完璧な王子様とのバレンタイン 前編

 私、白石亜子の通う高校には、王子様がいる。

 いや。なにも本当に、なんとか国の王位継承者みたいなのがいるわけじゃない。


 ただ、二年生のすめらぎ先輩が、かっこよくて王子様みたいだって周りから言われてるだけの話。


 だけど、その人気は絶大だ。端正な顔立ちはもちろん、成績は学年トップで、スポーツ万能。さらには、温和かつ誰にでも優しく礼儀正しいとい。なんだかできすぎたくらいの完璧ぶりだけど、それこそが、彼が王子と呼ばれる所以だ。

 完璧な王子様。最近では、その二つを合わせて完璧王子なんて呼ばれ方までしている。


 そんな人だから、当然の如く女子からはモテる。非常にモテる。

 それが最もよくわかるのが、バレンタインである今日この日だ。皇先輩は何人もの女の子に囲まれながら、たくさんのチョコをもらっていた。


 なんて、さっきから延々皇先輩について語っているけど、実は私は、元々そこまで先輩に興味があったわけじゃない。というか、できることならあまり関わりたくない人種だと思っていた。


 だって、何もかもが完璧すぎる。それは凄くて素晴らしいことかもしれないけど、だからこそそんな人が側にいたら、自分がいかに何もない人間か思い知らされそうだ。

 できることなら、近づくことなく敬遠したい。失礼ながら、全校女子の憧れとも言える先輩に対して、私はそんな思いを抱いていた。


 なのにどうしてだろう。なんの因果か、私は今、そんな皇先輩と付き合っていた。






 昼休み。中庭の隅にある人気のない一画に向かうと、そこには既に皇先輩の姿があった。今日は一日中チョコを渡そうとする女の子に追い回されるんじゃないかって思ってたけど、どうやらうまく撒いたみたいだ。


「先輩、たくさんチョコをもらってましたね」


 私がそう言うと、先輩は少し困った顔をする。


「俺としては、彼女がいるからって言って断ってもよかったんだけどね。って言うより、できることならそうしたい」

「私は嫌ですよ。そんなことしたら、先輩のファンに恨まれます」


 私達が付き合っているのは、他の人には秘密だ。私が、そう頼んだんだ。

 先輩のファンには一部だけど過激派もいて、抜け駆けするような奴らに制裁を加えている、なんて話も聞く。

 だからこうして、わざわざ人目のつかない場所で会うようにしていた。


「だけど、他の子からチョコをもらってるとこ見るの、嫌じゃない?」

「別に、これっぽっちも嫌じゃありません」


 嫌じゃない。そう言いつつも、女の子に囲まれている先輩の姿を思い出し、胸の奥がザワザワと落ち着かなくなる。

 自分で秘密にしてほしいと言ったのに、我ながら勝手だ。


 だけど胸のざわつきは収まらず、気がつけば、こんな意地の悪いことを言ってしまう。


「チョコ。私も一応持ってきましたけど、もっと美味しそうなのたくさん貰ってますし、いらないなら受け取らなくて大丈夫ですよ」


 用意していたチョコを取り出し、だけどすぐには渡さない。

 そんな態度が、可愛くないだろうなって自覚はある。嫉妬するにしたって、もっとマシな伝え方があるだろうに。


 だけど先輩は、それを聞いてホッとしたように言う。


「そっか。ならよかった」

「えっ──?」

「正直、貰っても全部は食べきれないから、どうしようって困ってたんだ。白石さんのチョコ、食べなくていいって言うなら助かるよ」


 その瞬間、サーッと血の気が引くのを感じた。

 もしかして、先輩怒ってる? 私があまりにも勝手なことばかり言うから、愛想が尽きた?


 改めて、自分の言動の愚かさを突きつけられた気がして、今ごろになって後悔する。

 手が、足が、小刻みに震えだす。


 だけどそれを見た先輩は、今度はふっと吹き出した。


「嘘だよ。ごめんごめん。ちょっと冗談言おうと思っただけなのに、そこまでショックを受けるなんて思わなかった」

「なっ──騙してたんですね! って言うか、別にショックなんて受けてません!」


 からかわれた。

 カッとなって抗議するけど、先輩はそれすらも面白そうにクスクスと笑っていて、それが余計に腹立たしい。


「というわけでチョコ欲しいんだけど、くれる?」

「くっ──」


 こんな流れでチョコを渡すなんて、なんか悔しい。悔しいけど、ここでまた文句を言ったところで、先輩に勝てるとは思えなかった。

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