第67話 最終話 今日を生きる


 「はい、確かに。依頼は無事達成ですね」


 ニコッと微笑むリタさんに討伐証明部位を提出し、本日も仕事を終えた。

 ここの所非常に順調、というのも当たり前で。


 「リックさん、そろそろランクアップ手続きしません? 皆さん実力としては既に十分ですし、お子さんの方も少しは落ち着いて来た所でしょう? しかも、勇者パーティは皆休業状態ですし」


 「えぇっと……あはは」


 俺達は、あのままランクアップせずにランク3のまま。

 とにかく手近で済ませられる依頼ばかりを受け持ち、数をこなす形で何とか稼いでいた。


 「最近は周囲の魔物も落ち着いてきましたし、このパーティであれば二つ三つ程上のランクの依頼が適切かと。あとですね……こう言っては何ですが、あまり皆様が低ランクの依頼をこなしてしまうと角が立つんですよ。他の方が受けようとしない依頼を率先して受けて頂けるのは助かりますが、そういう事じゃないんです。わかりますよね?」


 「えぇ……分かってます、ごめんなさい」


 素直に頭を下げてみれば、リタさんはニコニコしたまま顔に影を落とし、更に圧が増した気がする。


 「昇格は個人の自由ですし、こちらから強制する様な真似はしませんが。それでもいつか、新人の依頼を掻っ攫う冒険者なんて言われない様にして下さいね? 担当冒険者がそんな風に言われるの、私は嫌ですから。それに誰も彼も結婚して、すぐ子供作って。幸せいっぱいな表情を浮かべられる上、子供が心配だからと昇格しない人ばかりではこちらのメンタルに来ますので。えぇそれはもう来ますので」


 「リ、リタさん……?」


 「兄さん、突っ込まない。リタさんこの前のお見合い、失敗したって聞いてる」


 「フレンさんも適当な事言わないで下さい! 失敗してませんよ! たまたまお互い合わなかっただけで、失敗などしていません!」


 あ、はい。

 とりあえず、これ以上この話題には触れない方が良さそうだ。

 とかなんとか思っていると、カウンターの奥から支部長が顔を見せた。


 「受付でデカい声上げながらアホな会話してんなお前等。こっちまで聞こえてきたぞ」


 ボリボリと頭を掻きながら、彼はリタさんの頭を丸めた資料でポコポコと叩いていく。

 よ、よかった。これで今日は何とか帰れそうだ……なんて、思っていたのに。


 「支部長ならこの悲しみが分かりますよね!? そんな歳まで独身やっている支部長なら――」


 「あ、スマン。俺来月結婚すっから。結構若い子なんだが、渋い男が好きなんて言われちまってよぉ。いやぁ、悪いな。お先っ」


 「裏切り者ぉぉ!」


 期待した俺が馬鹿だったらしい。

 盛大に火に油を注いでから、支部長はケラケラ笑いながら此方に丸めた用紙を投げて来る。

 昇格の申請書、既に支部長の判子も押してある物。

 つまり、いつでも好きな時にランクを上げろって事なのだろう。


 「ま、今すぐ決断しろとは言わねぇさ。でも考えておいてくれ。お前らがより手広く仕事をする事で、救われる奴らも居る。まずは家庭優先で構わねぇから、ゆっくり考えな。つーわけで、ホラ帰った帰った。あんまり遅くなると嫁さんに怒られるぞ」


 そんな事を言いながら、支部長はいい加減な感じにヒラヒラと手を振って俺達を送り出してくれた。

 非常にありがたい、が。

 明日からリタさんと顔を合わせるのが恐ろしいんだが。

 今では烈火のごとく嫉妬に狂ってるし、主に支部長の“お先っ”に対して。

 二人を横目にそそくさと撤退し、ギルドの入り口を出てから思い切り溜息を溢していると。


 「ま、追々で良いんじゃねぇか? 今はまだチビ達に手がかかるしよ」


 「そっすねぇ。いくら大人組が揃って面倒見てくれてるからって、全部任せちゃうのは違うでしょうし」


 「最近、その“大人組”って言葉を使うと怒られる。お前達も大人になった自覚を持てって、ミサさんが」


 各々言葉を紡ぎながら、我が家に向かって足を向ける。

 俺としては有難い限りではあるのだが……実際の所どうなんだろう?

