第14話 車庫のダンジョンを案内しよう!

 家のあるK町に近づくに従って、火蓮は「おいおいどこまで奥地に行くんだよ?」という表情に変っていった。


 東京から見れば札幌は田舎だが、本物の田舎住みから言わせればあれはイミテーション。ファッション田舎だ。


 この程度で驚くなよ?

 俺の町はすげぇ田舎だぜ!


 そんな自慢なのか自虐なのかわからない感情を胸に抱きつつ、晴輝は鼻歌交じりに車を運転した。


「うわぁ。本当に車庫の中にダンジョンがあるんですね。うわぁ……」


 車庫にダンジョンがそんなに珍しいのか、火蓮はダンジョンの入り口をマジマジと観察している。


 いやいや。あなたの市では地下歩行空間がダンジョンでしたでしょうに。

 それが車庫に出来たからって、驚くことでもないだろう。


「自宅から歩いてすぐのところにダンジョンがあるっていいですね」

「まあな」


 近場にあるのは強力なメリットだ。

 通勤(?)時間の分狩りが出来る。


 通勤時間がないからその分ゆっくり寝ていられる! とダメな状態にならないよう注意しなければいけないが……。


「そうだ。この町の素材買取店ってどこにありますか?」

「ない」

「……え?」

「そんなものは、ないっ」


 火蓮が嘘でしょ? みたいな目で晴輝を見つめる。


「ダンジョンがある場所には、買取店が必ずあるものだと思ってたんですけど……」

「最近出来たばっかりだから。そのうち出来るかもしれない」

「もしかして武具店もですか!?」


 こっちを見ないで聞かないで。

 利便性の話をすると途端に悲しくなるから。


 ああ。

 ネットの密林で買い物をしていた時代が懐かしい。


「と、とりあえず中を覗いていく?」

「はい!」



 火蓮はローブに細めの棍棒という装備だ。

 靴は普通のスニーカーで、安全靴のようにはとても見えない。


 あまりに軽装で心許ない。

 けれど初心者だから仕方が無い。


 装備を整えるには、お金と経験が必要。

 初心者は、そのいずれかが不足している。


 ただ……。

 晴輝は彼女の装備をしげしげと眺めて思う。


「面白い」


 彼女の装備は非常に興味深かった。


 まず棍棒だ。


 どこで叩いても威力が変らず、また刃物とは違い手入れもほとんど必要ない。

 最高に扱いやすい、初心者用の武器種だ。


 にもかかわらず装備する冒険家は少ない。


 なぜなら魔物は、殺したあとに素材を剥ぎ取るからだ。


 魔物の素材は革や爪、甲殻や鱗など。主に外側に集中している。

 棍棒で戦えば折角の素材に傷が付く。


 だから冒険家は、扱いやすい棍棒は使わず始めから刃物を選ぶ。


 火蓮は暇な時は『なろう』のブログを巡回するほど、ある意味冒険家マニアだ。

 情報弱者だというわけではないだろう。


 つまり棍棒は、彼女の趣味で選んだ武器だということ。


 棍棒のメーカーはなんと『IBI』。

 扱いにくいことで有名な番磨工業のエントリーモデルである。

 ニッチもいいところだ。


 おまけに防具は、なかでも防御力の低いローブと来た。


 彼女は効率や生存率を捨てて、自分のセンスに従っている。

 だからこそ、面白い!


 ド・マイナーな武具を選ぶ彼女のセンスに、晴輝は惹かれた。


 おそらくそれはあえて短剣・ナイフをメイン武器に選ぶ晴輝だからこそだろう。

 特殊な仲間意識といっても良い。


 晴輝も武具を装着し鞄を背負うと、火蓮を伴って改札口を通過した。


「ここになんの魔物が出るかは知ってるか?」

「ゲジゲジっていう魔物でしたよね」

「あー。そういえば俺のブログを見たんだったな」


 晴輝は羞恥心を誤魔化すように後頭部をぽりぽりと掻いた。


「命の危険はないが、防具が壊されるから気をつけるんだぞ」

「はい」


 ダンジョンに降りて1匹目のゲジゲジを見た途端に、火蓮の白顔が青くなった。

 晴輝はずんずん前に進むが、火蓮は動かない。


 ……いや、動けないのか?


