第11話 有名な居酒屋へいこう!

 あれはたしか武具販売店の店員ではなかっただろうか?

 晴輝は女性の姿を目にして首を捻る。


 何やら雲行きが怪しくなってきたところに武具販売店の店員が乱入。

 彼女が乱入したことで、面白いように事態が進展。

 あっと言う間に分配が終了した。


 買取店の店員よりも、査定速度が早かったのではないだろうか?


 恐るべき手腕である。

 やはり晴輝の防具を見繕っただけはある。


 だが、よだれがダラダラ垂れ流しになっていたのが気になる。


 きっと、おかしくなったわけではないだろう。

 彼女の瞳が常に怪しく輝いていた。


 あれは、裏でなにか企んでいる人の目だ。

 よだれをダラダラ垂らしているからといって、アホの子なんだろうなーなど思っては、きっとしっぺ返しを食らうだろう。


 買う予定のない防具を買わされた、今朝の晴輝のように……。


 しかし、火蓮も分配に納得してくれてよかった。


『このまま拒否されると、悪目立ちする。俺のためだと思って受け取ってくれ』


 あのときそう、晴輝は火蓮に囁いた。


 晴輝は目立ちたいとは思うが、悪目立ちしたいとは思わない。


 目立つこと。悪目立ちすること。

 その線引きは微妙だが、晴輝には確固とした違いがある。


 それは敵意だ。


 冗談や悪口の類いではなく、明確な敵意。

 それを誘発するような目立ち方はしたくない。


 敵意はいずれ暴力に発展する。


 晴輝は暴力を跳ね返せるだけの力はない。

 人間同士の諍いも嫌いだ。


 だからなるべく悪目立ちはしないよう、晴輝は気をつけている。


 あえて悪目立ちし、ヒールキャラとしてロールプレイする冒険家も中にはいる。

 そういうものには一定の需要があるし、善を引き立てる上で必要でもある。


 悪を演じることで、他の冒険家が奮起することだってある。

 あんな奴に負けてられるか! と。


 だがそういうのは、得意な人に任せておいた方が良いだろう。

 少なくとも晴輝には無理だ。ガラじゃない。



 今回の狩りで短剣と防具の代金分が戻ってきたので、晴輝の懐はホクホクだ。

 ある程度まとまったお金を手にして街を歩くと、なんでも輝いて見えるから不思議である。

 ついつい無駄遣いしたくなる。


「この恩をどうやって返せばいいか……」


 火蓮はあれこれと提案してくるが、正直なにか欲しいから助けたわけではない。


 ありがとう。

 その一言だけで十分なのである。


「お店でごちそうします。

「それとも手作り料理の方が良いですか?

「私は手料理も得意ですよ!

「それとも別に欲しいものが?

「私が差し上げられるものなら、なんでも言ってください!」


 なん、だと!?


 彼女の言に思わず反応してしまいそうだったが、晴輝は自らを強烈に諫める。


 いけない。

 相手は18歳。

 こっちはオッサン。


 一緒に歩いてるだけで、男にとっては危険なのだ。

 疑われただけで(社会的に)死ぬ……。


 おまけに晴輝は、感謝され慣れてもいない。


 彼女が言うほど自分は凄くない。


 彼女の感謝があまりにくすぐったくてつい、晴輝は火蓮から逃げ出した。


 存在が空気なだけあって、晴輝は簡単に火蓮を撒くことができた。

 普段空気は悲しい言葉なのだが、今日ばかりはその存在感の希薄さが有り難かった。


 だが、いつもとは違って周囲の空気が違うように思う。


「雰囲気が重い?」


 晴輝はモンパレクリア直後で体力が低下している。

 頭が上手く働かなくて、なにが違うのかが判らない。

 ……ま、いっか。



 駐車場まで戻ってきたが、自宅まで車で1時間。


 スタンピート以来、ガソリン代が値上がりし交通量が著しく減少したため、主要道路以外は悪路になってしまっている。

 気をつけなければハンドルが取られて側溝に落ちたり、穴を踏みつけてタイヤがパンクしたりする。


 車が痛めば、今日の稼ぎの数倍はお金が必要になってしまう。


 それはまずい。

 非常に、まずい。


 事故を起こさないように気をつければ良いだけなのだが、晴輝は1時間も気を張って運転する自信が無かった。


 15万円も収入があったんだから、安全第一でビジネスホテルにでも泊まるか……。

 予定外の出費にはなるが、事故を起こすより何倍もましだ。



 ホテルに入るとフロントの男性が晴輝を見てぎょっとした。


「おお。もしかして俺の存在感、増してきた?」


 嬉しくなってついついスキップ気味に歩いてしまう。

 だがその動きに、フロントがますます青ざめていく。


 一体どうしたというのか?


