第12話 逆恨みには注意しよう!

 翌日にブログをチェックすると……なんということでしょう!

 なんとPVが5回転し、おまけにブックマークが3つも増えていた。


「ひゃっほおぉぉぅ!!」


 ブログを始めて2ヶ月で、初めてついたブックマークだ。

 これほど素晴らしいことが、いだまかつてあっただろうか!


 おまけにPVも過去最高の5回転と来ている。


 昨日といい今日といい、良いことが続くなあ。

 これはやはり、火蓮を助けたからだろうか?

 神様が「正解!」って言ってるってことだろうか!?


 あまりにはしゃぎすぎて、壁がドン!って鳴った。


「おっと失礼」


 魔物を大量に倒してレベルアップしたからか、体は絶好調。

 先日の疲れはほとんど残っていない。


 印刷会社で働いていたころは、高級ユンケルを飲んでもゆっくりお風呂に浸かっても、翌日に疲れが残っていたというのに……。

 まるで子供の頃に戻ったようだ。


 気分が落ち着くと、晴輝は今日の行動について思考を巡らせる。


 昨日は店員に防具のお礼を告げるのを忘れてしまっていた。

 ひとまず武具販売店を覗いていくか?


 お礼ついでに、いまだに雑な靴や手袋を購入するのも良いかもしれない。


「あとは家に帰るだけか……」


 何故か、晴輝はどこかに収まりの悪さを感じた。

 本当にそれでいいのか? と。


 思い浮かんだのは、まだ幼さの残る火蓮の顔だ。


 昨日出会った少女、火蓮は行きずりの関係だ。

 ――決して爛れたものではない。


 晴輝は彼女が女性だから、少女だからモンパレの襲撃から救ったわけではない。


 人が襲われそうになっていたから、助けただけ。

 それは冒険家として当然のこと。


 下心など一切ないと断言できる。


 だから彼女ともう一度会いたいとか、そういう気持ちは一切ないはずなのだが……。


「……いや、違う!」


 それに気づくと、晴輝は素早く装備を身につけて客室を飛び出した。


 火蓮に会いたいとか会わないとか、そんなことを言ってる場合じゃない。

 晴輝は火蓮に、絶対に会わなければいけない。


 このままじゃ彼女は――死んでしまう!


          *


 早朝だというのに、ダンジョンは早くも冒険家でごった返している。


 ゲートの先。

 ダンジョンの入り口に並ぶ冒険家の列を、晴輝は片っ端からチェックしていく。


 だが人が多すぎて火蓮を見つけられるとはとても思えない。


「くそっ! ブログがあるんだから、ダイレクトメッセージを飛ばせばよかった」


 そんなことにも気づかないなんて、どうかしてる。


 そも、昨日のようなことがあったばかりだ。

 火蓮は今日もダンジョンに来るとは限らない。


 にもかかわらず、何故か晴輝は火蓮が来ると思い込んでいた。

 きっと、慌てすぎていたのだろう。


「はあ……」


 一度落ち着こう。

 深呼吸をして、晴輝は自らを強く諫める。


 そのとき、


「お、おはようございます!」


 晴輝に声をかける、火蓮が現われた。

 存在が空気だというのに、火蓮は晴輝を、見つけてくれた。


「よく……すぐに俺を見つけたね。これでも存在感が薄い方なんだけど」

「いえその……ええと、空星さんのお面は目立つので」


 あ、これのせいか。

 晴輝は自らのお面の縁を指でなぞった。


 見つかりやすくなる効果でも付いているのだろうか?


 考えると確かに、昨日からなにやら身の回りの雰囲気の違いを感じる。

 これは――なるほど、お面を付けたことで視線が集まっていたからか。


「もしかしてこのお面……神アイテム!?」


 仮面を付けると存在感が増す!

 まさかの魔導具の効果に、晴輝の全身が震えた。


「くそっ! なんてことだ!!」


 そんな神アイテムが、たったの500円で購入出来たなんて!

 あの店員は神か!


