第66話 大惨事
「セシリー、調子はどうだ?」
いつも通りの夜の飲み会。
大人組で集まり、皆で酒を飲みかわしている中。
「まだまだ変化を感じる程ではありませんよ、ドレイク。気が早いです」
そう言いながら果実酒に手を伸ばしたセシリーだったが、アルマから酒を奪い取られチョップを貰う。
「本気で怒るよ、止めてセシリー」
「冗談ですよ、大人しくジュースを飲んでます」
いつになく真剣な表情のアルマが彼女を止め、怒られた方も酒気の無い飲み物を口に運んでいく。
俺からしたら子供だと思っていたセシリーさえも、母親になる。
時の流れは、早いモノだ。
「これは、長く生きなくてはいけないな」
ポツリと呟いてみれば、全員からバッ! と視線を向けられてしまう。
「ドレイク、よく考えて。この怪力聖女に赤ん坊の世話が出来ると思う? 無理でしょ? 俺、全力でドレイクを頼るからね? むしろ子供の面倒を見るのは俺とドレイクだよ?」
アルマからえらく切実で、真剣な表情を向けられてしまった。
相方であるはずのセシリーは、笑いながらも視線を逸らしているが。
お前、本当に大丈夫か?
「無事に生まれた時は、その……また頼る事になると思います。申し訳ないですが、私たちの“お父さん”という事で。私たちには、父が居ませんから」
ポツリポツリと呟いて、セシリーは少しだけ恥ずかしそうにしながらそっぽを向いていた。
色々と嬉しい台詞を頂いた気がするが、お前は怪力で育児はちょっと……と投げ出している状態だぞ? それは良いのか?
この子の性格からして、放棄するような事は無いだろうが。
多分赤子に触れる時なんか、全神経に気を使いながら恐る恐る触る様子が簡単に想像できてしまう。
とりあえず頑張れ、応援も支援もするから。
まずは力まずに抱っこする所が最難関だな。
「リックの所もそうだが、お前達の所も楽しみで仕方ないよ。いくらでも頼ってくれ。なんて呼ばれるんだろうなぁ……お爺ちゃんか? ドレイクおじちゃんとかでも良いし」
一人でニヤニヤしながらグラスを傾けていれば、ドンッと目の前に新たなる料理が運ばれて来た。
いつもより荒々しい勢いで置かれた料理は、ユラユラと湯気を上げながら良い香りを放っている。
しかし、料理を置いた本人はえらく影の落ちた怖い笑みを浮かべているが。
「ドレイク、珍しい食材が手に入った。喰え」
「あ、はい。ありがとうございます」
目の前には旨そうな料理があり、美人が運んで来てくれた物。
普通なら喜ぶ以外の要素がない。
だというのに、だ。
今日のミサは何か怖い。
夕飯前に話したあたりから、妙に怖い。
「ちなみに、これは何の肉なんだ?」
「スッポ……美味しいと話題の亀の肉じゃ」
「ほう? 亀の肉は旨いのか? 食った事がないな」
見た目としては普通の鍋料理だ。
呟きながら目の前の料理に箸を伸ばし、件の肉を口に運んでみる。
噛みしめてみれば、確かな歯触り。
なんだろう? 鶏肉に近い様な食感かもしれん。
しかし絶妙に違う噛み心地と、なにより口に広がる旨味。
続けてスープを口に入れてみれば、これまた味わった事のない風味を感じられた。
「旨いな、初めて食べた。何よりスープが良い。目新しいから色眼鏡を掛けているのかもしれないが、かなり好きな味だ」
そんな感想を残して、亀肉を頬張りスープを啜る。
コレは良い、まさに食べていて元気になりそうな料理だ。
そんな事を思いながらパクパクと鍋料理を口に運んでいれば。
「ドレイク、次はコレだよ。結構強いんだけど珍しいお酒だ、付き合ってくれるよね?」
ファリアが、デンッと目の前に酒瓶を置いた。
おい、マジか。
コレはちょっと俺でも警戒するぞ。
酒瓶の中に、蛇が居るのだ。
「これは、その。飲んでも大丈夫なヤツなのか?」
「問題ない。なので付き合ってくれたまえ、ハッハッハ。グイッと、さぁグイッと」
どう見てもヤバそうな見た目をしている酒瓶から、トクトクと液体を注がれてしまい……もはや目を瞑ってグラスを傾けた。
その結果。
「え? あ、旨い」
「強いお酒に浸けられているんだが、大丈夫そうだね。まぁドレイクなら問題ないか」
ケラケラと笑うファリアが、おかわりを注いでくる。
確かに強い酒だ、腹の奥から熱くなるような感覚を覚える程に。
しかし、非常に味わい深い。
瓶の中に蛇が居るのはちょっと見た目がアレなのだが、それでも。
「俺、この酒結構好きかも知れない」
「それは良かった」
ニコニコしながら、彼女は俺のグラスに蛇酒を注いでくる。