 フロントにある大きな窓から見える夜の札幌。

 その風景の手前。

 ガラスに映り込んだ自分の姿を見て、晴輝はビタっと動きを止めた。


「あっ……」


 怪しい仮面を付けたままだった。


 装着感がゼロだから、すっかり忘れてた。


 晴輝は手をかざして仮面に手をかける。

 ……あれ、外れるのかな?


 呪いの仮面。剥ぎ取り不能。

 危険な想像がもたげたが、晴輝の不安とは裏腹に仮面はあっさり顔から外れた。


 晴輝が素顔を晒すとフロントの男性は脱力したようにほっと息を吐き出した。

 どうやら彼はこの仮面に怯えていたらしい。


 それもそうだろう。

 怪しい仮面を装着した男が、ステップを刻みながら近寄ってきたのだ。

 誰だって怯える。


 ……大変申し訳ない。


 夕食を取りシャワーを浴び終えた頃には、ようやっとモンパレで消耗した気力が戻ってきた。


 モンパレのおかげで今日は酷く疲れた。

 だがおかげでスキルボードの効果が体感出来た。

 キルラビットの戦い方も吸収出来た。


 疲れた分だけ、得られるものは多かった。


「しっかし、スキルボードの効果はとんでもないな……」


 筋力に1つ振っただけで、何度もホテルの備品を壊しそうになった。

 晴輝の体にもう少し体力が残っていたら、きっと壊していただろう。


 もし筋力に5ポイントも振ったら、指でコンクリートを破壊出来るんじゃないだろうか?


「筋力に1プラスしたのは大き――」


 いつもの感覚で歩いていると、


「んごっ!!」


 いつもとまるで感覚が違うため、足の小指を誤ってベッドの角にぶつけてしまった。


「……うぐぐぐ」


 晴輝はベッドの上でのたうち回る。

 下手をすると、今日一日で一番大きなダメージを食らったかもしれない。


 体のバランスがいろいろと変ってしまっている。

 これはスキルボードで手軽に強くなってしまったことの弊害だろう。


「早くこの体に慣れないと、俺の小指が危ない!」


 魔物を倒し続ければ、いつかは到達出来るレベルかもしれない。

 だが徐々にだ。

 いきなりじゃない。


 なんの修練もなくたった1ポイント振っただけでこれとは……。

 一体何段飛ばしになっているか。


 とはいえだ。

 晴輝は自らを戒める。


 身体能力向上も、モンパレをクリア出来たことも、凄い。

 だが、凄いは強いじゃない。


 だからこそ、気を引き締める。

 自信に足を掬われないように……。


 そのまま横になって瞼を閉じる。

 睡魔は確実に側にいるのに、なかなか晴輝に歩み寄ってこない。


 激しい戦いを切り抜けた高揚感がまだ体の中に微熱として残っている。

 体は疲れているのに、神経が緊張していて眠れそうになかった。


「んー。折角札幌に来たんだし有名どころに足を運んでみるか」


 呟いて、晴輝は身軽な格好で夜の町に繰り出した。



 晴輝がやってきたのは、ススキノにある『勇者の酒場』。


 ダンジョンが発生してから、材料費や燃料費、輸送費の高騰を理由に酒の生産量が著しく減り、価格が高騰。

 さらに近くにダンジョンがあるため、一般人も外で飲み歩かなくなった。


 そんな中、冒険家に焦点を合わせて営業を開始したこの『勇者の酒場』は、ススキノでは1位2位を争うほど繁盛していた。


 この酒場は、『なろう』でもよく話題になる。


 内装は冒険家と酒場というキーワードから連想する、定番ファンタジー的作りだ。

 気軽に入れ、気負うこと無く飲める。


 マスターにチップを支払えば、有益な情報を教えてくれるサービス付き。

 経営者は実に良く判っている。


 おまけにICカードで支払えばお酒を飲むだけで税金対策になる。

 冒険家にとってはまさに至れり尽くせりだ。


 そんな有名酒場に一人で足を踏み入れた晴輝は、しかしすぐに落胆する。


「……店員が来ない」


 入り口で待っているのだが、いつまで経っても店員が来ない。

 後から来た客は真っ先に気づいて通されるというのに!


