第8話 初心者は強い人に補助してもらおう!
黒咲火蓮は冒険家になってまだ3ヶ月未満の初心者だ。
冒険家になったのは、現在黎明期である冒険家業が今後急成長するだろうと予想したこともある。
一番はやはり、『冒険家になろう』のランカーへの憧れだろう。
自分も凄い人達の仲間入りをしたかった。
そして、自分達の生活をめちゃくちゃくにした魔物を駆逐するのだ。
などと意気込んで行った札幌ダンジョン『ちかほ』は昼夜問わず人がごった返していた。
想像していたダンジョンとはあまりに乖離した陰惨な姿に、しばし呆然としたものだ。
いくら魔物が人類の敵とはいえ、良い大人がよってたかって袋だたきにする姿に落胆もした。
これが……冒険家?
一体どちらが魔物かわからない。
いくら経験値のためとはいえ、その輪に入る勇気が火蓮にはない。
人間は魔物とは違う。
自分も彼らのように、醜くなりたくはなかった。
おまけに経験値は、魔物の生命力を削った分だけ得られると言われている。
10人で袋だたきにすれば、魔物の経験値も10等分だ。
己を貶めても、得られるものが少なすぎる。
とはいえ初心者が狩れるレベルの魔物は地下2階まで。
3階には強力な魔物が待ち受けているという話しだ。
初心者の、それもソロではとても狩りなど出来ないだろう。
初心者がソロでも狩りを行える場所は1・2階。
落ち着いて狩りが出来る場所は、どこにもない。
どうするか考えた火蓮は、『なろう』の掲示板で仲間を募集した。
『冒険家初心者の火蓮です。レベルアップのためにちかほ地下3階に連れて行ってくれる優しい人を探しています。どうぞよろしくお願いします』
どうかベーコンさんのような人が、北海道にも居ますように。
その願いが通じたのか、火蓮の書き込みに、すぐにレスが入った。
『じゃあ明日行ってみる? 俺らのチームは9階までは行けるからさ』
そうして今日。
約束の場所に武具を纏って訪れた火蓮は、無事冒険家と合流を果たす。
「もしかして火蓮ちゃん? なろうの仲間募集掲示板でスレ立てした」
「は、はい!」
「おお、マジか」
「釣りだと思ってた」
「てっきりネカマかと思ってたけど……」
横から声をかけられて、火蓮は背筋を伸ばした。
声をかけてきたのは、二十代の男性3人組である。
「俺は四釜」
前衛なのだろう。六十センチほどの剣と盾を装備している。
「ラルスだ、よろしく」
もう一人はアタッカー。背中に大剣を背負っている。
「ハリア」
最後の一人は弓を肩にかけている。
それぞれ『なろう』のハンドルネームなのだろう。
オフ狩りだが、本名は口にしないらしい。
あるいは彼らも募集掲示板で出会ったチームなのかもしれない。
見た所、バランスの良いチームだと火蓮は感じた。
そして火蓮を引っ張れるだけの技量も持っているのだろう。初心者のものとは違う、頼りになりそうな凄みを感じる。
だが少し、ほんの少しだけ視線が気になる。
『ネカマかと思ってた』と口にしていたからか。
彼らは火蓮の全身を探るように見つめている。
いや、初心者だから装備のチェックをしているのかもしれない。
「その装備で大丈夫かな」
やはりそうか。
火蓮は苦笑する。
「すみません。初心者なので、これしか揃えられなくて」
「そりゃそうか」
「四釜なんてはじめは武器しか持ってなかったべさ。あまりにひでぇ装備だから、俺が盾を貸してやったべ」
「そうだっけか」
「都合悪いと記憶力低下すんのなお前」
「うっせ」
四釜が仲間達に舌を見せる。
なんか、いいな。
彼らの掛け合いを見て、その関係のほどよい距離感が火蓮は羨ましかった。
自分も早く、こういうチームを組んでみたい。
それにはまず、人に求められる人材にならなければいけない。
「それじゃいこっか」
「よろしくお願いします!」
「あいよ」
「任せて!」
「ういっす」
三人がそれぞれ頷いて『ちかほ』の入り口に向かった。
「ところで火蓮ちゃんって何歳?」
「18歳です」
「え、マジ!? 資格取得年齢ギリじゃん!」
「はい。18歳になってすぐに冒険家の資格を取りに行きました」
