すき焼きパーティ
大きなダイニングテーブルの真ん中に設置した卓上コンロの上で、すき焼きはスタンバイOKだ。ダニエルは万里に教わりながら、箸でシャカシャカと卵をといている。
すき焼き鍋の横には、俺とアレクが切った食材が大皿に綺麗に並んでいる。肉も野菜もいくらでも追加できるぞ!
店長はワイングラスを手に綺麗に笑った。
「皆、本当にお疲れ様」
アレクがジンジャーエールのコップに手を伸ばす。
「お疲れ!」
ダニエルと万里がオレンジジュースのコップを嬉しそうに掲げた。
「お疲れ様です!」
「かんぱーいっ!」
俺も麦茶の入ったコップを持ち上げる。
「乾杯っ!」
白波様の浄化が無事終わったおかげで、皆の笑顔はすがすがしい。
しっかりエアコンのきいた涼しい部屋で、熱々すき焼きを食べる!!
なんという贅沢っ!
俺はさっそく肉に箸をのばした。
甘い出汁の絡んだ牛肉を卵にくぐらせる。
白飯の上にいったんのせ、一気にかき込んだ。
「あぁ~……うま……っ、……」
店長から預かっていた食費の残りをすべてつぎ込んだ高級霜降り黒毛和牛の蕩ける甘さに、俺はうっとりと酔いしれた。
万里、ダニエル、アレクも夢中でがっついている。
店長はそんな俺たちを微笑ましく眺めつつワイングラスを傾けていた。
「それにしても、ダニエルは半分以上ここに篭って儀式の手伝いしてたなぁ……いっぱい日本を楽しんでもらおうと思ってたのに……」
俺がポツリと呟くと、ダニエルは目をパチクリさせて、糸こんにゃくをちゅるんっとすすった。
「いーっぱい楽しませてもらいましたよ! 尾張さんの儀式のお手伝いなんて、貴重な経験をさせてもらいました!」
緑の瞳をキラキラ輝かせて興奮気味に語るダニエルだったが、ふいに俺の背後にちらりと視線をやった。
「でも、パトラッシュには無理させちゃいました……ごめんなさい。もうずいぶん復活したみたいで良かったです」
改めて頭を下げるダニエルに、俺は慌てて首を振った。
「仲良くなった動物霊しか言うこと聞いてもらえないって言ってたよな? ダニエルがパトラッシュと友達になってくれて、俺……嬉しいんだ」
ダニエルは微笑んだものの、やっぱりどこか申し訳なさそうだ。
店長、アレク、万里は俺たちのやり取りを見守っている。
俺は少し考えて、持っていた箸を置いた。
ちょっと改まってダニエルの緑の瞳を真っ直ぐ見つめる。
「それじゃ、一つ頼んでもいいかな。教えて欲しいことがあるんだけど……」
「なんですか?」
「俺、前から気になってたんだ。パトラッシュはずっと俺の傍にいてくれてるけど、俺に言いたいこととか、ないのかなって」
たとえば、お供えのドッグフードは大型犬用にしてるけど実は小型犬用の方がいいとか、俺が自作した段ボール祭壇の造りがイマイチだとか、バイト代が出たら必ず買ってるビーフジャーキーはあの種類でいいのか、とか……。
直接聞くことができない分、これでいいのか? と思いながら適当にしてしまってることが多々ある。
「分かりました。ちょっと聞いてみます」
ダニエルはキラリと眼鏡を光らせて頷き、軽く目を閉じて何やら呪文のようなものをブツブツ唱えだした。
店長、アレク、万里の三人も箸を置き、興味深そうに俺たちを見ている。
しばらくしてダニエルはふっと息を吐いて目を開けた。
「一つだけ、お伝えしたいことがあるそうです」
「えっ!? なんだ、なんだっ!?」
食い気味に俺は身を乗り出した。
パトラッシュの気持ちを聞けるなんて、めちゃくちゃ貴重な機会だ!
ダニエルはちょっと言いにくそうに苦笑する。
「都築さんは、左側奥の下の歯を磨くのが下手なので虫歯になりかけているそうです。早めに歯医者に行くように……と」
「……――は!?」
俺はものすごく間抜けな
店長たちの大爆笑が巻き起こる。
「な、な、な……なんでっ、……そんなっ!!」
歯を磨くのが下手!? 俺は小学生かよっ!!!!
恥ずかし過ぎる!!
パトラッシュ、そういうのはこっそり教えて欲しかった……無理だけど。
前に店長から『パトラッシュ』っていうのは『保護者』を意味してると教わったが、これはもう『保護者』っていうより『お母さん』じゃないか?
店長と万里は涙目で腹を抱えて笑ってるし、何とか笑いを堪えようとしているアレクも思いっきり肩が震えている。
「………………」
俺はムスッとふくれっ面で箸を手に取り、すき焼き鍋でぐつぐつ煮えている美味しそうな肉をごっそり自分の器へ取り込んだ。
「あっ! 都築、ずるいーっ!」
万里が非難の声を上げるが、知るもんか!
俺がガツガツ肉を食べだすと、店長が苦笑しつつ鍋に肉を足してゆく。
その後も、店長が万里に椎茸を食べさせようとしたり、ダニエルが焼き豆腐の美味しさに目覚めたり、アレクと俺で炊飯器を空っぽにしたりと色々あり、すき焼きパーティは大いに盛り上がったのだった。
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翌日、万里とダニエルを見送るため、店長、アレク、俺の三人は空港にいた。
「尾張さん、アレクさん、都築さん、お世話になりました! 本当にありがとうございました!」
ダニエルは一人ずつに丁寧に握手をする。
一週間前、日本に来た時にはガチガチに緊張してたのが嘘のようだ。
俺にとってダニエルはもうムーンサイドの一員だ。
少し離れがたい気持ちを抑え、俺は笑顔でダニエルの手を握り返した。
「ぜーったい、また遊びに来てくれよな!」
続いて、アレクが力強くニッと笑った。
「次に来た時には、うちの教会にも遊びに来てくれ。歓迎するぞ!」
そして店長は、人差し指を口元にあてて綺麗に微笑んだ。
「ダニエル、教えた術式は秘密だよ」
「は、はいっ!!」
ダニエルは慌ててビシッと背筋を伸ばし、返事をした。
顔が引きつっている……なんだろう、怖い術でも習ったのか?
ここは深く追求しないのが『大人』だな。
「ダニエル、そろそろ行こ」
長々とした別れの挨拶に飽きてしまったのだろう、万里がさっさと歩き出した。
「あ! 待ってよ、万里くんっ!!」
ダニエルが大きなスーツケースを押して慌てて追いかけていく。
小さくなる万里の背中を店長の声が追いかけた。
「万里くん、しっかり楽しんでくるんだよ」
続けてアレクも声をあげる。
「頑張れよ、万里!」
そして俺も、大きく手を振った。
「万里、朝ちゃんと起きるんだぞーっ!」
クルリと振り返った万里は、悪戯っ子のような顔でニッと笑った。
「行ってきまーすっ!」
カフェバー「ムーンサイド」~祓い屋アシスタント奮闘記~ みつなつ @mitunatu
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