ファリアは呑まないのだろうか? いつもなら同じ酒を飲もうとしてくるのに。
そんな事を思いながら、亀料理と蛇酒に舌鼓を打っていれば。
「えーっと、おめでとう。ドレイク」
何やら同情した顔のアルマが俺の肩を叩き。
「楽しみですね。皆揃ってとなれば、育児の負担は多少減ると言います」
嬉しそうなセシリーが、ニコニコしながら俺の事を見つめて来る。
皆揃って、か。
確かに、セシリーとアルマの子供。
そしてリックとミーヤの子供が生まれ、皆揃って面倒を見るというのは……非常に和やかになりそうだ。
まだまだ未経験の事ばかりだが、俺達はこの人数で助け合える環境にある。
ならば、不安に思うより楽しみに待つのが吉というものだろう。
だが、その前に。
「セシリー。お前は余計に体に気を付けろよ? 赤子の事もあるが……呪いもだ」
「呪いに関われば“移る”可能性がある、ですよね。分かっていますとも。今の所、全身を見てもそれらしい傾向はありません。むしろ、ミーヤの方が心配です。あの子は事実呪われていた上に、その接合部はダッジが隠してしまっていますから。確かめる為に、あの義手を外す訳にもいかないと言うのが厄介な所です」
今までと違って真剣な表情を浮かべるセシリーが、少しだけ眉を顰めて視線を逸らした。
「呪われていた箇所はリックが斬り放しましたが、あの呪いは切除すれば終わりという訳ではない。病気の様なモノとは違い、“概念”に近い存在です。だからこそ、まだ油断はできない。ただただ“染まってしまった”手遅れな部分を切除しただけですからね……今後も警戒は必要でしょう」
悔しそうに言葉を紡ぐセシリーの肩に、アルマが手を置いた。
そうする事で、先程まで険しかった彼女の表情も徐々に柔らかいモノへと変わって行く。
セシリーの言う通り、ミーヤは今後も観察が必要な状態だ。
それどころか完全に“移った”俺に、魔王の“なりかけ”にとどめを刺したセシリー。
更には斬り放したリックにだって疑いの目が向けられているのだ。
仕方ないとは思えるが、しばらくは窮屈な生活になるのかもしれない。
なんて、ため息が零れてしまいそうになるが。
「なんにせよ、俺達は生きている。そして、新しい命も生まれる。人間なんていつ死ぬか分からないんだ。明日死ぬかもと恐怖を抱くより、明日をどう生きようと考える方が有意義じゃないか?」
ニッと口元を吊り上げてグラスを掲げてみれば。
皆呆れ顔を浮かべながら、掲げたグラスを合わせてくれた。
大丈夫だ、何とかなる。
自分にそう言い聞かせ、グイッと一気に酒を呷った。
俺に掛かった呪いが、いつ牙を剥くのか。
それは分からないが。
でも今の状態なら十数年、数十年と掛かるかもしれない。
なら、そんなもの普通に生きているのと変らないじゃないか。
だったら。
「俺は今日旨い物を食って、旨い酒を飲んで寝る。ソレが何年も続けられるなら、それは普通に生きてるって事だろ」
自分に言い聞かせるように言葉を紡いでみれば。
「ま、確かにそうかもしれないね。傭兵や冒険者なんて、明日には死ぬかもしれない毎日を送っているのだから」
言いながら、ファリアが酒を注いできた。
「とはいえ、長く生きる事に越したことはない。であれば、お前は生きる理由をもっと増やすべきじゃ。そうは思わんか? 人は“生きたい”という欲が強い程傲慢になれる。もっともっとと、生き足掻けるものじゃ」
ドヤッとばかりに胸を張るミサが、やけに亀料理を進めてくる。
なんだろうこの二人の圧は。
流石にこのペースで飲み食いしていると、結構酒が回りそうなんだが。
結構強い酒だし。
だというのにミサはおかわりを盛って来るし、ファリアはもう一本蛇酒を取り出している。
本当に、どうしたんだろう今日は。
とか何とか思いながら、食事と酒を続けていれば
「ドレイク、たまには欲求に従っても良いんじゃないかな? 後先考えず、欲求に従う。それで救われる存在も居れば、生まれる命もあるよ、きっと、多分」
「あの村の事か……?」
一気に飲み過ぎたせいか、少しだけクラクラする頭で返事をしてみれば。
アルマからは呆れた視線が返って来てしまった。
どうやら彼の言いたい事とは違ったらしい。
だが俺の話に合わせたのか、彼は懐かしい過去を思い耽る様に夜空を見上げた。
「色々な事情が重なって、道中の魔人の村をどうするかって時に。確かにドレイクはそう言ってくれたね。助けたければ、助けろ。たまには後先考えず、自らの欲求に従う。ソレが今この場で出来るのは“勇者”だけだって」
「おう」
ボーっとしながら、アルマの声を聴いて昔を思い出した。
