私はあのチョコの味を知らない

雨空りゅう

私はあのチョコの味を知らない

「本命チョコです!!良ければ受け取ってください!!!」


 校舎裏とはいえ大きな声を出す親友に苦笑いを浮かべる少女。運動部所属だとあれがふつうなのだろうか。確かに校舎裏じゃないとあの大声では人目につくなと少女は一人納得した。


 校舎裏の曲がり角、二人からは見えない位置に少女はいた。


 少女が告白の現場を隠れて見ているのは決して覗きではなく、当の本人に頼まれたからだ。


 話は前日までに遡る。放課後、親友に呼び出されて何事かと思ったがなんてことはない。片思いの相手に手作りチョコを渡したいと相談された。


 チョコの作り方がわからないから教えて欲しいとのことで少女は親友に呆れ果てた。前日になって頼むという計画性の無さと呼び出されてぬか喜びした自分自身に。


 とりあえずお説教しても仕方ないと材料を沢山買い込んで少女の家で作ることになった。


 親友は材料の多さに目を丸くしていたが、何回も練習するためだと言ったら自信満々な表情を浮かべていた。母親の料理を見てきた、だから問題ないと。少女は根拠のない自信が嫌いだった。


 見てできるなら誰も苦労しない。しかも菓子作り、手先が不器用な親友には無謀とも思えた。

 案の定、少女は何回も失敗した。何回も何回も。失敗してはまた作って味見して。少女も一緒に食べてアドバイスをした。


 失敗の連続ではあったが親友は同じ失敗をしなかった。ほんのすこし、だけどたしかにうまくなっていった。


 バレタインのチョコ作りは深夜まで続いた。正しくは少女のチョコ作りがだ。自分のチョコを手際よく作った。親友はだれに渡すのかとニヤニヤしていたが自分に贈るご褒美チョコというとつまらなそうな顔をした。


 少女は根拠のない自信が嫌いだった。


 親友は少女がいなくても作れるくらいに成長していた。これならばだれに渡しても問題ないと少女は親友に伝えたがもう少し頑張りたいと作業を続けた。好きな人のための努力ならまったく苦ではないと楽しそうに笑いながら。


 いたたまれなくなった少女は一足先に寝る伝えて寝室に向かった。

 寝室の壁が薄いのか、耳にこびりついているのかチョコ作りの音が聞こえた。


 少女は耳を塞いで目を瞑った。明日が消えて無くなればいいとおもいながら。


 そして当日の朝。


 陽の光が眩しくて目を開けた少女の前には、綺麗なラッピングが施された小さな袋を持った親友がいた。服装が変わっていなかった。どうやら朝まで作業したらしい。一度頑張ると決めたらとことん頑張る親友らしいと思わず笑ってしまった。


 身支度を整えてソワソワして落ち着かない親友連れて学校に向かった。


 そして放課後の今に至る。


 ちらりと壁越しに相手の少年を見る。親友と同じクラスの運動部のエース。男女ともに好かれていて仏頂面の少女とは違いころころと表情を変える。今も本命チョコに驚いているのか、遠くまで分かるくらい首すじまで真っ赤になっていた。真っ直ぐな親友と純情な少年。傍からみてもお似合いの二人だった。


 二人の周りに流れるあたたかい空気に耐えられなくて目を逸らした。親友の頼みだとしてもどうしても見ることが出来なかった。胸が張り裂けそうになる。心が悲鳴をあげる。胸元のシャツを強く握りしめる。


 どうしてと少女は思った。どうしてあそこに自分はいないのか。どうしてあの少女が笑顔を向ける先は自分ではないのか。どうして。どうして。目を逸らしたはずの光景が目の前に現れる。瞳を閉じても焼き付いた光景は消えてなくならない。


 きっと彼女は今が人生の絶頂なのだろう。バレンタインの思い出で一番に思い浮かべるのは今。決して少女とのチョコ作りではない。少女との思い出があの少年の笑顔に塗りつぶされていくのがわかった。


 顔を俯かせてコンクリートの地面を見る。昨日を今日も晴れていたのに濡れていた。それが自分が流しているものだと気づいたとたんに溢れ出した。

 嗚咽が漏れる。立っていられなくなり校舎の壁に背を預けて、スカートの汚れも気にせず座り込む。


 幸せな二人に気づかれてはいけないと手を噛んで声を押し殺す。


 止めようとしても止まらない。自分がこんなにも脆いと思わなかった。


「ごめんね」


 涙とこぼれ落ちる好きという気持ち。流しきったらまた親友に戻れるから。今だけ、今だけは片思いでいさせてください。





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私はあのチョコの味を知らない 雨空りゅう @amazora_ryu

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