
それから一度、男は少女を花見に連れて行った。帝国の植物は、少女の知らない種類のものが多くあった。とても、綺麗だった、
*
ある日少女は、帝国軍本部に呼び出された。突然のことだった。
「お前が………あいつのお気に入りか」
「………あの、私はなぜここに呼ばれたので、しょうか」
張りつめた空気の中、少女は今にも消えかけそうな小さな声で尋ねる。
だが、彼はその質問には答えなかった。
「アラタ、入れ」
「はっ」
男が部屋に入り、少女の横で止まる。少女は驚いた。何故先生がここに?
「例の件、心は決まったか」
「………えぇ。大丈夫です。その代わり、この子は絶対に」
「分かっている」
何の話なのか、少女にはわからない。だが、何となく嫌な感じがして、息を吐く。
「先生………?」
「あぁ、お前には説明していなかったな」
「何、を………?」
男は体を少女に向ける。真剣な、悲し気な目が少女を見つめる。
しばしの沈黙の後、ようやく男はゆっくりと口を開いた。
「俺が、ナナ番隊の指揮官だということは、前に話したな」
「は、い」
「俺の仕事は「nana-236」の指揮および管理だ。そして、そのナナ番隊が今度、戦線に出ることとなった」
この前の三週間ほどの出張は、きっと今回のことと無関係ではないだろう。しかし、戦線にでるということは、
「……先生、は…帰ってきますよね?」
「相手の国の軍事力は、うちとあまり変わらない。生き残れるかどうかは、アラタの腕次第だな」
男と少女を呼んだ彼が、そう伝える。腕次第。つまりは、十分に死んでしまう可能性があると言うことだ。
「そん、な………。何とか、ならないのですか⁈ 先生の命が危険にさらされない、他の方法は!」
「おい、落ち着け。これは仕方がないことだ。誰かが、犠牲にならないといけない。それが戦争というものだ」
「……嫌、嫌、いや、いやっ!」
少女は顔を歪める。理解はしていても、認めたくはない。そんな様子だった。
「これは既に決定していることだ。もう、今更どうにもできない。出発は来週、それまでは今までと変わらない。それに安心しろ。そこの男に、お前の身の保証はさせている」
「そんなこと……」
どうでもいい。少女にとって重要なのは、先生が傍にいてくれることだけだ。
「アラタ、今日はもう帰っていい。しっかり別れを済ませておけ」
「分かりました」
*
「おい、俺だ。入るぞ」
「嫌」
少女の声には応えずに、男は部屋に入る。少女は布団にくるまって泣いていた。
男はベッドの横の椅子に腰を下ろす。それからしばらくは、少女の泣き声だけが部屋に響いていた。
「俺は、帰ってくる」
「…………本当?」
「本当だ」
何の根拠もない、男の言葉。
「嘘」
「本当だ」
「――それなら!」
まだ乾いていない瞳を、力強く男に向ける。
「先生、お願い。私を…安心させてよ」
「……また、手紙を交わそう」
「…………」
「……この軍服をお前に渡す。俺が帰ってくるまで、持っていてくれ」
「…………」
「……俺が。俺が、お前を拾った理由を話そう」
最後の言葉で、少女は「………何」と口を開いた。
「俺には、妹がいた。ちょうどお前と同い年だ。背丈もあまり変わらない。だが、一年前に、死んだ」
「………戦争、ですか?」
「あぁ」
一年前はまだ、王国との戦争中だった。そして、王国と帝国の戦力はまだ均衡していた。そんな中、男の妹は王国軍の人間に殺された。男はその翌日に、そのことを知った。
「それからずっと、俺は一人だった。そんな中、お前と出会った」
戦場で一人、ボロボロで倒れる少女。放っておけば、死ぬ。
「ただ、それだけだ。俺には、お前を殺せなかった」
「………そ、ですか」
「――だから。俺は死なない。お前を残しては、死なない」
「…………分かりました。先生を、信じます」
最後に、少女は男に言う。
「だから、また一緒に。一緒にお花見しましょうね?」
もう涙は止まっていた。少女は、ここに来てから一番の笑顔を男に向けた。
「……あぁ。約束する。一緒にまた見に行こう」
「はいっ!」
少女は元気よく返事をした。
*
一週間後、出発の日がやってきた。
「先生! 頑張ってきてくださいね! 私はいつまでも、いつまでもここで待ってますから!」
「あぁ、分かった。俺は絶対に生きて帰ってくる」
「これ! 私が刺繍したハンカチです!」
「……あぁ、ありがとう」
温もりのある風が、大地を吹き抜ける。近くに咲いていた一輪の白い花が、小さく揺れた。
二人は向き合う。どちらの表情も、涙なんてひとつもない、眩しい笑顔だった。
『また、花咲く季節に。二人で一緒に』
男は戦場へと、足を進めた。
少女は先生に、手を振り続けた。
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