敵対している国が管理する村があった。
たまたま俺達が通りかかった時、その村は魔獣に襲われていたのだ。
魔族だからといって、魔獣に襲われない訳じゃない。
だからこそ、俺達は判断に迷った。
そこで判断を任されたのが、リーダー格であったアルマ。
俺達四人以外も多く残っていた時だったから、かなりの重圧だった事だろう。
彼の命令一つで多くの人間が動き、その結果次第で人の生き死にが決まるのだから。
「でも、俺はあの時彼等を救う判断が出来て良かったと思うよ。例え敵対している人種だったとしても、全てが敵な訳じゃない。それを身に染みて感じたって言うか……あれ? ドレイク、もう結構駄目そうだね?」
「す、すまん……緊張の糸が切れたのか、最近酒に弱くなった気がする……」
「いやぁ、それはどこかの誰かさんが混ぜ物……ううん、何でもない。部屋に戻るの手伝うよ、ドレイク。ホラ、肩貸すから」
「悪い、アルマ」
情けなくもフラフラしながら、アルマの肩を借りて自室へと向かう。
おかしいな、こんなに酒に弱い筈は無いのだが。
俺ももう歳だと言う事だろうか?
昔の様に酒を飲めば、今後はこうなってしまうのか?
なんとも悲しい想像をしている内に自室にたどり着き、ベッドに横になった。
「それじゃ、ごゆっくり。多分まだまだ眠れないとは思うけど」
アルマの言葉に首を傾げてみるが、確かに酒に酔った感覚は有るモノの、眠気は襲って来ない。
どうしたものかとばかりに、天井を見上げてみれば
「もう一回言うけどさ。たまには、相手の“言葉”そのものを信じてみるのも悪くないよ。言葉の裏に何があるのか、そう考えずに。相手は、思っているままを言葉にしている。そういう事だってあるんだ。父親みたいに思っている相手に言う言葉じゃないけどさ、余計な悩みを捨てて思うがまま答えてみても良いと思うよ? ドレイク」
なにやら意味深な言葉を残し、アルマは俺の部屋を去っていった。
言葉の裏を考えず、言葉のままに信じる。かぁ……。
俺はそういう騙し合いが苦手だからこそ、全てを疑うようにした。
その結果、騙されても“あぁ、やっぱり”と思えて気が楽になったのは確かだ。
でも、さっきのアルマの言葉は。
俺の“その癖”を捨てろと言っている気がした。
もっと辛くなるだけじゃないのか?
大変な想いをして、色々と後悔する未来が待っている気がするのだが……。
「ハハッ、臆病だな。俺は」
身近な所に置いた人物には信用を置く癖に、それでもどこか距離を取っていた気がする。
その癖が根強く残ったのだろう。
思い起こしてみれば、家族の声ですら何かしら“本当はこう言いたいのではないのか”と探っていた気がする。
酔っている影響なのかどんどんと思考が悪い方向に進み、皆の言葉が“もしも本心じゃなかったら”と考え始めてしまい、両手で顔を覆った。
俺は、嘘が怖いのだ。
裏切られる事が、恐ろしいのだ。
だからこそ全身を鎧に包み、自らを隠すように生活して来た。
俺に関わる全ての人に対して、一歩引いた様な考え方になってしまっていた気がする。
自分には関係ない事だからと、第三者として物事を捕らえられる。
この考え方自体は、物事を結構上手い事運んでくれたのだ。
何を言われても期待しない、俺に興味を持たれている訳ではなく別の何かを求めている。
そう自分に言い聞かせて、戦場ばかりに身を置いた。
「でも、違うんだろうな……」
ポツリと呟いてから、暗い天井に向かって手を伸ばした。
そう思うきっかけをくれたのが、勇者パーティ。
三人は、しっかりと俺の事を見てくれた。
何かの利益や別の物を求める訳ではなく、俺自身を“仲間”として求めてくれた。
そこから段々と変わって行き、次に子供達。
あの子達も、俺に俺以上の何かを求めなかった。
ただ、共に生きようとしてくれた。
でも、直らないのだ。
全部を疑う様な癖が。
家族の言葉ですら、“もしかしたら”を想像してしまう。
だからこそ、俺は。
「駄目な父親だ……俺には、本当は“家族”を持つ資格なんかない」
自分可愛さで、他者と壁を作り続ける臆病な大剣士。
これが英雄なんて呼ばれているのだから、困ったものだ。
俺はそんな大層な男ではないというのに。
「皆俺を勘違いしている。俺はお前達の思う様な立派な英雄じゃない……」
あぁ、駄目だ。
久々に盛大に酔っぱらっているせいで、どんどんと暗い思考に染められていく。
もしかしたら、思考を染めるという魔王の呪いの影響もあるのかもしれないが。
だとしたら、呪いが進むごとにこんな感情が強くなるのか?
