第9話〈5〉【サマーリゾートですが、何か?】


 ──……それは、ホテルのプライベートビーチに到着してから、三十分ほど過ぎた後の出来事である。

 

「──……い、如何でしょうか、カノン様?」


 激論に次ぐ激論を見せる緊急ミーティングの末に、様々な試行錯誤を重ねた我々は……。

 ようやく、主人が安全に海を楽しんで頂けるであろう、唯一の型を見つけ出すことができたのだ。


〈……しゅこー! ……しゅこー!〉


 空気を着飾るように膨らむ、キッズ用のライフジャケットとアームスイムリング。

 体内への海水侵入を決して許さない、ヘルメット一体型の水中ゴーグル。

 そして、ダイバー用のミニ酸素ボンベを無理やり搭載した、ダメ押しのハンドル付きおもちゃ浮き輪。


 そう、僕とアメリアがホテルのレンタル品のみで作成したのは……。

 まるで泳げない彼女を、ありとあらゆる脅威から守り抜いてくれる、即席装備。

 その名も──『カノン様専用完全防水アーマー』である。

 

 ……分かりやすい話。

 僕達は、自らの主人であるカノン様そのモノを……。

 直接、水面環境にのみ特化した乗り物へと改造してしまったという訳だ。


「見た目の方は、少しゴテゴテとしておりますが……、支障はありませんか?」


〈……しゅこっ!〉


 浮き輪から伸びた酸素ボンベのホースを咥えながらも、まるでハーモニカを鳴らすかのように空気音を響かせる、カノン様。


 その様はまさに……。

 復讐の為だけに自らを改造してしまった、どこぞの帝王のようである。


 ……。


 え? なに?

 ──『自身が抱く防衛意識』が、最も己の身を守るのに適しているのではなかったのか、だと?


 ……何億年前の話をしてんだ、テメェ。


 もう、今はなぁ。

 この【カノン様専用完全防水アーマー】が、大体のことを解決してくれる時代なんだよ。


 言わんせんじゃねーよ、マジで。


 ……ホント。

 言わんせんじゃねーよ……。


 しかし、そんな生まれ変わった彼女の姿を見て。

 陸から監視を続けているアメリアだけは、かなり不服そうな声を漏らしていたようだ。


「……もう。せっかくこの私が、完璧なサマーコーデでビーチへと送り出してあげましたのに……、短い命でしたわね」


 ……。


 ……まぁ、確かにな。

 本人からしてみれば……。

 何故、楽しい海デビューでこのような格好をさせられなければならないのか、という話だ。


 いくら『泳ぎたい』という本人からの強いご要望があるとはいえ、やはりこの作戦はあんまりなのでは……?


 僕は自らの顔半分を片手で覆いつつも、隣でぷかぷかと浮かんでいるカノン様の方を、チラリと観察してみる。


〈……しゅこー♪〉


 搭乗する浮き輪から手を伸ばし、パチャパチャと楽しそうに波を叩いている、カノン様。


 今のところ……。

 どうやら、当の本人は。

 いたってご機嫌な様子であるらしい。


 ……ふむ、酸素ボンベを咥えている最中は、言葉を介せなくなってしまうことが難点であるが……。

 とりあえず、喜んで下さっているのなら、暫くは様子を見てみるか。


 一応、救助要員として。

 アメリアが陸で待機してくれているし。

 現在は、羽を持つ僕らの使役獣達も、上空から監視体制に協力してくれている状況だ。


 この隙のない万全の布陣があれば、カノン様をお守りすることも容易だろう。


「あはは、カノンちゃん楽しそうですね!」


「ええ。一時はどうなることかと思いましたが、とりあえずは目的が達成できて何よりです」


 すると、僕と共にカノン様の浮き輪を支えてくれている華殿は、ふと何かを思い出したようにキョロキョロと辺りを見渡し始めたようだ。


「そういえば、気になってたんですけど……、さっきから私達のいるこの辺りだけ、妙にお客さんが少なくないですか?」


 なるほど。

 どうやら、華殿も。

 ようやく気づいてしまったらしい。


 このビーチに到着してからというモノ。

 ホテル職員を除く僕達以外の利用者達が、全く周りに存在していなかったことに。


 無論、ソレには大きな理由がある。


「ここ一帯の正面ビーチは、VIP専用の遊泳区域となってますからね。ホテル側からVIP認定を受けているゲスト以外は、向こう側にある一般開放された海岸に集中しているのでしょう」