 フレンは兄妹だからという事もあるかもしれないが、リオとダグラスに関しては特に。


 「あのさ、皆は俺に付き合わなくても良いんだよ? 昇格して名を上げたいとか、もっと稼ぎたい様なら。俺に構わず……」


 呟いた瞬間、フレンから蹴りを貰った。

 そしてダグラスからは背中を引っ叩かれ、リオは肩を組んで来る。


 「俺等だって好きでやってんだよ、気にすんなリック」


 「パーティっすからね、俺等。リーダーがまだ昇格したくないってんなら、付き合うっすよ。別に金に困ってる訳じゃないし」


 ケケケッとばかりに、歯を見せて笑う男性陣。

 本当に、仲間に恵まれたものだ。

 二人感謝して、唇に力を入れながら頷いて答えてみせれば。


 「正直、私は昇格にあんまり興味ない。というか、甥っ子と妹たちに会えなくなる方が問題。あとダッジが無くなった兄さんは貧弱、私達が居ないと絶対すぐやられる」


 ふんすっと鼻息荒く答えるフレンは、なんというかいつも通りだ。

 もはや俺よりも子供達に入り浸っている程。

 というより、今この場で俺が昇格を宣言してもフレンが反対してきそうな勢いだった。


 「とにかく、皆ありがと。もう少しだけ……あと半月。いや一年……いやぁ、でも」


 「だははっ! リックもすっかり親馬鹿だな」


 「ま、いいんじゃないっすか? 金銭的に問題がないなら。いざとなったら少しだけ家を空けてデカい仕事で稼ぎましょ」


 「よく考えたら、私だけ冒険者を辞めて、三人が稼いで来れば問題解決……」


 「「「それは止めろ」」」


 締まらない会話を繰り広げながら、俺達はワイワイと騒ぎながら帰路を急いだ。

 早く帰ろう、我が家へ。

 家族が集まっているだろう、あの場所へ。


 ――――


 「ホラホラ飯が出来たぞ、片付けろぉー?」


 玩具やら何やらで散らかった部屋の中を、エルメリアがお盆を持って歩いて来る。

 慌てた様子でセシリーとアルマが片付けを始め、二人の子供と自分の子供を腕に抱くミーヤ。

 もうヨタヨタと歩く様になり、その光景を見る度に大きくなったものだと頬が緩む。


 「大人組はさっさと食っちまえよぉー? ちびっ子男児二人は俺と爺ちゃんで食わせるから」


 慣れた様子でテーブルに料理を並べ、ミーヤから預かった二人を子供椅子に座らせる。

 二人共男の子。

 リックとミーヤの子供と、セシリーとアルマの子供。

 両方とも随分と顔立ちが良く、将来が期待出来そうだ。

 なんて事を考えながら、俺とエルメリアで一人ずつ隣に座る。


 「それじゃ頂くか。いつも悪いな、エルメリア」


 「これも仕事の内だっての」


 ニカッと笑みを浮かべる彼は、とても柔らかい表情で笑いながら子供に離乳食を与えていく。


 「じぃー」


 「あぁ、悪い悪い。お前もご飯にしような」


 腹ペコ男児が俺の腕を引っ張って来たので、慌ててスプーンを片手に食事を与え始める。

 パクパクと食べる食欲旺盛の姿を見て、改めて頬が緩んでいく。


 「ココの所、ドレイクが緩みっぱなしだねぇ。昔じゃ鬼の様な雰囲気で戦地を駆け巡ったのに」


 ケラケラと笑うアルマに、残る二入りもクスクスと微笑みを浮かべている。

 ほんと、変れば変わるモノだ。

 今では自分でもそう感じる程に、穏やかな空気が流れている。

 とかなんとか安心していると。


 「ありゃ? 女児組も腹ペコか? それともオムツか?」


 二階から、残る二人の泣き声が響いて来た。

 全く、子供が多いってのは手が掛かるな。

 そんな事を思いながらも、顔はにやける訳だが。


 「ドレイクさん、代わりますね。様子を見て来て下さい」


 「体調におかしな所が見られたら、すぐに呼んでくださいね? ドレイク」


 ミーヤとセシリーから声を掛けられ、スマンと一言呟いてから階段へと向かった。

 そして、二階の俺の部屋へと向かってみれば。


 「あぁ、すまないドレイク。どうやらただ起きちゃっただけみたいだ。しかし、二人共起きてしまって大騒ぎだ」


 「ホレホレ、怖い夢でも見たか? もう大丈夫じゃぞぉ?」


 ファリアとミサの二人が、一人ずつ赤子を抱えてあやしていた。

 正真正銘俺の子供……という言い方は違うな。

 他の子供達を他人の様に認識している訳ではないので、こういう言い方は良くない。

 俺達の新しい家族、その小さな娘たちがびぃびぃと大きな声を上げながらグズっていた。


 「ホラ、二人共こっちに来い。俺が面倒見ておくから、ファリアとミサは今の内に飯食って来たらどうだ? お疲れ様」