厄介なモノを残してくれたものだ……。
せっかく祝いの席だったというのに、何をやっているんだ俺は。
もういい、考えるのを止めて眠ってしまおう。
未だ眠気は訪れることはなく、溜息を吐きながら無理矢理に瞼を閉じてみれば。
「では、今日から英雄を止めて父親になろうじゃないか、ドレイク。そして勘違いしているというのなら、今日はとことん君の事を教えてもらおうかな?」
急に扉が開いたかと思えば、上機嫌のファリアとミサが入って来た。
看病しに来た……という訳では無さそうだが。
「大の大人が一人になった瞬間メソメソしおって、情けない。まだ寝ないんじゃろ? だったら付き合え、今度は“普通”の酒じゃ」
そう言いながら、人数分のグラスと酒瓶を幾つか並べていく。
えぇっと? これは、どういう……。
「アルマから言われただろう? 欲求に従えと。なら、今晩はそうしてみようじゃないか。なんでも言ってみると良い」
「まっ、たまには好き放題やっても文句を言われない成果を残し続けてきたんじゃ。それに私達なら、お前も遠慮しないじゃろ」
なんて事を言って俺にグラスを押し付けてから、二人は俺の両脇に座って来た。
まぁ、眠気は来ないから別に飲むのは良いんだが……。
「二人共、その……なんだ。もう少しまともな服は無いのか?」
「ん? 似合ってないかな?」
「いや、そういう話じゃ……」
「なんじゃ今更。同じ屋根の下に住んでおるなら、こういうハプニングの一つでもあった方が面白いじゃろ?」
「面白いとかそういうのではなく……」
何というか、目のやり場に困る官能的な服装をしておられるのだが。
下品な程官能的、という訳ではないから余計に質が悪い。
少し大胆なナイトドレスですとでも言われてしまえば、黙る他ない様な恰好をしているのだ。
さっきまでウジウジと考え込んでいた俺が馬鹿みたいに、今では頭の中が真っ白に近い状態。
「ま、いいじゃないか。たまには馬鹿になっても。では、乾杯」
「そうさな、難しい事を考えるのは止せドレイク。乾杯じゃ」
「お、おう?」
とりあえずグラスをぶつけ合ってみた訳だが、不思議な事もあるものだ。
アレだけ酔っぱらっていたのに、新しく持って来てもらった酒は水の様にグイグイ飲めてしまい、さっきまでとは違う緩やかな酔いの感覚と、先程の暗い気持ちが晴れて行く様な感覚。
あぁ、コレは良い。
三人揃ってパカパカとグラスを空けながら盛り上がって行った訳だが……途中から記憶が曖昧になってしまった。
そして。
「どういう事だ」
現在、朝。
やけに酒臭い空気が室内に漂い、美女二人が俺のベッドでスヤスヤと眠っている。
俺の左右で、ぴったりと肌をくっ付けながら。
更に言えば、妙に柔らかい素肌が触れあう感触がある気がするのだが。
待て、本気で待て。
二人を起こす訳にもいかず、横になったままダラダラと汗を流していればコンコンッと扉がノックされた。
「お父さん、起きてる?」
フレンの声だ。
これは、とてもとても不味い状況に陥っている気がする。
「ま、待てフレン! 俺はまだ眠っている! すぐ下に行くから待っていろ!」
大慌てで声を上げてみたが、何だ今の言い訳は。
完全にアホの言い分じゃないか、思わず頭を抱えたくなる状況に陥っていれば。
「平気。もう仕事に行くから、それだけ」
「も、もうそんな時間か。えぇと、分かった。気を付けてな?」
「ん、父さんもお酒は程々に。あと……昨日はお楽しみだったね、良きかな良きかな」
「へ?」
それだけ言って、フレンの足音は遠ざかって行った。
今は全然思い出せないが、とにかく昨夜。
俺は完全にやらかしたという事だけは確かな様だった。
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