「あー、なるほど! どうりで〜!」


 ……。


 すると、そんな僕の言葉を耳にした華殿は。

 少し間を置いてから、酷く驚いたような表情を僕にぶつけてきた模様。


「えっ……? 私達、いつの間にVIPになっちゃったんですか……?」


「……ホテルによって条件が様々ですが、ここは『一定額以上に値する宿泊サービスを受ける』ことで、VIPとしての認定を頂けると聞きましてね。先ほど、華殿達が水着選びを楽しんでいる間に、フロントにて直談判して参りました」


 そう、ホテル側にとってのお得意様。

 ──『VIP』の称号を取得する条件は、各ホテルによってまちまちである。


 ホテル側からVIPとしての認定を授けられるには……。

 ・一定以上の宿泊回数に達する。

 ・最上級グレードの客室を複数回ほど利用する。

 ……などの条件を満たすことが一般的となるのだが……。

 ここのホテルグループは──『年間で一定金額以上に値するサービスを受けること』が、条件として定められているらしく。

 今回はその条件が、ホテル側にとっての大きな誤算となってしまったようなのだ。


「いやはや。丁度、向こうの切り札である『ペット禁止』という厄介なルールにも、困り果てていたので助かりましたよ。……オブシディアン達を三人の人間としてカウントすることで、ギリギリVIP認定を得ることが出来ました」


 そして、たった二部屋しか存在していないスイートルームを、一部屋ずつそれぞれで独占してしまった僕達は、その瞬間から条件を達成。


 スイートルーム二部屋の貸し出しに加えて、二泊三日の滞在プランを七人分(内訳──僕達四人+ペット三)という強引な主張を通し、無理やりVIPの資格を取得したという訳だ。


 ……ちなみに。

 その領収書は本館の支配人をしている、僕の旧友に代理で切らせたので、発生した金額は今のところゼロである。


「す、すごい……。これが富豪の戦い方なんだ……」


 ……まぁ、旧友からは「お前、マジ嫌い」と小言を言われたが……。

 僕達の詳しい契約事情や、【超級使用人】という概念すら知らない華殿の方は、未だにカノン様のことを大富豪のお嬢様か何かだと勘違いしているようだ。


 すると、その様な説明を重ねている途中で。

 僕は、ふと大切なことを別に思い出してしまう。


「……おっと、いけない。つい、忘れてしまうところでしたね」


 そう、僕が手を添えたのは、自身の左手首に装着していた全く同じ形をする、『とある三本の金属輪』である。


「どうぞ。華殿にも、コチラをお渡ししておきましょう」


 加えて、その内の一つを取り外し、目の前にいる華殿の手首へそっと通してみせた。


「なんですか、コレ……? 腕輪……?」

 

「それは、スイート宿泊者のみに配られるVIPの証。通称──【VIPバングル】でございます」


 自身の手首に譲り渡ったブレスレット状のアイテムを眺めながら……。

 ポカンとした表情を浮かべる、華殿。


 なので、僕はそんな彼女に向けて。

 早速、口頭で使い方を指南することに。


「簡単に言えば、このホテル内でのみ扱える太客の証ですね。そのバングルを館内にいるホテルマンやスタッフ達に提示する事で、様々な待遇を受けることが可能となるようですよ」


「えーっと……?」


 いまいちピンと来ていない華殿の反応を見て。

 より噛み砕いた簡素な説明へと切り替える、僕。


「……まぁ、分かりやすく仰いますと、それを身に付けているだけで、『館内に入っているフード類やドリンクが無償提供され、全ての娯楽施設が無制限に利用可能となる』という事でございます」


 すると、その説明を聞いてようやくこのアイテムの有用性を理解したのか。

 華殿は自身のバングルに、冷や汗混じりの視線をを落とし始めたようだ。


「へー! これ、そんなに凄いモノなんだ……!」


 ただ、このブレスレット。

 確かに便利な代物であるには違いないのだが……。

 僕達が利用するにあたって。

 非常に大きな弱点となる要素も含んでいるのである。


「……ただ、このブレスレット。調べたところによりますと、希少な特殊鉱石で製作された、GPSやルームキーの役割などの機能を兼ね備える大変高価な特注品となっているらしいんですよね」