「どうした? ゲジゲジは攻撃手段が防具破壊に寄ってるから、命の心配はないぞ」

「いえ、命よりも心がピンチです……」


 どうやら彼女は、虫系の魔物が苦手らしい。


 あれ? でも虫系の魔物は『ちかほ』にも出現したはずなんだけど。

 まあいいや。さくっと倒してしまおう。


 折角だし、火蓮に殴らせよう。

 彼女は『ちかほ』で経験値難民だったはず。


 経験値に飢えているだろう。

 できるだけゲジゲジの生命力を、多く火蓮にプレゼントしよう。


 晴輝はよかれと思い、現われたゲジゲジの背中を足で押さえた。


 スキルボードにポイントを振ったためか、ゲジゲジは軽々と押さえつけられた。

 抵抗するが、逃げ出せる雰囲気はない。


「ひぃ!」


 激しい抵抗――ゲジゲジの動きに、火蓮が怯える。

 驚くようなものでもないと思うのだが。


 晴輝はゲジゲジの触角を切り落とし、火蓮に目を向けた。


「弱点は頭だ。さあ攻撃して」


 火蓮はおっかなびっくり近づき、棍棒で頭を何度も叩く。

 腰は引けているし、目は背けっぱなしだ。


「ちゃんとゲジゲジを見て」

「無理です! っていうかよくそんな冷静でいられますね!」

「へ?」

「き、気持ち悪くないんですか?」

「気持ち悪い……」


 火蓮の言葉に晴輝は首を傾げる。


 一体この少女はなにを言っているのだろう?


「可愛いだろ?」

「はあ!?」

「足の動きとか体のクネクネ具合とか――」

「辞めてください無理です鳥肌で死んでしまいます!!」


 そんなに拒否されても……。

 しかし、そうか。ゲジゲジを見てこういう反応をする冒険家もいるのか。


 WIKIに書き込んだ冒険家も、彼女のように嫌悪感を強く感じていたことだろう。

 だがそれは冒険家として問題がある。


「醜悪な魔物が出てきた時、火蓮はそうやって目を背けるのか? ゲジゲジは殺傷力がないから大丈夫かもしれないが、他は違う。気持ち悪いからって目を背けていたら、死ぬぞ?」

「…………」

「お前はどっちだ? 気持ち悪いものから目を背ける年頃の女の子か。それとも、現実を直視する冒険家か」

「……」


 晴輝の言葉で、火蓮はようやっとゲジゲジの姿を直視した。

 まだ顔は青白いし、ゲジゲジが動く度に「ひえぇ!」と言うみたいに唇を震わせている。


 だが、その瞳の奥にある光は強さを増している。


 怪しげな光にも見えるが……まあ、大丈夫だろう。


 晴輝が確信した通り、彼女はゲジゲジの頭を何十発も、棍棒で強く叩きつけた。

 まるで初めてゲジゲジと戦ったときの晴輝のような連撃だった。


 ゲジゲジが死ぬまでにはかなりの時間が必要だった。


 初めて戦った晴輝も、甲殻を貫けなかった。

 まだ初心者の火蓮がゲジゲジを倒すのに時間がかかるのも仕方が無い。


 ゲジゲジを倒すとレベルアップ酔いに罹ったのだろう。火蓮が脱力して膝をついた。

 その姿を横目に、晴輝はゲジゲジを解体する。


「うっ……!」


 うーん。

 レベルアップ酔いがそんなにも酷かったのか?

 火蓮は口を押さえて呻いた。


 腕力を上げたからか、ゲジゲジの解体は以前よりも楽だ。

 甲殻が面白いほどツルンと剥けた。


 おそらく解体時間も半分ほどになっているだろう。


 解体時間を短縮出来るなんて、素晴らしい!