「おお、すげー。女の子なのに勇気あるなあ」
「よく言われます」
ハリアの言葉に、火蓮は苦笑を漏らした。
周りからよく言われたのは勇気ではなく無謀の二文字だったが。
「ダンジョンに潜って頑張っている冒険家さん達のことを思うと、自分一人が安全地帯でのほほんと暮らしてはいられないなって思って」
「うへえ、偉いなあ。俺達とは全然デキが違うや」
「俺達じゃなくて、お前単体だべ?」
ラルスが四釜を小突いた。
どうやら盾がチームのリーダーらしい。
軽い会話をしていてちょくちょくハリアとラルスが四釜を馬鹿にするような言葉を投げかけている。
だがそれは見下しているからではなく信頼しているからという雰囲気がひしひしと伝わってくる。
『ちかほ』に入り、火蓮らはポップした魔物に目もくれず、ずんずんと先へと進んでいく。
2階に降り、3階に降り、さらに4階まで到達してしまった。
火蓮一人ならば決してたどり着けない場所である。
「そんなに怯えなくても大丈夫だぞ。俺ら一応、地下9階で活動してるから」
火蓮を安心させるように四釜がコツンと剣をノックした。
彼の言葉はおそらく真実だろう。
これまでの戦いぶりにはまだまだ余裕があった。
3・4階でどうにかなってしまうような実力では、間違いなくない。
四釜が攻撃を防ぎ、魔物をその場にバインドさせる。
動きが止まった魔物を、ラルスとハリアが一気に片付ける。
ほんの少しだけ魔物を攻撃させてもらったが、ラルスの大剣が魔物の体を紙くずのように切り裂いたのに、火蓮は僅かな傷しか付けることが出来なかった。
これが、初心者との違い。
圧倒的な力量差。
自分も早くこうなりたい。
彼らの力に憧れるが、一朝一夕にはいかないだろう。
火蓮は3階の魔物相手にかすり傷を付けただけで、レベルアップ酔いに懸かってしまった。
僅かなダメージを与えただけで酔いを感じるのは、その階層の魔物を相手にするには力が不足しすぎていることの証だ。
まだまだこれから。
今日一日で、三階の魔物を一人で倒せるレベルにまでならないと!
そう意気込んでいる火蓮の横で、弓使いハリアが唇で強い擦過音を鳴らした。
それは警戒の合図。
耳に入ると同時に、四釜とラルスが腰を落とした。
……何かが来る?
「やべぇな。どうする?」
レベルアップすると、感覚器官も鋭敏になるのか。
目をこらしても耳を澄ましても、火蓮は微細な変化を捉えられない。
「どうもこうも――」
「さっさと逃げるぞ!」
彼らが放つ一種異様な雰囲気に呑まれ背筋が凍り付いた。
「逃げる?」
9階で活動している彼らが、何故4階の魔物を前に逃げだそうとしているのか?
理由がわからない火蓮はいぶかしげに首を傾げた。
「モンパレだ!」
「もんぱれ……」
「っち!」
危機的状況で言葉(スラング)が通じず苛立ったのだろう。
四釜が憎らしげに舌打ちした。
「モンスターパレードだよ! 逃げるぞ!!」
「――ッ!」
正式名称を耳にして、火蓮は小さく息を呑んだ。
モンスターパレードとはその名の通り、魔物の大移動を指す。
モンスターパレードが起る原因は様々だ。
冒険家が逃げている最中に、どんどん魔物をリンクさせて引っ張る。
あるいは魔物を発生させる特殊な魔物が存在しているとも囁かれている。
対応は簡単。
これを見かけた場合は、問答無用で逃走だ。
現状、冒険家の武器種が間合いの広いものに偏っている。
そのためほとんどの冒険家は、隙間なく襲いかかるモンパレとの相性が悪い。
大剣や槍は振るうスペースがなくなり、弓はいずれ矢が尽きる。
実力で優位に立っていても、物量でその差を埋められ、武器の相性で逆転する。
飛び抜けた実力があるものなら、モンパレを切り抜けられるかもしれない。
だが圧倒的格下の魔物を大量に倒しても、見返りはすすめの涙。
モンパレに、わざわざ突っ込むメリットはない。
火蓮がモンスターパレードの情報を思い起こす僅か一瞬のあいだに、四釜ら3人は既に走り出していた。
たったコンマ数秒のズレ。
だが四釜らと火蓮の距離は既に十メートルは開いていた。
早く逃げないと!
