朝の海
翌朝――……
疲れてるだろうからと、万里とダニエルは起こさず、店長と俺はバルコニーで朝食を食べていた。
朝日を受けてキラキラ光る海がバルコニーから一望でき、潮風が心地いい。
昨夜、あんなに大変な思いをしたとは思えないほど爽やかな朝だった。
「うわ、これ……うまっ!!」
茹でたオクラを生ハムで巻いたやつがやたらと美味い。
他にも、半熟ゆで卵の燻製、爽やかな甘みのリンゴ入りポテトサラダ、ハーブ入りのウィンナーはさっぱりしてて風味もいい、クリームチーズを塗ったバゲットには綺麗にスライスされたプチトマトが並んでいる。
写真を撮ってSNSに上げたら、めちゃくちゃイイネが貰えそうだ。
海を眺めながら豪華な朝食……そんな今もしっかりと時給は発生している。
ずっと前に店長がムーンサイドの福利厚生をアピールしてたが、確かにこんな勤め先なかなかないだろう。
「都築くん、コーヒーのおかわりは?」
「ありがとうございます!」
朝に弱い店長がこんな早くから普通に動けてるってことは、結局一睡もしてないのだろう。
店長が戻るのを待つつもりだったのに、俺はあっさりとソファで寝落ちしてしまった。
目覚めた時にはタオルケットがかけられていて、キッチンで店長が朝食を作っていたのだ。
「千颯くんの浄霊、けっこう時間かかったんですね」
「あぁ、うん……母親の霊も一緒だったんだ」
「え?」
持っていたバゲットの上のプチトマトがコロリと皿に落ちた。
「僕が千颯くんを苛めると思われたみたいで、母親が千颯くんを庇って手間取ったんだよ」
千尋ちゃんは弟だけじゃなく、お母さんまで亡くしてたのか……。
店長はコーヒーのおかわりを注いだマグカップを俺の前に置いた。
「それで、どうしたんですか?」
「ちゃんと二人一緒に浄霊したよ」
俺はマグカップを口に運び、コクンと飲んだ。
コーヒーのいい香りがふわりと拡がる。
「ありがとうございます」
「どうして都築くんがお礼言うの?」
「なんとなく……」
さらりと出た感謝の言葉が自分でも不思議だった。
「店長、食べ終わったらちゃんと寝室で休んで下さいね。洗い物はやっときますから」
「うん、そうさせてもらうよ」
朝日を受けて綺麗に微笑む店長の顔には、ほんの少し疲労の色が混じっているように見えた。
☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆
「これでよしっと!」
洗い物を済ませてリビングへ戻る。
店長、万里、ダニエルの三人は二階で休んでいる。静まり返ったリビングで、俺は軽く伸びをした。
散歩でも行くか……。
戸締りして別荘を出た。犬の散歩をしてるご近所さんに愛想よく会釈し、ぶらぶら歩いて海岸へと着いた。柔らかい波音は耳に優しく、潮風が髪を揺らす。
昨日のホラーな海とはまったく別物みたいだ。
俺はしばらく、朝日にきらきら輝く水面を眺めていた。
「あ、都築だ。おはよう」
可愛い声に振り向くと、千尋ちゃんが立っていた。
今日は向日葵の柄のワンピースを着ている。
「千尋ちゃん、おはよう……」
どんな顔をすればいいのか分からなくて、俺は思わず視線を逸らしてしまう。
「どうしたの? 何か困ってる? 大丈夫?」
優しく心配してくれる千尋ちゃんに、俺は首を振るのがやっとだった。
千尋ちゃんは道路脇のベンチに腰掛け、隣のスペースをポンポンと叩いた。
座れってことだ。
俺は遠慮がちに千尋ちゃんの隣に座った。
「えっと、今日も……お母さんと千颯くんを待ってるの?」
「うぅん。もう待たない」
千尋ちゃんは海を眺めながらポツリと言った。
「え?」
「昨日、夢に出てきたの。二人で天国に行くんだって。私がちゃんといい子にしてるか、アッチから見てるって言ってた」
「……そう、なんだ」
千尋ちゃんの言葉にはあまり抑揚がない。
母親と弟の死をどれくらい理解しているのか、悲しんでいるのか、俺には窺い知ることも出来なかった。
