第13話 その男、最強につき

「これは一体なんの騒ぎなんだ?」


 乱入した男は、身長が晴輝と同等かやや低い程度か。

 ゴツゴツとした青い鎧を身に纏っている。なのに、その鎧はちっとも彼の動きを阻害していない。

 素早く動いたというのに、音も聞こえなかった。


 腰には1メートル近い長剣。

 左腕には川前のロゴ『KS』が刻まれた小型の盾が固定されている。


 その武具に、晴輝は見覚えがあった。


『冒険家になろう』で何度も目にし、憧れた。

 最強の武具と、最高の功績を持つ男。


 彼は『冒険家になろう』で1位の不動のランカー。


「勇者、マサツグさん!」


 マサツグと口にした途端に、周りから「きゃー」と黄色い悲鳴が上がり始めた。

 晴輝の背後でへたっていた火蓮までも、彼の姿に頬を染めていじらしく体を縮めている。


 普段の晴輝なら「っち、リア充めモンパレに遭遇しろ!」とでも思うのだろうが、相手がマサツグではそんなほの暗い感情がわき上がる余地もない。


 彼は最も難易度の高いダンジョン『新宿駅』で前人未踏の五十階層に到達し、各地ダンジョンで修練を積み、様々な魔導具を発見した。


 文字通り、第一人者(トップランカー)だ。

 冒険家ならば男女問わず、この人に憧れたって仕方がない。


 晴輝は彼の佇まいが、まるで地面に深く刺さった杭のように見えた。

 どこからどう攻撃しても、彼を倒すことなど出来はしない。


 その圧迫感で、少しだけ呼吸が苦しい。


 おそらく彼の実力は、晴輝じゃ正確に測れない。

 なぜなら先ほどの乱入――おそらく身当てだろう――の動きが見えなかったから。


 瞬きをしたら、すぐそこにマサツグが居た。

 そのようにしか、晴輝は彼を捕らえられなかった。

 観察する余地すら無かった。


 トップランカーの実力の、ほんの一部を体感した晴輝は、かなり興奮していた。

 同時に落胆が混じる。


 彼と同じ舞台には、まだ上がれそうもない。


 だからといって、地道に努力すれば彼と同じ強さが得られるかは疑わしい。

 ロバは旅に出たところでウマには成れないのだ。


「マサツグさん。実はこの人達が突然――」

「そそ、そいつが俺達のことをハメやがったんだよ!!」


 晴輝の言葉にかぶせるようにして、大剣の男が大声を上げた。

 少々演技っぽい。

 まるでこの場にいる全員を味方に付けようとするかのようだ。


「こいつにモンパレを押しつけられたんだ! 危うく死にそうになった!!」


 ……そうきたか。

 晴輝は唇を噛む。


 MPKは違法じゃない。

 だがグレーゾーン。

 忌避される手口だ。


 彼が用いたのはMPKという嘘を利用した人格攻撃論法。


 人格攻撃論法は相手の信用を落とす。


 これで火蓮が『彼らに置き去りにされた』と訴えても、聴衆には信用され難くなった。


 いくら真実を告げても、逆に疑いが深まるのが厄介だ。


 対人攻撃は罪だ。

 だが、MPKされたとなれば、情状酌量の余地が生まれる。


 現在彼らは傷害未遂。

 罰はあるが、火蓮をモンパレに放り出した行為よりも罪は軽い。


 まさか彼らは、止められることを予測して攻撃を仕掛けたのか?

 ……だとすれば恐ろしい。


 MPKも置き去りも、証拠はない。

 うやむやになる可能性が大きい。

 そうなれば、逃げ切り完了だ。


 ただの馬鹿だと思ったが、多少頭は使っているらしい。


「……それは本当かい?」


 マサツグが晴輝に目を向けた。


 何で俺!?

