2021年3月11日(グッドエンド版)
その後避難所を転々としたが、会津のほうで震災前の小学校が再開し、大輔くんや玲菜ちゃんたちと無事に再会できた。
しかし、そこに千尋ちゃんはいなかった。
千尋ちゃんは一家で関東のほうに避難したらしい。
いつかは帰ってきてくれるかな
そう思ってた。
震災から11年も経った。
千尋ちゃんと離れ離れになってしまってから、11年、ということにもある。
なかなか忘れられないのだ。二度と会えないから諦めるべきだと思いつつも、もし再会できたらと思う。11年悩み続けているが、いまだに答えが出ない。ズルズルと引っ張ってきたが、大学生になっても全然モテなかったのが、答えを急がなくても良かった理由かもしれない。
僕は4月から地元の町役場に就職が決まっている。
11年もかかったが、地元の復興がやっとスタートラインに立つことができ、これから本格的に復興事業が始まる、というタイミングで何か役に立ちたい、そう思って猛勉強した結果、役場の職員として採用された。
今年になって、やっと小学校に入れるようになっていた。
小学校は震災遺構として残す方針らしいが、今は整備中。朽ち果てているわけではないので、特に問題無く建物内に入ることができる。
その情報を役場の担当者から聞いた。来年の3.11は役場にいると思うので、この日に母校に入れるのは、最初で最後だろう。
教室自体には危険なので入れないようになっていたが、廊下には当時の雰囲気、というよりもあの日のままになっていて、掲示物も2011年3月のものが並んでいた。
かつての自分の教室をドアから覗いたが、ここも当時のまま。黒板には算数の授業の板書が書かれたまま、ランドセルもロッカーにしまったまま、ノートも広げたままであった。自分の筆箱やランドセルも見つかった。
屋上に上がれるようにもなっていた。
見晴らしがよいので、ここに上がって周りの景色や復興の様子が見えるようにと、開放したそうだ。
小学生の頃は立入禁止だったので、屋上には初めて入る。
話に聞いていたように、見晴らしが良かった。
しかし、周りは何もない。津波に流されて更地になった建物や、放射能で汚染されたため解体された家屋ばっかりだ。少し遠くには爆発を起こした原発が、建物の上部だけうっすらと見える。
周りを見渡しながらたそがれていると、14時46分を迎えた。
海のほうに向かい、亡くなった方々に祈りを捧げる。
同級生はみんな避難して無事だったが、低学年の子は何人か亡くなったと聞く。直接話したことのある子がいなかったのは良かったと言ってよいのか、いまだに葛藤がある。
顔を上げ、周りを見渡す。
ずっと海のほうを眺めていたので気付かなかったが、僕以外にも2,3人が屋上へ上がってきていたらしい。
ある女性と目が合った。
黒髪ロングで、絵にかいたような美少女。
マスクをしていても、美少女オーラが隠しきれていない。
でもどこかで見たことのある顔立ちのような気がする。
ここに来ているということは、小学校のOBだと思うけど…、同級生だったりするのかな?
必死になって記憶を掘り起こしてみる。
ひょっとしたら、千尋ちゃんか?
少し近づいて、勇気を出して声をかけてみる。
「あの…」
相手も同じタイミングで話しかけてきて、互いの声が綺麗にハモった。
あまりにも綺麗に声が重なったので、思わず「ハハ…」と笑みがこぼれる。
いくら知人かもしれない相手とはいえ、美少女に話しかけられたと思うと、急に恥ずかしくなってしまい、次の言葉が出なくなった。もじもじしていると、先に向こうからあっさり質問された。
「人違いだったら申し訳ないのですが、遠藤遥人くんですか?」
ドキッとした。僕の名前がフルネームで知っているなんて。
本当に千尋ちゃんかもしれない。わずかな希望が、少しずつ確実性を増しているようだ。
「はい、そうですけど……。ひょっとして、千尋…ちゃん…?」
そう言い返すと、彼女は頷いてホッとしたような表情を浮かべつつ、さっきまでの緊張の面持ちからにっこりとした笑顔に変わっていた。
「良かったぁ、横顔とかなんとなく遥人くんに似ているな~と思ってたけれど、人違いじゃなくて。」
「ほんと久しぶりだね~」
ちょうど11年振りの再会。本当に久しぶりである。いくら仲が良かったとはいえ、人生の約半分の期間、一切顔を合わせていない。しかも、千尋ちゃんは僕の記憶の中にあるイメージからはかけ離れ、ミスコンで簡単にグランプリを取れるのでは?と思うほどの美人になっていた。
相手は幼馴染ではあっても、女の人と話す機会なんてほとんどなかったせいで、緊張してたまらない。たくさん聞きたいことはあるはずなのに、何と話し始めれば良いのか分からないのだ。
そんな感じで何も言えないでいると、千尋ちゃんから話を始めた。
