第65話 束の間


 あれから暫く経ち、今では何故か家を持つ事になってしまった。

 窓から見える光景には、今までずっと住んでいた我が家が見える。

 そしてファリアさんの家と、勇者様と聖女様の家。

 全く同じ見た目の三軒が並び、傍か見ればまるで借家の様に見えるだろう。

 俺達の家は周りから見ると……こう見えていたのか。

 そんな風に、何度思った事か。

 “外側”に出たからこそ、そんな風に思ってしまう。

 今俺は、家族と離れて暮していた。

 なんて偉そうに言った所で、すぐ目と鼻の先に皆が住んでいる訳だが。

 何だか可笑しくて、フフッと口元を緩めてみれば。


 「リック、またそんな所で……いい加減ホームシックは卒業して下さい」


 「そ、そんなんじゃないよ」


 声を掛けられ、慌てて言い訳をしてみたが。

 ミーヤさんは呆れ顔で此方を覗き込んでくる。

 少しだけ大きくなったお腹に手を当てて、慈しむ様に支えながら。


 「この家も、ドレイクさんに頂いた物なんですよね。いつか、恩返ししないといけません。とてつもなく大きな恩返しになりそうですけど、ウチの旦那様はあまり稼ぎが良くないですから」


 「それは言わないで下さい……今はすぐ帰って来られそうな依頼ばっかり受けているからで、もう少し落ち着いたらもっと稼げる仕事しますので」


 「フフッ、冗談です。でも知ってました? 子供は生まれてからの方が大変だって。そりゃぁもう手が掛かる上に、女手一つでは精神的負担が――」


 「この子が立派に育つまで、俺は安月給になる。そして家事をこなし子供の面倒を見る」


 「随分と頼もしくて、情けない台詞ですね?」


 そんな会話を交わしながら、彼女はソファーに腰を下ろした。

 そして、ポンポンと膝を軽く叩く。


 「も、もう子供も生まれるし。俺もそこまで子供じゃない」


 「でも、好きじゃないですか。良いですよ? 私としましても、結構落ち着くんです。貴方の怪我を治療する時とか、いつもこんな感じでしたから」


 クスクスと笑う彼女、ミーヤさんがおいでおいでと手招いてみせた。

 この光景を目の当たりにする度、夢じゃないのかと自身を疑う。

 またあのサキュバスが俺に夢を見せているんじゃないかと、思い切り頬を抓ってみるのだが。

 当然ながら、痛い。


 「相変わらず、変な癖ですね? 何を疑っているんですか?」


 笑う彼女の左腕は、銀色に輝いていた。

 あの日、黒鎧から引っ張り出されたミーヤさんに刃を向けたその後。

 ダッジは彼女に喰らい付き、まるで肉を抉る様な行動を見せた。

 まだ敵だと認識しているのかと、彼女を食い殺そうとしているのかと心底背筋が冷えたが。


 「ミーヤさん、ダッジの様子はどう?」


 彼女の膝に頭を乗せ、微笑む顔を下から見上げた。


 「見て目はアレかも知れませんが、もう随分と馴染みました。不思議です、義手なのに感触すらあるんですよ? まるで本当の腕みたいに」


 彼女の左腕は、肩口から義手に変わっていた。

 俺が斬り放したせいではあるのだが、それと同時に。

 ダッジが、彼女に“寄生”したのだ。

 もはや普通の義手とは呼べないくらいに、彼女と融合し始めているらしい。

 物理的に交じり合っている意味だけでなく、魔術的な話も含まれているそうだが……正直、俺には良く分からなかった。

 ダッジはえらく細かい部分まで肉体を再現したらしく、多分接合部には神経とも言えるダッジの刃が突き刺さっているのだろう。

 ちょっと考えるだけで怖いが。

 でもコレと言った後遺症を残す事も無く、今では普通の腕として彼女を助けてくれている。

