完璧な王子様とのバレンタイン 後編
「わかりました。ちゃんとあげますよ」
「ありがとう。ずっと楽しみにしてたんだ」
口を尖らせながらチョコを差し出すと、先輩はパッと笑顔になってそれを受け取った。
結局、何もかも先輩の手の平の上だった気がする。
「まったく。なんでみんな、こんな人を完璧王子だなんて言うんだろう」
実は、こんな風に意地悪なからかわれ方をしたのはこれが、初めてじゃない。
普段の皇先輩しか知らない人には信じられないかもしれないけど、これが、私以外には見せないこの人の素顔だった。
はっきり言って、全然王子様なんかじゃない。
「王子、か。俺も外面を良くしてる自覚はあるけど、本当は王子なんて言われても違和感しかないよ。それに外面だって、わざわざ作ってるってこと、白石さんにはすぐに見抜かれたからね」
先輩のセリフを聞いて、彼と初めて直接会った時のことを思い出す。
学校行事でたまたま一緒に作業する機会があって、少しだけ話しをして、その途中、ついこんなことを言ってしまった。
『そんなに完璧でいようとして、疲れませんか?』
ほとんど初対面の相手にそんなことを言うなんて、我ながらどうかしてたとは思う。
「いきなり、『疲れないか』なんて言われた時は驚いたよ」
「それは……すみません」
もうけっこう前のことなのに、先輩は今でも時々その話を持ち出してくる。いい加減しつこいとは思うけど、私が失礼なことを言ったのは事実だから、どうにも強くは言えないでいる。
「疲れてるなんて、顔に出したつもりはなかったのにな」
「別に、顔なんか見なくたってわかります。だって、本当に完璧な人間なんていませんもの。なのに完璧でいようとしたら、疲れるのは当然です」
話ながら、少しだけ、胸の奥が苦しくなる。
そう。完璧でいようとするのは、凄く疲れるんだ。親だったり、先生だったり、友達だったり、ありとあらゆる人の期待に応えないければならない。
それがどれほど大変か、私は身を持って知っていた。過度な期待を受けて、それをこなそうとして、必死に頑張って、だけど耐えられなくなって失敗した。それが私だ。
だから、私にとって先輩は関わりたくない人だった。自分ができなかった完璧をやってのけているこの人は、あまりにも眩しくて、同時にひどく苦しそうに思えた。
だから、あんなことを言ったんだ。
「白石さんは、オレを心配して、疲れないかって聞いてくれたんだろ。嬉しかったよ」
「またその話ですか。そんなんじゃないって、何度も言ってるじゃないですか」
このやり取りをしたのは、もう何度目だろう。その度に違うって言ってるのに、先輩は相変わらず、同じことを言ってくる。
だけど、なんとなく素直に認めるのは癪だから、そうだなんて絶対に言わない。
「意地悪したかっただけです。完璧なんかじゃないんだって言ってやりたかった。完璧じゃない奴の、下らない嫉妬心です」
「そう? じゃあ、今はそういうことにしておくね。だけど──」
先輩はそこで一度言葉を切ると、さっき私があげたチョコレートを前に出す。
「俺は、完璧でない白石さんも好きだよ。料理苦手なのに、俺のためにわざわざ手作りしてくれるところとかね」
「なっ……」
先輩に渡したチョコは、私の手作りしたものだ。ラッピングした袋につめた、一口大のチョコ達。一応ハートの形を目指して作ったんだけど、どういうわけか歪な形になってしまった。ハッキリ言って、相当見栄えが悪い。
なのに先輩は、嬉しそうにそれを眺めながめている。
まったくこの人は。さらっとそんなこと言うなんて、心臓に悪い。
こんな時、可愛い女の子なら頬を赤くして笑顔になったりするんだろうけど、あいにく私は可愛くなんてない。
「完璧でなくてもいいなら、先輩だってみんなの前での完璧面やめたらどうですか。疲れるんでしょ」
「そうだね。もうバレたらバレたでいいかもって思うようになったけど、もう癖みたいになってるから、なかなかね。それに、今はもう、前ほどは疲れてないんだ。一番大事な人の前では、堂々とサボれるからね」
「またそういうこと言う……」
好きとか大切とか、あんまり気軽に言わないでほしい。おかげでこっちは、平常心を保つのが大変なんだから。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、先輩は、袋からチョコを一個だけ取り出し、口に入れた。
「美味しい。おかげで、疲れがとれたよ。ホワイトデーには、俺も何か作るからね」
「べ、別にお礼目当てにあげたわけじゃないですし、わざわざお返しなんていりません」
「だーめ。例え嫌だって言っても、しっかり受け取ってもらうよ」
悪戯っぽく笑う先輩。やっぱりこの人は、完璧な王子様なんかじゃない。
外面は作ったものだし、実は意地悪なところもあるし、時には今みたいにふざけたりもする。
だけど、嫌いじゃない。
なんだかんだで、私も好きなんだ。そんな、完璧でないこの人が。
「じゃあ、少しだけ楽しみにしてますね」
お返しを貰ったら、今より少しだけ素直になって、ありがとうと言おうと思う。
だから先輩。お返し、忘れないでくださいね。
バレンタイン短編集2022 無月兄 @tukuyomimutuki
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