「どうしました?」

「い、いやなんでもない」


 火蓮の怪訝な表情に、晴輝は慌てて冷静さを取り繕う。


「火蓮さん」

「はい火蓮です!」


 声をかけると、火蓮がちょこちょこと小股で近寄った。

 まるで飼い主を見つけた小型犬のようだ。


「実は昨日のチームについて聞きたい事が――」


 どこかから、「あ」という僅かな音が聞こえた。

 それはあまりに細やかで、あっという間に冒険家達の雑踏に紛れてしまった。


 だが晴輝は聞き逃さなかった。

 レベルアップして、多少鋭敏になった彼の聴覚が、それをがっちりとつかみ取った。


 即座に背中に火蓮を隠し、声の主に目を向ける。


「…………」


 ぱくぱくと、盾を装備した男が口を開閉する。

 音が聞こえなくても、彼がなにを言ったのかがはっきりと判った。


『生きていたのか』


 その後ろには大剣と、弓を装備した男が控えている。


 やはり、彼らは気になっていたのだろう。

 自分達が見捨てた少女が、本当に死んでしまったのかが……。


 犯人は、必ず犯行現場に戻ってくる。

 例に漏れず、彼らも戻ってきた。

 火蓮が確実に死んだことを、確かめるために。


 もし火蓮が生きていれば、彼らの悪行が世に広められる可能性が生じる。


 もちろん、ダンジョンに潜って人を見殺しにすることは、決して悪いことではない。

 トロッコ問題のように、見殺しにしなければいけない状況は必ず発生する。


 だが彼らは火蓮の育成に名乗りを上げたのだ。

 状況が状況だけに、グレーゾーン行為だ。


 強い冒険家が弱い冒険家を――身を挺して守らなければいけない人を、自らが生き残るために生け贄に差し出したとあってはもう、マトモな冒険家業は続けられないだろう。


 危険行為と見なされれば、『なろう』の運営がアカウントをBANする可能性もある。


 だからこそ彼らは確認に来た。

 ――生きていれば、再び彼女を魔物の餌にするために。


 たしか火蓮は、彼らが9階で活動をしていると言っていた。

 であれば彼らには晴輝さえも、赤子の手を捻るように葬る力があるはずだ。


 一体、どう出るつもりだ?

 緊張感が増していく。


 まさかここで暴れるつもりか?


 ……さすがにそれはないだろう。

 人通りが多いし、なにより冒険家対策専用の特殊警察が黙っていない。


 あるいは晴輝は、少し考えすぎていたかもしれない。


 彼らだって冒険家だ。

 罪悪感に耐えきれず、火蓮を捜索しに来た可能性だってあるじゃないか!


 しかし、そんな晴輝の予想を裏切り、彼らが殺気を放ちながら陣形を整えた。


「嘘だろっ!」

「――っ」


 完全に殺る気だ。

 あまりの出来事に晴輝は動揺するが、すぐ後ろで聞こえた息を飲む声に、冷静さを取り戻す。


 彼らがどこまでやるつもりなのか。

 考えるまでもなく、すぐに判明した。


 前衛の男がその盾を前に掲げて突っ込んできた。

 背後では既に矢が弓にセットされている。


 左へ避ければ盾男に攻撃され、右へ避ければ矢が放たれる。

 さらにそれらの攻撃をかいくぐっても、後ろに控えた大剣が見逃さないだろう。


 どうする……。


 無理に避ければ、火蓮が真っ先にやられる。

 かといって、彼らの攻撃を防ぐ手立てがあるか……。


 どうする!?


 とにかく観察だ。

 観察して、彼らの隙を突いて逃げ出さなくては!


 しかし晴輝の観察眼では、彼らの隙が見つからない。

 じりじりと間合いが詰められる。


 武器はまだ、抜かれていない。

 抜けばすぐさま警察に気づかれる。

 だからギリギリまで抜かないはずだ。


 なのに、彼らの武器がどこにあるか。どこを攻撃するつもりかが、晴輝には手に取るように理解出来た。


 これがおそらく、殺気。

 ぞわりと晴輝の背筋が震える。


 じり、と足を動かす。

 その分だけ盾男も動く。


「……ん?」


 またじり、と晴輝は足を動かした。

 盾男も同じ分だけ移動する。


 ……これはもしかして。


 光明が、髪の毛よりも細い希望の筋が、見えた気がした。


 次の瞬間。

 盾男が一気に間合いを詰めた。


 行けるか!?


 晴輝は光明に向かって足を動かす。


 この陣形は、盾男を頂点として敵へ直角に向かうことで成立している。

 だからその角度を変えれば、陣形に若干の歪みが生じる。


 その歪みから、危機的状況を抜け出す隙が生まれる!

 そう信じて晴輝は全力で地面を踏む。


 だが、


(くそ、速いっ!)


 晴輝の速度では盾男の突進を上回ることが出来ない。


 圧倒的な力量。

 見えた光明をかき消すほどの地力の差。


 周りの冒険家が異変に気づき、「あっ」と声を上げ始めたそのとき、


「――ッ!」


 盾男が長剣を抜いた。


 既に状況は分水嶺を越えた。

 晴輝が全力で動いても間に合わない。


 それが判るのだろう。盾の男も、獲ったというような笑みを浮かべた。

 実に……嫌らしい笑みだ、くそ食らえ。


 盾が構えた剣が腹に突き刺さる――。


 その前に、


「ぶごあ!!」


 何者かがこの騒動に乱入した。


 乱入し、盾男を一瞬で彼方に付き飛ばした。

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