火蓮は全力で地面を蹴る。
その頃にはもう通路の向こう側から、大量の魔物の足音が振動となって伝わってきていた。
「はぁ、はぁ!」
早く、早く!
全力で走っているが、四釜らとの距離はどんどん開いていく。
このままだと置いていかれる!
「お、置いて、行かないでください!!」
このまま魔物に飲み込まれてしまうのではないか?
そう思うと声帯が強ばって、思い切り声がひっくり返った。
そんな酷い声でも彼らには伝わったのだろう。
四釜が後ろを振り返り顔を歪めた。
「早く走って来いよ!」
「馬鹿、初心者だから無理だべさ」
「どうすんだよ」
「助けねぇとやべえだろ」
「お、おい別方向からなんか戦闘音聞こえるぞ!?」
「……回り込まれたか?」
「いよいよやべえって!!」
「逃げられるか?」
「くそっ、どうすりゃいいんだ!!」
三人が走りながら何事か怒鳴り合っている。
既に彼らの声も、こちらに顔を向けなければ届かない距離。
何事か言い合って、三人が真顔で頷き足を止める。
ラルスとハリアが同じ位置に移動し、四釜が構えながら大きく前に出た。
まさか、迎え撃つつもりか?
モンパレを?
一体どれほどの魔物が後ろに控えているか……。
火蓮には判らないし、振り返る勇気も余裕もない。
考えるだけでも恐ろしい。
だが、彼らが戦闘態勢に入ったことで『助かった』と思った。
同時に、有り難いとも。
自分を助けるために、危険なモンパレに立ち向かってくれるなんて……。
四釜らは『ちかほ』の9階で活動している冒険家だ。
ここは4階。
きっと彼らなら、モンパレも退けられるに違いない。
彼らのところまで行けば、きっと助かる!
だからそこまでは頑張れ、私の体!!
彼らの佇まいの安心感に後押しされ、火蓮の速度がぐんっと上がった。
四釜を横切り後衛の背中に隠れる。
そのつもりで駆け抜けた火蓮の体が、突然吹き飛んだ。
「うぐっ!」
完璧な不意打ちだった。
一体なにが起こったのか、火蓮には判らなかった。
なにも出来ないまま地面を何度も転がる。
頭が白み、ゆっくりと色を取り戻す。
頭がぐらぐら揺れる。
唇が割れて、大量に血液があふれ出した。
火蓮はまるでトラックに跳ねられた気分だった。
後ろにいる魔物は、まだここまで来ていない。
それじゃあ……。
虚ろな目で見上げると、盾を眼前に構えた四釜が真剣な表情で火蓮を見下ろしていた。
「悪いな」
「…………え?」
「おいぃ! そんな奴ほっといて早く逃げるぞ!」
「早く行かないとオレらにもタゲが来るべさ!」
「……」
四釜がくるりと踵を返し、恐るべき速度で火蓮の元を離れいく。
「まっ――」
待ってくれと、口に出来なかった。
火蓮の背後からは、大勢の魔物の足音。
それが、不自然に停止したから。
火蓮は背後をまだ、見ていない。
だが何故か、見つかった。
そう、確信した。
ゆっくり。
ゆっくりと、火蓮は後ろを振り返る。
「――――っ!!」
そこには、おびただしいほどの赤い目。
体長五十センチはある、ウサギの魔物が通路を覆い尽くしていた。
キルラビット。
見た目のかわいさに心奪われ近づいた初心者冒険家が、蹴り一発で頭を潰されたことからその名前が付いた。好戦的な魔物だ。
それが、通路一面。
数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどのキルラビットが、火蓮の目の前に居た。
それらは火蓮を攻撃するつもりがないわけではない。
俺が先だ。
いいや俺が先に殺して肉を食らう。
そう、小刻みに動く耳で互いに牽制し合っている。
――嫌だ。
おそらく、身じろぎしなければ多少長く生き延びられるだろう。
だが、多少は多少だ。
1秒で死ぬか、10秒で死ぬか。
それだけ。
結末は同じ。
――死にたくない。
火蓮は四釜らが逃げるための餌にされた。
そうしていま、目の前に死がある。
――まだ死にたくない!
そんな状況で、一体誰が彼女の涙を止められよう?
――誰か。
頬を伝う涙が雫となって地面に落下した。
同時に、赤目のキルラビット達が一斉に動いた。
――誰か、助けて!!
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