「私、電車でいわきのほうに帰るんだけど、これからどうするの?」
素直に返すしかなかった。
「僕も電車で仙台のほうに帰るけれど…………、えっ?千尋ちゃん、今いわきにいるの?関東に引っ越したのではなかったの?」
正直驚いた。
千尋ちゃんはハハハと笑うと、
「そうなの、今いわきにいるんだよね~。まっ、いろいろ話したいことあるし、駅まで喋りながら行こっか。」
と言った。笑い方は11年前とそっくりだ。それで少し緊張がほぐれた。僕の知っている千尋ちゃんである。
2人で小学校を出て、駅へ向かうことにした。
「えっと…どこから話せばいい?」
そう言われましても、こっちも聞きたいことが多すぎる。とりあえず、さっきの疑問「なぜ今いわきにいるのか」について聞いてみた。
すると、千尋ちゃんは上を向き、大きく息を吐いてから、話を始めた。
「私ね、あの後東京のほうに避難したの。1年くらい東京で避難生活してたんだけど…」
そこまで言って口を止め、また空のほうを向いた。
顔色をうかがおうと思ったけれど、上を向いて表情を隠すようにしていたから、やめた。
せっかくの再会なのに余計なことをして、雰囲気をぶち壊したくない。
「まぁ、いろいろあってね。中学校からいわきのほうに引っ越したんだ。今もそこに家族と住んでるよ。」
中高での部活や大学の生活を聞いているうちに、駅に到着した。話はけっこう盛り上がり、歪んだような顔を浮かべたのは、あの一瞬だけだった。
時刻表を見る限り、僕の乗る仙台方面は30分後、千尋ちゃんの乗るいわき方面は40分後。
電車に乗るまで、かなり時間がある。
とりあえず駅の自動販売機で飲み物を買って、駅のベンチに腰掛ける。
お互いに同じブラックコーヒーを片手にして、横に並んでいる。
ここでも、先に口を開いたのは千尋ちゃんだ。
「今度は君のターン。遥人はこの11年、どんな感じなの?」
話を無理やり振ってきた。
僕は11年間の出来事をマシンガンのように話した。
避難所を転々としたこと。会津で小学校が再開したから、そこに通ったこと。
小学校では大輔や玲菜たちに再会したけれど、かつてのクラスの半分もいなかったこと。
会津の高校を出て、仙台の大学の卒業が決まったこと。
そして、就職がここの役場に決まったことを伝えると、千尋ちゃんは
「へぇ~、意外だ。11年で人って変わるんだね」
と驚いたように言った。僕が「そんなに驚くようなことか?」と聞くと、
「だって昔、『俺はこんな何もない田舎から出て、東京でバリバリに活躍するんだ!』なんて言ってたから。真逆の結果になってるしー。」
「当時のモノマネは入れなくていいだろ!」と突っ込むと、二人で大笑いした。
やはり笑い方は昔とそっくりだ。二人で笑い合える、というのはどれほど幸せなのだろうか。
ところで、昔の僕は「東京で働く」と思っていたようだが、実際に「地元で働きたい」と心に決めたのは間違いなく震災後である。震災があったからこそ、そういう思考になったけれど、震災があったから、こうして幼馴染と11年も離れ離れになっていたのも事実だ。
小学生時代の懐かしい話や大輔や玲菜たちのエピソードを話していると、あっという間に時間は過ぎてしまい、下り列車が到着するアナウンスが流れた。
楽しかった時間も、もう終わりだ。
そして、もし千尋ちゃんに会えたら伝えねばならない、と以前から思っていたことがあった。少し息を吐いて覚悟を決め、それを伝える。
「あのさ――」
千尋ちゃんは「ん?」と小さく返事して、こちらを向いた。目が合う。さっきまであれだけ話していたはずだけれど、その時間が僕の言葉でリセットされた感覚になった。
「明々後日の14日、空いてますか?」
緊張のあまり、敬語になってしまった。千尋ちゃんは、驚いたような表情を浮かべたまま、こちらを向く。
「うん、特に予定はないかな」
意を決して、伝えてみる。
「14日、もう一回会えませんか?」
「渡したいものがあるので…」
僕がそう言うと、僕が渡したいものが何かを察したかのような表情を見せた。
本当に覚えてくれていたら嬉しいけれど、まさかそんなことがあるわけないだろう。
「ふふっ、わかったわ。」
少しいたずらっぽい笑顔を向けてくれた。そして、続けた。
「場所、小学校の前で良い?」
お互いの住んでいるところのちょうど中間だし、まだここで思い出話をすれば良いな、と思い、僕は二つ返事で了承した。
列車がブレーキ音を立てながら、目の前に停車する。
また明々後日に会いましょう。
そう言って電車に乗り込んだ。
ドア越しに手を振る。11年振りの、さようならの挨拶だ。
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