 驚くと同時に、晴輝の全身が小刻みに震え出す。


 ほんの少し彼の威圧を肌で感じただけで、これである。


 肝っ玉に活を入れ、晴輝は口を開く。


「いえ。奴らはこの子を育成するためにダンジョンに入り、モンパレに出会った。そのとき、この子を餌にして真っ先に逃げ出したんです」


 よほど憧れの存在なのだろう。横でしおらしい火蓮に軽く目を向けて、晴輝はマサツグにあらましを説明した。


「なるほど。それは災難だったねえ」

「マサツグさん、そいつの話を信じるんですか!?」

「信じるもなにも……」


 マサツグは呆れたように眉尻を下げた。


「君達は魔物じゃなく、人間を相手に武器を抜いたんだ。その時点でもう有罪(ダメ)だろ」

「……っく」


 冒険家は人間兵器だ。


 人間に危害を加えようとした時点で、その者は冒険家として信用出来ない。


 よかった……。

 マサツグは彼らの言に惑わされず、妥当な判断をした。

 晴輝は安堵の息を深く吐き出す。


「なにかありましたか?」


 対冒険家特化の特殊警察なのだろう、ガタイの良い男性が完全防備で晴輝たちに駆け寄ってきた。


「いいえ。なんにもありませんよ」

「あ、あなたはもしかして、マサツグさんですか!?」

「ええ」


 おお、と男達の野太い声が響く。


 さすがはトップランカー。

 特殊警察さえ一目置くほどの存在らしい。


 はじめは警察特有の横柄な雰囲気を身に纏っていたが、相手がマサツグだと判った途端に新人冒険家のように背筋を伸ばして緊張し始めた。


 実にわかりやすい奴らだ。

 しかし、それで良いのか公権力……。


 警察が来てからは、進展が早かった。


 マサツグが一連の事件を彼らに説明。

 それは、晴輝と男達三人が口論になっていたところをマサツグが仲裁したというもの。

 全くの嘘だった。


 だがそれを警察官も判っているのだろう。マサツグが「嘘ですよ」と匂わせながら話していたが、特に突っ込むことなく引き上げていった。


 他の冒険家ならば、刑罰が科せられるところまで追求されただろう。

 だがこの場の責任をマサツグが背負うことで、それらを食い止めた。


 盾男らはマサツグに借りが出来た。

 これでもう、無茶なことはしないでくれると有り難いのだが……。


「そういえば、君の名前は?」


 警察官が去ったあと、突然マサツグが晴輝にそう尋ねた。

 まさか自分の名前が尋ねられるとは思っても見なかった晴輝は、全身がこわばり、ぶわっと汗が噴き出した。


「かか、空星晴輝です。なろうだと空気と名乗ってます!」

「そっか。空気さんは、ずいぶん強そうだね」

「え、全然ですけど?」


 嫌味?

 いや、お世辞だろうか。


 彼がなにを思ってそう口にしたのか。

 真意が測れず晴輝は首を傾げた。


「そう? だっていまも、気配を殺してるじゃん。長らくダンジョンに籠もってるから、気配を殺すのがクセになってるんでしょ?」


 そう、クセになってんだ……って違うわ!

 俺は中二の暗殺者じゃない!

 そんな家庭の事情はない。


 内心で反論するも、その言葉を偉大なランカーに向ける勇気はこれっぽっちもなかった。


「今まで会った中で一番気配が希薄だよ。すごい技術だね」

「それはどうも……」


 ちっとも褒められてるように感じない不思議!


「それに目も良さそうだ」


 マサツグが仮面をのぞき込むように目を細めた。


 仮面には穴が開いていない。目のような模様が描かれているだけだ。

 なのに彼に瞳が見抜かれた気がして、晴輝は息が苦しくなる。


「ところで――」


 マサツグが僅かに顔を寄せた。


「しばらくこの街に来ない方が良いかもしれない」

「……闇討ち?」

「可能性がある。それまで僕が彼らを預かってどうにかするから」

「そんな、マサツグさんにそこまで迷惑はかけられません」

「これが冒険家だと思われると、皆迷惑する。僕だって迷惑なんだよ。あんな輩と一緒だと思われるのがね」


 そこで初めて、マサツグが男達を蔑んだ目で見た。

 勇者然としていた雰囲気に人間臭さが宿る。


 そんな顔も出来るのか。

 高潔なイメージがあっただけに、晴輝は僅かに関心した。


 だが、視線を向けられた方はそうは思わなかったようだ。

 マサツグの瞳に、男達が怯えた。


「どうせしばらく札幌に留まるつもりだしね」

「そうですか。じゃあ、お任せしても?」

「ああ、任せてくれ」


 三人の冒険家の事は、マサツグに一任することにした。


 晴輝では彼らをどうすることも出来ないし、やろうとすれば行き着くところまで行きかねない。下手をすれば今度こそ血を見る結果になるだろう。


 であれば、力も人徳もあるマサツグに任せるのが一番だ。


 三人の冒険家を引きずるマサツグを見送る。


 晴輝は火蓮をその場に止め、急ぎダンジョンに向かった。


「ここなら……」


 ダンジョンの入り口の一段目で、こっそりスキルボードを取り出し素早くスワイプする。


 間に合え……間に合え!


「あった――ぶっ!」


 晴輝が探していたのは、マサツグのステータス。

 それが目に出来れば、今後のスキル振りもある程度悩まずに済むだろう。


 そう思いボードを取り出したのだが、



 九重正次(23) 性別:男

 スキルポイント:72

 評価:長剣盾聖武勇帝級<シールドスラッシャー>

 加護:武神<マールス>


-生命力

 スタミナ12

 自然回復7


-筋力

 筋力11

 身体操作9


-敏捷力

 瞬発力13

 器用さ9


-技術

 武具習熟

  片手剣8

   聖剣3

  盾8

  軽装MAX

   軽重装3


-直感

 直感3

 探知3

 判断力5


-特殊

 加護MAX



「うわぁ……うわぁ!!」


 まったく参考にならない!