「すみません!」


 大声を上げるとやっと、店員が晴輝の元に近寄ってきた。


(この人なんでいま来たばっかりなのに怒ってるんだ)

 みたいな視線を向けられて、泣きそうになる。


 もう10分は待ってましたよ……ええ。


 その後、四苦八苦しながらも晴輝はジョッキビールに口を付けた。


「……あぁ、うまい!」


 久しぶりの酒の味だ。

 かれこれダンジョンが出来て、酒の値段が高騰したころから飲んでいないかもしれない。


『勇者の酒場』は格安らしいが、それでも中ジョッキ1つで2000円と、ダンジョンが出来る前であれば考えられない値段である。


 さすがに気軽に飲めるほど、晴輝はお金持ちではない。


「ただ今日は特別だ」


 なんせ晴輝はあのモンパレをくぐり抜けたのだから。

 これを祝わずに、一体なにを祝うのか!


 久しぶりのビールの味を、晴輝はちびちびとしたペースで楽しむ。


「あ、すみません。ここ座ってます」

「ん? なにか声が聞こえたような……あっ!? すみません」


 空席だと思った冒険家が時々晴輝のテーブル席に入り込むが、気にしてはいけない。

 人間は、間違える生き物なのだ!


 中ジョッキが半分になった頃、カウンターの方から笑い声が聞こえてきた。

『勇者の酒場』にいる、冒険家たちの声を押しのけるほどの大きな笑い声だった。


 その方に目を向けると、防具に身を包み、腰にそれぞれ剣を刺した冒険家が5名いた。


「ほんと変な奴を見たんだよ。キモイ仮面を付けててさぁ」

「腰に短剣を差した奴だろ? 俺も見たぜ。一瞬魔物かと思って焦ったぜ」

「あれ、なんなんだろうな? エントリーの短剣装備してるってことは初心者だろ? あんなキモい仮面付けて、キャラ作りかっての!」

「しかも防具もエントリー。バランス悪すぎ!」

「雑魚だから装備の方向性が大きく捻れてんだろうな」


 そこでまたギャハハ、と男達が笑う。


 そんな声を聞いて、晴輝はプルプルと震える拳をテーブルの下で握りしめた。


「……っく!」


 奥歯を噛みしめ、いまにもあふれ出しそうな感情を必死に抑える。


「まさか……」


 まさか知らない人に見られていたなんて!


「なんて最高の一日なんだ!!」


 彼らは晴輝の話題で笑い合っている。

 存在感空気の、晴輝の話題でだ!


 これはもう、人生において最良の一日と言っても良いのではないだろうか!?


 晴輝が辛いのは、見られないこと。

 誰の話題にも上らないことだ。


 たとえそれが悪口であろうと、口にされるということはそれだけ存在感があったということに他ならない。


 だからこそ、晴輝は興奮した。

 興奮しすぎて鼻血が出そうだった。


 ビールを飲み、他人の話題に上る。


 これはもう、存在感が増したってことじゃないだろうか?