 戦闘後に急に噛みついた時はどうしようかと思ったが、アレは彼女の体と自らを固定するための行いだった様だ。

 お陰でミーヤさんの左肩から胸の上の方に掛けて、銀色の義手が侵食するかの如くくっ付いている。


 「不自由とか、ないですか?」


 「全然ないです。むしろダッジがたまに助けてくれるんですよ? 何か落としそうになった時とか、勝手に腕を動かしてキャッチしてくれるんです」


 なんか悔しくなって、コツンと彼女の左腕を叩いてみれば、向こうからは緩いデコピンが返って来た。


 「こら、ダッジ。駄目ですよ」


 ミーヤさんが言葉を紡ぐと同時に、スリスリと俺の額を撫でて来るダッジ。

 なんだろう、ちょっと納得いかない。

 というか、確実に俺が使っていた時より馴染んでいる。

 何てことを思いながら、ムスッとしていれば。


 「拗ねるなって言ってますよ?」


 「ダッジの思っている事が、わかるんですか?」


 「まぁ、何となくですけどね。まるでお姉さんみたいな気持ちで、リックの事を見ていたみたいですよ?」


 「ダッジ……メスだったのか」


 そう呟いた瞬間、彼女の左腕にゲンコツを貰ってしまった。

 アレはダッジだ、つまり金属なのだ。

 とても痛い。


 「女性と言いなさい、だそうです」


 「いや、剣に対して何を……すみません、ダッジは女性だったんだね。今までありがとう」


 適当な言葉を紡ごうとした瞬間、彼女の指先がえらく鋭利な形に変化し始めたのでとりあえず謝っておいた。

 満足したのか、すぐさまいつも通りの義手に戻ってくれた訳だが。


 「にしても、今でも不思議です。数年間眠っていて、私だけ時代に取り残された気分です。夢を見ている様で、ぼんやりとしか覚えていませんが」


 「ある意味間違ってないんですけどね。魔王化してましたし、俺ミーヤさんにぶっ殺されそうになりましたし」


 「あの時は確か……リックをどうにかして取り込もうと探し回っていましたね」


 「怖い怖い怖い。とりあえず動けなくしてから食べるみたいに聞こえますよソレ」


 そんな会話を繰り広げていれば、彼女はクスクスと笑いながらこちらを覗き込んで来た。


 「でも現実には、英雄の武器まで手に入れて私を助けに来てくれたんですよね。どうしたらそこまで極端で強くなれるんですか? 普通なら、絶対に諦める状況だと思うんですけど」


 呟きながら、彼女は銀色の指で俺の前髪をいじる。

 何が楽しいのか、やけにニヤニヤと口元を緩めながら。


 「諦める諦めないの話じゃなかったんだと思います。俺には、それしかなかった。周りに迷惑ばかりかけて、復讐しか頭になくて。当時は、ミーヤさんが生きていると思っていませんでしたから。ただただ、アイツを殺そうと必死になっていました」


 今思い出すだけでも、酷いモノだった。

 本当に自分の事しか考えておらず、よく皆俺を見捨てないでいてくれたと感心してしまうほど。

 もはや頭が上がらない……のだが、今でも迷惑を掛けている。

 日帰りで家に帰る為に、報酬が高い遠征仕事などは断り、今までと変わらない日帰りでこなせる仕事ばかりを選んでくれている。

 ほんと、いつまで経っても駄目なリーダーで申し訳ない。


 「私がリーダーの時だったら、お説教している状況ですね。困った人です」


 「昔はそれさえ聞きたいと願った事もありましたが、今は勘弁してほしいですね……ミーヤさんのお説教は長いですから」


 「では違うお説教にしましょうか。また、敬語です」


 「そっちこそ」


 そんな事を言い合って、お互いに微笑み合った。

 本当に、夢じゃないのか?