 まず加護ってなんだ?

 武神って名前だけでもすさまじい効果がありそうだ。


 おそらく特殊スキルがこの加護を発露させているのだろう。


 晴輝が説明を表示しようとしたとき、


「――あ!」


 画面からマサツグのスキルツリーが消えてしまった。

 どうやら範囲外に出てしまったらしい。


 晴輝が予測していた通り、技術ツリーは伸ばしていく過程で派生する。

 それがいつかは、わからない。


 聖剣は片手剣が8でも派生していたので、必ずカンストさせなければいけないわけではないのだろう。

 ただ、条件が判らない。


 片手剣を8まで上げれば誰でも聖剣が使えるとは、少々考えにくい。

 おそらくなにかしらの前提条件があると見て間違いないだろう。


「ああ、説明が読めていたらなあ」


 ぼやいたところで仕方がない。

 晴輝はスキルツリーの解析を一旦中断し、火蓮の元へと戻っていった。



「これからはしばらく、ちかほに行かない方が良い」

「え、どうして」

「マサツグさん曰く、彼らがまた襲撃してくるかもしれないって」

「……」


 火蓮が目を見開いた。

 驚くのも仕方がない。


 冒険家なのに、しばらくダンジョンに入るなと言われたのだから。

 それも、トップランカーのマサツグから。

 かなり強制力のある命令だ。


 可哀想に……。

 どう言葉をかけて良いやら判らない。


 言葉を選ぶ晴輝の前で、火蓮が瞳に決意を灯した。


「私をダンジョンに連れてってください」

「……は? いや、俺がいるとしても『ちかほ』には入らないほうが――」

「空星さんの家のダンジョンであれば、私でも入れますよね?」

「うん。……え、ちょっと待って。なんで俺の家にダンジョンがあるって知ってるの!?」


 家のダンジョンについては、まだ誰にも伝えたことがない。

 タマネギをお裾分けした木寅さんにさえ、言ってない。


 火蓮が知っているはずがない!


「空星さん。さっき、自分が空気だっておっしゃいましたよね? それで確信したんです。空星さんが『家にダンジョンが出来た』の記事を書いた、空気さんと同一人物なんだって」

「…………あ」


 いくらランカーの前で上がっていたとはいえ、身元特定に繋がる言葉を口にしてしまうとは。

 己の馬鹿さ加減に、晴輝は頭を抱えた。


「私、なろうのブログは暇さえあれば新着順に全部読んでいるんです」


 うわぁ!


 PV1桁で、更新しても3とか4しか回らない自分のブログの読者がいま目の前に!


 なんというレア体験!

 嬉しいやら恥ずかしいやら……。

 なにがなんだか判らない。


「それじゃあ早速行きましょう!」

「いや、待って。でもさ、俺の町に来てもなんもないぞ?」

「ダンジョンはありますよね?」


 そう。

 ドンキホーテはないしイオンもない。

 ゲームセンターもカラオケもない。


 あるのは家と畑、それと山くらい。


 夏にはヒグマが里に下り、畑の作物を食い荒らす。

 冬には狐がやってきて、新雪に足で絵を描く。


 そんな町。それだけの町。

 本当になにもない田舎だ。


 けれど、ダンジョンがある。

 ダンジョンさえあれば、冒険が出来る。


 冒険家魂に触れ、晴輝は彼女の旅立ちの決意を尊重することにした。


 しかし。とはいえ彼女はまだ18歳だ。

 親元から離れて大丈夫なのだろうか?


 不安になり尋ねると、


「大丈夫です」


 そう言葉短く彼女は答えた。

 声は、酷く冷たい。

 それ以上は聞かないでくれ、という拒絶を感じる。


 スタンピードが起こったのは、五年前。

 そこから日本は、色々と変ってしまった。


 変えられ、ねじ曲がり、歪められ――失った。


 平和な日本で、命を賭ける冒険家が量産されたのは、

 失われた現在に対する、人類の反抗の表れだった。


 祖父祖母、父母、妻、夫、子供、兄弟、姉妹、友達、恋人、孫……。

 みんな、なにかを失っている。


 晴輝もそうだ。

 きっと火蓮も、そうなのだろう。


 下手に声をかけて、傷のなめ合いをするつもりはない。


 そんなことをするくらいなら、一匹でも多く魔物を殺すべきだ。

 一匹でも多く魔物を殺して、誰かの大切な人が失われる可能性を、コンマ1%でも減らすべきだ。


 なぜなら晴輝らは冒険家だから。


 それが、冒険家という職業なのだから。


「わかった。それじゃ行こうか、ダンジョンに!」

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