道路の向こうから千尋ちゃんと同じくらいの子が二人やってきて、こっちへ手を振る。友達のようだ。
「千尋ちゃーん、早く行こー! ラジオ体操始まっちゃうよー!」
「行くー!」
千尋ちゃんはヒョイッとベンチから下り、俺を見た。
「ばいばい、都築」
「うん、ばいばい……千尋ちゃん」
千尋ちゃんは、タタタッと足取りも軽く友達の方へと駆けて行く。
小さい背中を見送りながら、俺は「頑張って」と心の中で声をかけた。
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「え? 帰るって……今からですか?」
しばらく一人でゆっくり海を眺めてから別荘に戻ると、リビングには荷物をまとめた三人が待っていたのだ。
「万里はもう体調いいのか?」
「うん、軽く朝ごはんも食べた」
祓いの間から祀り箱の入ったリュックを取って来た店長が俺に差し出す。
「白波様の浄化はかなり難しそうなんだ。うちのマンションに戻って本格的に取り組もうと思ってね。悪いけど、これは都築くんが運んでくれる?」
俺はリュックを受け取り、万里とダニエルを見比べた。
せっかくのバカンスなのに、たった一泊で撤収なんて……と思ったが、二人は上機嫌でニコニコしている。
「久しぶりに尾張サンの儀式、お手伝いするっ!」
「しっかり見学して、勉強させていただきますっ!」
瞳をキラキラ輝かせて、やる気満々の二人……バカンスよりずっと楽しそうだ。さすが魔術学校の生徒……。
「分かりました! それじゃ、俺も急いで帰り支度してきますっ!」
俺はリュックを手に二階へと上がった。
使わせてもらってる部屋に入り、着替えなどの荷物をリュックに詰めようとした。が、手が止まる。
祀り箱がかなり幅を利かせている。
窮屈そうだ……。
「なんか、すんません……ちょっと我慢してくださいっ!」
俺は手を合わせて軽く頭を下げてから、祀り箱の横にTシャツやパンツなどをギュギュっと詰め込んだ。ぱんぱんに膨らんだリュックを背負い、リビングへ戻る。
俺のリュックを見た店長、万里、ダニエルの三人は何とも複雑そうな
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三日後――……、
スーパーで買いこんだ食材をたっぷり詰め込んだマイバッグを手に、俺は店長のマンションを訪れた。
明日には万里とダニエルがイギリスへ帰ってしまう。
海の別荘から戻った三人は白波様の浄化にかかりきりで、ずっとマンションの『祓いの間』にこもっている。
しかも昨日からアレクまで加わり、四人であーでもないこーでもないと色々試行錯誤してるようだ。
俺は毎日せっせと食料を運ぶくらいしか役に立てない。
といっても、店長たちは食事の時間すら惜しいのか、パンやおにぎりを軽く摘まむ程度だ。
玄関ドアを開いたアレクは、疲労の色を滲ませつつも迎え入れてくれる。
「都築、今日も来てくれたのか」
「うん、ほら……明日、万里たちイギリスへ戻るだろう? 今夜くらいはしっかり美味いもん食ってもらおうと思ってさ。今日は俺が料理するよ」
マイバッグを持ち上げて見せると、アレクが柔らかく笑った。
「ちょうど良かった。さっき白波様の浄化が終わったところだ」
「えっ、そうなのか!? 良かったぁ……お疲れ様!」
アレクと話しながらリビングへ行くと、万里とダニエルが大きなソファで仲良く寄り添い、スヤスヤ寝息をたてていた。
いっぱい頑張って疲れたんだろうな。
「店長は?」
「今、風呂に入ってる。俺たちで食事の支度をしておこう」
アレクに頷き、キッチンへと向かう。
手を洗う俺に、アレクは腕まくりをしながら問いかける。
「何を作るんだ?」
大理石のキッチンカウンターにマイバッグから取り出した焼き豆腐やネギ、そして牛肉を並べながら、俺はニシシと笑った。
「すき焼きパーティだ!!」
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