 これでもっと、魔物と長時間戦える。


 とはいえさすがにモンパレのような戦闘はこりごりだが。


「あの、空星さんって何年前から冒険家をされているんですか?」

「え、今年からだけど」

「は? 私と同期なんですか!?」


 彼女は18歳ということだから、おそらく今年度に免許を取得したのだろう。

 晴輝も今年だから、確かに同期と言える。


「うん。まあそうだね」

「……」


 彼女は首を小刻みに横に振る。

 まるで信じられないとでも言うみたいに。


「もしかして元々武道をたしなまれていたとか?」

「いいや。学生時代は陸上部だったけどそれ以来、体を動かすことはなにも」


 学生時代の体力は、印刷会社に就職してから根こそぎ奪われてしまった。

 あれはほとんど引きこもりみたいな仕事だった。


 むしろ引きこもりの方が体は健全かもしれない。

 寝たい時に眠れ、起きたい時に起きられるのだから。


「じゃあどうしてそんなに強いんですか? 私はまだまだ弱いのに……」

「うーん」


 尊敬と自虐めいた視線を向けられ、晴輝は思わず顔を背けた。


 努力ではなく魔導具で得た力だから、胸を張れやしない。

 彼女の眼差しを、真正面から受け止められなかった。


「……ゲジゲジをいっぱい倒せば、強くなれるよ」


 そう、言うに止める。


 だがそれは事実だ。

 晴輝だってそれで強くなった。


「家がすぐそこだからな。魔物は狩り放題だ」


 ゲジゲジをいっぱい倒せば強くなれる。

 そう伝えると、火蓮は力強く微笑んだ。

 瞳に僅かな怪しさを漂わせて。


「では、根こそぎ死滅させるよう頑張ります」

「いやそこまで頑張らなくてもいいからね?」


 死滅したら、折角のゲジゲジちゃんたちが拝めなくなるし。

 この足、見てるだけで癒やされるんだよな……。



 折角自由に魔物に手が出せるのだからと、晴輝は徹底的に火蓮をしごいた。

 具体的には、ゲジゲジを100匹近く討伐させた。


 はじめは5分ほど掛かった討伐も、終盤では1分で甲殻が割れるほどまで成長した。

 とはいえまだまだ1人で相手にするには危ないかもしれない。


 晴輝は1対1でも遅れは取らなかった。

 ここは男女の差か、はたまた得物の差か。


 きっとゲジゲジ愛の違いだろう。


 このままだと火蓮はあと200匹は倒さないと、1人でまともに戦えないかもしれない。


「100匹程度狩れば行けると思ったんだけどなあ」


 晴輝は実体験として100匹でかなり成長したのでそう予測していたのだが……。

 どうやら成長加速は晴輝の成長速度をかなり底上げしていたようだ。


「はぁ、はぁ……あの……少し、休憩を……」

「あ、うん。じゃ休もうか」


 火蓮は汗で濡れた額もそのままに、壁を背にしてへたり込む。

 晴輝が自分の体力に合せていたせいで、すっかり休憩を取るのを忘れてしまっていた。


 これからは体力の違いは留意しないと……。

 晴輝は軽く反省し、鞄から水筒を取り出した。


「しかし、凄いな」


 いまの晴輝の呟きも聞こえないほど、彼女は憔悴しているようだ。

 力無くちびちびと水筒に口を付けている。


 休憩なしだったにも拘わらず、火蓮は一度だって不満の声を上げなかった。

 かなり根性がある。


 晴輝は今し方倒したゲジゲジの解体を行う。

 火蓮に背を向けたタイミングで、晴輝はこっそりスキルボードを取り出した。


 ここまで努力出来る子なら、少し手助けしてあげよう。

 まずはスキルの確認だ。


「――ッ!?」


 ボードを取り出した晴輝は、火蓮のスキルツリーを呼び出し、目をむいた。

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