第19話 彼女の理由

 ルナは軽い足取りで俺の半歩前を進みつつ訊いてきた。


「ところで何で棒銀なんて選んだの?」


「なんて、とは失敬な。棒銀は有力な戦法だぞ」


 ルナが「そういうことを訊いているんじゃない」とむくれていたので、そこで一度言葉を区切り対局前の思考を思い返す。


「俺を初心者と思わせてシンジの油断を誘いたかった。途中で逃げられると面倒だからな」


「それじゃあ、最初に長考してたのって挑発じゃなくて……」


「それも込みで色々考えていたんだ。マナー違反には違いないから咎められても文句は言えんが」


 ふーんと頷くたびに彼女の二房の髪が揺れる。流れる髪に反射する光が眩しく、それ以上見つめることはできなかった。


 と、急にルナは真顔に戻ると別の問いかけをしてきた。


「マサって棋力どれくらいなの? 得意戦法は?」


 今更だな、という感想が浮かぶ。だが、俺達はまだ今日であったばかりでこれが自然かもしれない。かといって、素直に答える気もない。


 俺は自分のプロフィールを開くと、ルナに見せて言った。


「9級だ。レインに勝って昇級したらしい」


 ルナは一瞬きょとんとし、すぐに頬を膨らまして怒り出す。


「もう。秘密にしなくてもいいのに!」


「そういうお前はどうなんだ。あれほど長手数の詰将棋を簡単に解けるならかなりの高段者なんじゃないか」


 俺は先と同じ問いかけをする。


 先の発言は本当か、と。


 が、金の少女はこちらに顔を見せないまま小さな声で


「ボクは10級。将棋指せないから」


 と短く言った。


 どうやら嘘では無かったようだ。決して仕返しといった甘い雰囲気ではなかった。

ルナは続ける。


「そう言えばボクが何でWSCにいるか答えてなかったよね?」


 正直、もうあまり興味はないが……。


 まあ、聖稜館へ行く途中に絡まれる危険性もあるわけで。


 捕まった時の反省としてルナについて訊いても悪くはないか。


「ボクはね、3人の大切な人を探しているんだ」


「多いな」


「まあね。多分だけどそのうちの一人が『祭り』の人が聞きたがってた話だと思う」


 シンジが『あのお方』、とか言っていたやつか。


「それと聖稜館にいる……私の将棋の師匠で、お父さん」


 一人称が変わっている。きっと昔のことを思い出しでもしているのだろう。


「で、最後の一人がね」


 ルナは何か躊躇うように、でもまっすぐ俺を見つめてくる。


「昔、ボクを救ってくれた恩人。数回しか会ったことないし、向こうがボクのことを覚えているか分からないけど……。でもボクにとって大事な、とっても大事な英雄なんだ」


 その儚く、触れれば壊れてしまいそうな瞳には覚えがあった。


 暗い部屋で泣きながら盤の前に座る金髪の女の子。


 ……間違いないだろう。


 脳内でルナのこれまでの挙動が組みあがり一つの解を導こうとしていた。


 だが、どの道そんな何かを期待されても困る。


 その人物は5年前に死んだのだ。


 それにそんな今は存在しない人物を探し出してどうしたいのだろうか。


 俺が視線を逸らすとルナは一瞬落胆した後、


「そ・れ・よ・り・も!」


 と誤魔化すように妙な区切りを入れながら俺の腕を軽く叩いた。


 気付けばまた人通りのない路地裏へ来ている。


「さっきの称号について訊きたいんでしょ?」


「それと聖稜館についてもな」


「そうだったね」


 それからルナはうーんと顎に手を当ててからゆっくりと口を開いた。


「明日、暇?」


「ああ。特に用事は無いな」


「なら、明日話すよ!」


 別に今からでも……と言いかけたが、彼女もこの後予定があるのだろう。そもそも初対面の俺にここまで教えてくれたのだ。文句を言う道理もあるまい。


「分かった」


「それじゃあ、また明日ね!」


 そう満面の笑みで去る少女を眺めながら俺はログアウトポイントへ向かった。


 WSCの街並みは時間と共に日の角度が変わる。去り際に見た町の風景は作り物じみた美しさを持っていた。


 それから一日もしないうちにネット掲示板で『祭り』が炎上したことは言うまでもない。

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盤外の指し手 春野仙 @harunosen

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