 何度そう思ったのか分からないが、コレが今の現実だった。

 無事ミーヤさんを取り戻し、サキュバスは父さん達が討伐した。

 今回の件を考えると、そこら中に危険は転がっているものなのだろう。

 でも、一時の平穏は手に入れた。

 俺達は英雄じゃない。

 だからこそ、何かが起きた時真っ先に動ける程強くはない。

 何かが起きて、自らに被害が及ばないと気づく事さえ出来ないのかもしれない。

 だとしても、だ。

 今が一番幸せだと感じられるなら、噛みしめるくらいはしても良い筈だ。

 明日には何か日常がひっくり返る様な大事が起きるかもしれない。

 また悲しみに包まれるような出来事が起こるかもしれない。

 でも、そんなの今の俺には分からない。

 だったら、不安に思っても仕方ない筈だ。


 「そろそろ、ご飯の時間かな。手伝いにいかないと」


 「ですね、行きましょうか」


 そう言いながら起き上がり、二人で手を繋ぎながら玄関まで歩いてみれば。

 コンコンッと扉をノックする音が響き渡り、フレンが顔をのぞかせた。


 「二人共準備出来てる? もうご飯出来た、早く」


 「あ、あれ? 準備手伝おうと思ってたんだけど、もう出来たの?」


 これでは完全に食べに行くだけの存在になってしまう。

 それはそれで非常に申し訳ないのだが……なんて思ってしまう訳だが。


 「今日は、お祝い。なんと聖女様に……ううん、これは本人から聞くべき」


 「妙な所で切るなよ! 余計に気になるだろ!」


 クックックと不敵に笑う妹が、そのまま顔を引っ込めて扉を閉めてしまった。

 何だったんだ一体……。

 唖然としながら扉を見つめていれば、ミーヤさんは何かを察した様で。


 「少しお土産を持参しましょうか。あ、でもお酒は駄目ですよ? 違うモノを幾つか準備しましょう」


 「う、うん? はい」


 良く分からないまま、今日もまた平穏な日々が過ぎていく。

 俺達は、全て取り戻したんだ。

 そう実感できる程に、今この時が。

 とにかく幸せで仕方なかったのだ。


 ――――


 暗い部屋の中、自身の右手を見つめていた。

 黒く染まった指先は、前より少し……広がっただろうか?

 普段から見ているから良く分からないが、全くどうしたものか。

 思わず、溜息を溢しながらグローブをその手に嵌めた。

 家の中で籠手を嵌める訳にもいかなかったので、結果こんな事をしている訳だが。

 慌ただしくも平和な毎日を送っている為か、突っ込んで聞いて来る者は少なかった。

 もしかしたら、“敢えて聞かない”だけかもしれないが。


 「ドレイク、大丈夫かい?」


 扉を静かに開けたファリアが、少しだけ顔を覗かせた。


 「その、なんじゃ。準備が出来たから呼びに来たんじゃが……」


 その下からミサも顔を出し、気まずそうな瞳を向けて来る。

 気を使ってくれているのだろうが、なんというか。

 二人共行動が子供っぽいぞ。


 「あぁ、すぐ行く」


 立ち上がってから拳を握り、感触を確かめる。

 まだ、大丈夫だ。

 そう言い聞かせてから、扉を開いた。


 「こんな事を何度も聞くのは無粋だと分かっているんだが……大丈夫だよね?」


 「ドレイク、体に不具合は無いか? 何かあったら、すぐ言うんじゃぞ?」


 やけに心配そうにする二人の頭に手を乗せてから、ニカッと笑って見せた。

 俺のブサイク面じゃ、絵にはならないだろうが。

 この二人だけは、俺の“魔王化”を人一倍気にして来る。

 だからこそ、余計に暗い顔は見せられないだろう。


 「全く問題ない。さぁ、今日はパーティーなんだ。皆で楽しもう」


 今は、残された問題など忘れて楽しもうではないか。

 それが祝い事の礼儀であり、人生を楽しむコツというモノだ。

 幸せの間は幸せを噛みしめろ。

 いつか来るであろう不幸を恐れ、下ばかり向いていては目の前の幸せを逃してしまう。

 人間なんていつかは死ぬのだ。

 だったら明日を心配するのではなく、明日を楽しむ事を考えようでは無いか。

 俺には子供達も居るし、もう少し待てば孫だって生まれるのだ。

 なら、今から暗い顔を浮かべる事など許されないだろう。


 「ドレイク……」


 「あまり無理をするでないぞ……?」


 二人からは相変わらず辛気臭い顔を向けられ、思わずフゥゥと深い息を吐いてしまった。

 コイツ等は、全く。


 「リックとミーヤの子供がもうそろそろで、他にも予定だってあるくらいだ。まだまだ死ねん。俺はお爺ちゃんになるんだからな。だから、お前等の子供も早く見せろ。子供を持って分かったが、俺は結構子供好きだ。その、なんだ。俺の心配より、早い所相手を探せ。そしたら、もっと俺は俺のまま生きられるかもしれん」


 とか何とか、恰好付けた台詞を吐いたつもりだったんだが。


 「……へぇ? それはつまり、もう遠慮はいらないという事なのかな?」


 「言ってくれるではないか、ドレイク。そこまで言ったのなら、責任を取ってもらおうか。そうすれば、お前は長生きしてくれるんじゃろ?」


 「……うん?」


 二人の目が、何やら怪しく光っている気がする。

 おかしいな。

 これから幸せいっぱいのお祝いをする筈なのに、何故かファリアとミサの二人が猛獣みたいな瞳を此方に向けているのだが。


 「とりあえず、飯、行かないか?」


 ちょいちょいっと階段下を指差してみれば、二人は互いに視線を合わせ、静かに頷きあった。

 待って、怖いんだけど。


 「楽しみにしていると良いよ、ドレイク」


 「もう逃げられると思うなよ? 言質は取ったのじゃ。お前には、生きてもらう」


 まるで歴戦の友みたいな空気を放ちながら、二人は俺を追い越して階段を降りていくのであった。

 えぇ……何? 怖いんだけど。

 二人の様子にビビった俺は、結局一人でいそいそと階段を降りていくのであった。

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