「すみませーん。中ジョッキ1つ!」


 ウキウキ声で注文してから10分。

 店員は、誰も晴輝の注文に反応しない。


「……うん。今日は忙しいんだな」


 注文を無視されたというのに、晴輝の心は実に穏やかだ。

 忙しいなら仕方ない。


 店員の一人が、晴輝が開けたジョッキを片付け、テーブルを拭き始めた。

 まだ客が座ってるテーブルを片付けなきゃいけないくらい、このお店は忙しいらしい。


「いらっしゃいませー! 何名様ですか? こちらの座席にお座りください」

「…………」


 店員が晴輝が居る座席に客を通す。


 うん、混み合ってるんだね。


 ……そろそろ帰るか。




 ホテルに戻った晴輝は貸し出ししているパソコンから『なろう』にアクセス。


 ランカーのマサツグはまだ遠征中。ブログの更新はない。

 ベーコンは相変わらずの脱ぎたがりで、初心者講習を受けている者達が困っているようだ。


 時雨は、今日は更新なしと。

 もしかしたらもう遠征に出かけたのかもしれない。


 ブログ検索で『かれん』と打ち込むと、何件もの『かれん』さんがヒットした。

 その中から、札幌で活動中の『かれん』さんを検索する。


「あったあった」


 まるで好きな人の日記を覗き見してるみたいだ。

 悪いことをしているようで気が引ける。


 彼女の今日の記事のタイトルは『助かった』。


 そこには冒険家に捨てられたことから晴輝が助けたことまで、名前は書いてないが事細かに記載されていた。


 最後に彼女のブログは、印象的な二行で締めくくられていた。


『私はあの冒険家を、絶対に赦さない』


 そして、


『私を救ってくれて、ありがとう』


 その言葉。ちゃんと受け取ったよ。

 胸をジンとさせて、晴輝はブログ情報を参照。


 記事数14。

 ブックマーク数1043。


 ちなみに晴輝のブログは記事数61のブックマーク数が0だ。


「…………」


 晴輝は一転して複雑な表情を浮かべる。


 なにか、ドロドロとした感情が胸の奥からわき上がってくる気がする。


 世界はなんて、残酷なんだ……。


 無言のまま彼女のブログをそっと閉じた。


「……さて」


 1時間ほど鍵打してから、晴輝は布団に潜り込んだ。


          *


【気づかれる存在感への道】


『モンパレに遭遇><』


 どうも空気です(^o^)


 今日は自宅のダンジョンではなく、遠征して札幌の『ちかほ』にやってまいりました(^o^)


 初めて『ちかほ』の4階に到達!

 ここにはキルラビットが居て、ちょっと苦戦(>_<)


 回避行動とかフェイントとか、合せるのがすごく大変でした(^_^;)


 その途中!

 なんと、モンパレに遭遇しちゃいました(>_<)


 ちょっと訳あってキルラビットのモンパレに特攻!

 体がかなりしんどいよー(= =; 


 おかげで今日の収穫は、なんと角が101本(^ ^)v


 そのお金を持って今日は、『なろう』でよく話題に上る『勇者の酒場』に凸ってきました!


 中の雰囲気は冒険家という言葉にジャストフィットしてますね!

 一発で好きになっちゃいました(>_<)

 お酒が毎日飲めるほど、稼げてなんてないけれど……(= =; 


 まだ行っていない方は、是非『勇者の酒場』に足を運んでみてください。

 冒険家達の期待を、絶対に裏切らないお店でした(^ ^)


 ただ、ちょっと繁盛しすぎて忙しいみたいですけど(= =; 


 今日も一日、レベリング超頑張った!

 これでまた一歩、存在感が得られる未来は近づいたかな? かな?


          *


【逃亡】モンスターパレードを報告するスレ 412【必至】


578 名前:リア充にモンパレが突っ込みますように

 モンパレに突っ込んだアフォがいる件について


579 名前:リア充にモンパレが突っ込みますように

 >>578 成仏


580 名前:リア充にモンパレが突っ込みますように

 俺じゃねーよ!

 とあるブログ見たんだがモンパレに突っ込んだってさ


582 名前:リア充にモンパレが突っ込みますように

 プギャー!

 マジアホスバカス!!


583 名前:リア充にモンパレが突っ込みますように

 嘘乙

 モンパレ特攻して生きて帰れるわけねえだろ

 そいつ虚言癖あるんじゃね?


584 名前:リア充にモンパレが突っ込みますように

 虚言癖かと思うだろ?

 だが残念

 同じ場所に居合わせたっぽいブロガーが居た


585 名前:リア充にモンパレが突っ込みますように

 まじぽん?

 4・5匹集まっただけでモンパレ! とかじゃなく?


586 名前:リア充にモンパレが突っ込みますように

 最低でも100匹は居たってよ


587 名前:リア充にモンパレが突っ込みますように

 空気なんて聞いたことねーし

 どうせかまってちゃんだろ

 無視しろ無視


588 名前:リア充にモンパレが突っ込みますように

 信じるも信じないもおまい次第

 だがまあ話半分で聞いといた方がいいだろうな

 モンパレはランカーだって手を出さないし


589 名前:リア充にモンパレが突っ込みますように

 空気ってブロガーの名前か?

 あとでブックマしとっかな

 BAN食らったランカーのなりすましかもしれん


590 名前:リア充にモンパレが突っ込みますように

 あー可能性あるな

 俺もブックマしとこ

 なんかあれば通報よろ


591 名前:リア充にモンパレが突っ込みますように

 むしろ流言飛語で即通報だはwwww


592 名前:リア充にモンパレが突っ込みますように

 >>587

 ところで

 俺は個人特定できないように言ってたのに

 お前なんで名前わかったんだ?

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