 そういって二人のちびっ子を片腕ずつ預かってみれば、ヒシッと腕にくっ付いたまま大人しくなった。

 未だグズっている様だが、泣き声は止んでくれた。


 「相変わらずパパっ子だね……ドレイクに抱っこされるとすぐ泣き止むんだから」


 「まぁ、こっちとしちゃ助かるがのぉ。育児ってのは聞いていたよりハードじゃ……」


 疲れた様子の二人を労いながら食事に送り出せば、娘二人が腕の中でモゾモゾと動き回りながら頬を触って来たり引っ叩いて来たり。

 完全に目が覚めてしまった様子で、元気に遊び始める。

 ただ髪の毛を引っ張るのは止めろ。おでこがどんどん後退しているのに、別の所も毟ろうとするんじゃない。


 「全く……お前達のお母さん達も、何が良くてこんなおっさんを選んだんだろうな?」


 呆れた声を上げながら二人の娘をゆらゆらと揺らしてみれば、二人共不思議そうな顔で此方を見上げて来る。

 片方はファリアの血を濃く引いているのだろう、整った顔と鋭い瞳を。

 もう片方はミサの血を引いたと一目で分かる、大きな狐の耳と可愛らしいぱっちりとした瞳。

 これが俺の子なのか。マジか、凄いな。

 とりあえず、俺の特徴が色濃く遺伝しなくて良かった。

 とか何とか何度も思う訳だが、周りの皆は俺に似ていると口々に言う。

 その度に全力で否定しているが、何故か呆れた視線を向けられる毎日だ。


 「そうだなぁ、せめてお前達が大人になるまで。それくらいは“俺”として生きていたいなぁ」


 ボヤキながら、右手に嵌ったグローブを見つめた。

 アレからもう随分と経ったが、思いの外黒い痣は広がりを見せなかった。

 他の地で新たな魔王が誕生したのか、それとも単純に呪いが遅いだけなのか。

 心配していたセシリーとミーヤ、そしてリックも呪いが移ったり残ったりという報告は受けていない。

 ミーヤに関しては、義手の下がどうなっているか確認出来ない為、今でも気は抜けないが。

 それでも。


 「よしっ、あと二十年くらいは押し留めてみせるぞ? 俺はお前達二人の花嫁姿を見るまで、絶対に死なん」


 意味はなくとも、そんな宣言をしてみれば。

 娘二人はキャッキャと笑いながら俺のごく短い髪の毛を、必死に摘まもうとしてくる。

 もはやほぼ剃っているのではないかという程短いのだが、頑張って毟ろうとしてくるのだ。

 止めてくれ、俺の前に毛根が全て死んでしまう。

 なんて事をしながら二人の娘を構っていれば。


 「ただいまぁ」


 「ただいま。甥っ子と妹達、姉が帰って来た」


 「フレン、相変わらずお前……まぁいいや」


 「戻りましたぁ。皆いい子にしてたっすかぁ?」


 下の階から、家族の声が聞えて来た。

 その瞬間、娘二人が暴れはじめる。


 「あぁ分かった分かった、お迎えに行こうな? お兄ちゃん達が帰って来たぞ?」


 ワチャワチャと暴れる二人を抱えながら、俺は皆の出迎えに向かった。

 ここ最近はずっとこんな感じだ。

 絵に描いた様な平穏な日常、平和な家庭。

 俺には程遠いと思っていた環境に、俺は身を置いている。

 色々な事があった、未だ心配な事だってある。

 それでも、やはり。


 「おかえり、皆」


 「ただいま、父さん」


 この子達を拾った事が、俺にとって人生での分岐点だったのだろう。

 俺達は、これからも生きていく。

 英雄だなんだと言われても、ただの一般人として。

 そして、ただの父親として。

 随分と増えた子供達を見守りながら、生きられる所までは生きるのだ。

 先の心配など後回しにして、今を生きる。

 それは、昔から俺が貫いて来た生き方なのだから。

 来年の心配より、今年の幸せを噛みしめよう。

 暖かくて微笑ましい“今”が、目の前に広がっているのだから。

 例え明日には人生が終わってしまったとしても、今日だけは笑って生きよう。

 どうしたって、何をしていたって。

 人間生きている内は生き足掻くしかない。

 ならば、せっかくなら。

 死んでしまうその時まで、皆で笑って過ごしたいじゃないか。

 そうしたいと思える現実を、俺は手に入れたのだから。

 だからこそ、今日を生きる。

 多くの子供達と、新しく生まれた小さな命と共に。

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大剣使いの子供達 くろぬか @kuronuka

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