2021年3月14日(グッドエンド・続き)

 あのときは必死こいてクッキー作りの練習をしていたけれども、震災以降はお菓子作りに全く触れていなかった。

 そして、大学時代に「ホワイトデーにクッキーを渡すのは『友だちのまま』の意味になる」と聞いたことがあった。ということは、このままクッキーを渡すのはよろしくないだろう。

 教えてくれた友よ、感謝。


 そこで、何を作ればよいのかネットで調べる。できれば自分で作りたいけれど、あまり難しいのはやめておきたい。

 チョコレートは……、意味的に良くないのか。

 マカロンは……、難しそうだからやめておこう。



 辿り着いた先は、マドレーヌだった。

 型さえなんとかすれば、なんとかなるかもしれない。


 お菓子作りという、なれない作業に苦戦する。でも大学生になってから、少しばかり自炊していたので、そこまで苦ではなかった。

 自炊、やって良かった。


 一昨日慌てて買ってきた、少しおしゃれで自分には似つかわしくない袋に、かわいくリボンなんかも付けてみた。









 14日

 再び小学生を訪れる。

 3日前に訪れたばっかりだけれど、やっぱり懐かしい。

 さまざまな思い出がよみがえる。


 もちろん、あの日のことも。


 そして、11年前の今日は、答え合わせをするはずだった日。

 覚えてくれていたらな、と思うけれど、千尋ちゃんが覚えていなくとも、悔いはない。小5の自分がやり残したことを、今するだけだ。

 だって、あのときに付き合ったとしても、11年続いた保障はどこにもない。


 あれこれ考えていると待ち合わせの時間になっていたらしく、千尋ちゃんがこっちに向かってくるのが見えた。というか、すぐそこだ。

「やあやあ」と簡単に挨拶を交わして、いざ本題に入る。

「あのさ、11年前のバレンタインのこと、覚えてる?」

 千尋ちゃんは、「うん」と一言だけ頷くと、何も言わなかった。僕に発言を促している、ということだろう。

 僕はトートバッグからマドレーヌが入ったプレゼントを取り出しながら

「これ、その時のお返し。11年もかかっちゃって、ごめんね…」

 お返しを手渡した。千尋ちゃんはやっと聞こえるくらいの声でボソッと「ありがとう」とつぶやいた。

 構わず、僕は続ける。

「そしてさ…」

 大切なことだ。一呼吸おいて、言う。

「もし、11年前の言葉がまだ有効ならでいいんだけどさ……、僕もずっと好きでした。付き合ってください。」

 自分の鼓動の音がはっきりと聞こえる。自分の心臓の音がこれだけ聞こえていたのは今まであっただろうか。大学受験のときよりも、その音があまりにも大きいと感じる。

 一瞬、目が合ったけれど、恥ずかしくなって、僕はすぐ目線を下げた。






 時間が長く感じる。どれほどの時間が過ぎたのかは分からない。実は5秒も経ってないのかもしれないが、千尋ちゃんが口を開いた。

「ありがとう。 実はね……、この前は言わなかったけれど、そんな君に伝えないといけないことが、3つあるの。」

 ドキッとする。3つもあるのか。嫌な予感しかしない。

「一つ目。あまり思い出したくないけれど、私、東京の学校でいじめられていたの。」

 言葉が出なかった。

 福島から避難した子どもが、避難先でいじめに遭うというのはニュースで聞いたことがあるが、まさか千尋ちゃんが本当にいじめられていたとは。

「東京に行って、いじめられて、学校にも行かなくなって、なんなら『死のうかな』って思ってたの。でも、死んじゃったら遥人くんと会えないな、と思って、自殺しちゃだめだなと踏みとどまれたの。今こうして生きていられるのは、君のおかげ。本当にありがとう。」

 その後、親が仕事を見つけて、いわきに越したという。

 想像のはるか斜め上をいく内容だったから、僕は黙って聞くしかなかった。


 千尋ちゃんは続ける。

「二つ目、まぁ一つ目の続きかもしれないのだけど、いわきで学校に馴染んでいたけれど『いつか遥人くんと会えたら』とずっと思ってて。ここの成人式にも行かなかったから、もう二度と会えないとは思っていながらも、どこかあきらめられなくて。社会人になったら、潔く諦めようと思ってたけれど、まさかその直前に会えるとは思っていなかったの。」

「だから、11年前のこと、まだ有効だよ。」

 後々知ることとなるのだが、高校生や大学生のころは何度か告白されたことがあるけど、全部断ったそうだ。「好きな人に告白したけれど、まだ返事はないから」と全部断っていたらしい。これだけかわいい女の子なのだ。モテて当たり前だ。周りには僕より格好いい男は大勢いただろうけど、僕を忘れないでいてくれたのは、正直嬉しい。


「私も、ずっと好きでした。」

 生の言葉で、初めて「好き」と言われた。嬉しい。なんだか、すごく嬉しい。

 でも、こんなシーンは初めてである。どうリアクションすれば良いのだろう。本当は僕のほうから何かしなければいけないのだろうけれど、経験もないのだから、分からない。

 少し戸惑っていると、

「なんか、11年前に思っていたことと違うけれど、まぁいっか。」

 千尋ちゃんはそう言い、顔を合わせて笑った。

 でも、4月からは社会人。遠距離恋愛になって、そう簡単に会うことはそうないだろう。しかしそんな憶測は簡単に崩れた。


「そして三つ目。実は私もね、4月からここの役場で働くんだよね」



 ん??????????????????????



 ちゃんと聞き取ったはずなのだけれど、まるで全然知らない言語で言われたかのように、頭の中が真っ白になる。どういうこと?全く理解ができない。

 ポカーンとしていると、察しの良い千尋ちゃんは話を続けてくれた。

「何を驚いているのよ、本当は私のほうがびっくりだよ。4月から君と同じところで働くなんて、思っていなかったもん。」

「…ごめんなさい、まだ理解が追い付いていない。」

「あのねぇ、しっかり頼むよ。」

 呆れられた。

「つまり、これから一緒に過ごせるってことよ。」

 千尋ちゃんは下を向いたけれども、少し赤くなっていた。


 やっと理解が追い付く。

 なるほど、千尋ちゃんも同じ役場に就職するから、これから一緒に過ごせる、と。


 !?!?!?!?!?

 なるほど、こりゃびっくりだ。

 驚きと同時に、うれしさも込み上げてくる。

 よっぽどのことがない限り、もう離れ離れになることはないのだろう。

 嬉しさのあまり、目が潤んできた。

「何泣いてるのよ、私だって…嬉しいよ…」

 千尋ちゃんも目を潤ませていた。



 11年と1ヶ月。

 付き合うまで、かなり時間がかかった。

 いや、かかりすぎだ。

 でも、この11年、確かに「千尋ちゃんが好き」という想いは変わらなかった。むしろ、強くなっていった。

 これからの未来、二人で手を繋ぎ、昔と変わらない笑顔で歩いていく。

 何があっても、その手は離したくない。

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バレンタインのお返しは 大谷 @ohtani_10

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