 そう、それは……。

 備品などを紛失した際に発生してしまう、弁償費用についてだ。


 ご存知の通り。

 現在の僕達は、カノン様と交わしてしまった契約上、『金銭での補填』という手段が封じられている。


 その為、金銭の工面以外でソレを解決には……。

 謝礼として、その紛失してしまった物と全く同じ同等品を用意する羽目になってしまうのだ。


 「……という訳で、もし紛失すれば、そこそこに大きな弁償額が発生してしまいますので、管理の方にはくれぐれもお気をつけ下さいませ」


 一から同等品の製作をするともなれば。

 当然ながら、各地から元となるパーツや材料を調達してくる所から始めなければならない。


 そして、一分一秒単位に価値が発生している僕やアメリアにとって、その行為は……。

 まさに大打撃となる仕打ち。


 最悪のシナリオである。


 すると、それを聞いた華殿は。

 「え……!?」と、身体を固くした模様。


「さ、参考程度に、弁償額の方はどのくらい……?」


「ふむ、そうですねぇ」


 なので、そう尋ねてきた華殿に対し。

 僕はニヤリと笑いながら、小さくこう呟いてみせた──



「──……正直、知らない方が楽しめるかと」



 まるで、呪われた秘宝でも手にしてしまったと言わんばかりに。

 声にならない声を上げ始める、華殿。


「……っ!? ……! ……!?」


 どうやら、自身の手首を遠くにやりながら。

 その場でプルプルと震えてしまったらしい。


 ……。


 前から思っていたが……。

 良いリアクションするな、この子。


 笑いに耐えかねた僕は「ははっ」と小さく声をあげると、すぐに言葉を付け足してみせた。


「冗談ですよ。……万が一、無くしてしまったとしても、僕が全力で捜索するだけの話ですから。そこまで重く捉えないで下さい」


 そして、そんな風に純粋な華殿で少し遊んでいると、ふと視界の端にて、砂浜に聳え立つ時計台が映り込んできた模様。


 示された時刻は、正午半。


 ……しまった。

 カノン様の水上装備を作るのに時間を費やしてしまったせいか。

 いつの間にか、すっかりと昼食の時間が過ぎてしまっていたらしい。


 なので、僕はそのまま時計台から視線を外さずに、そのまま隣にいる華殿へ向かって、このような提案をする。


「それはそうと、お昼がまだでしたね。……【VIPバングル】の使い方を学ぶがてら、試しに近くで昼食を注文して来ては如何でしょうか?」


「……オヒル? ……ビップバングル?」


「ええ。パンフレットの情報によりますと、何やら向こう側の広場で、食べ歩きに適する露店通りが賑わいを見せているそうですよ」


「ハイ……。ソレジャア、ワタシ、ナニカタベテキマス……」


 僕の言葉に操られるかのように。

 ノソノソと浸かっていた海から上がり始める、放心状態の華殿。


 すると、砂浜で待機していた監視要員のアメリアは、そんな華殿の存在に気がついたのか。

 用意していたハンドタオルを、彼女の肩にそっと巻き始めたようだ。

 

 なので、僕はついでに。

 浜辺にいるアメリアの方にも……。

 同じく、手首に巻いていたVIPバングルの内の一つを、海から放り投げてみせた。


「……ほら、お前もこのまま昼休憩をとってきてくれて構わんぞ」


「あら、宜しいんですの?」


 投げられた腕輪をチャクラムのようにキャッチしながらも、目の前にいる華殿の髪を手際よく乾かしている、アメリア。


 すると、少し考えを見せた後。

 彼女は、僕にこの様な提案をしてきたようだ。


「せっかくですし。貴方もカノン様を連れて、ご一緒にしますか?」


 アメリアの誘いに対して。

 一度、隣でぷかぷかと波に揺られているカノン様の方へと顔を向けてみる、僕。


〈……しゅここー♪〉


 すると、そこには。

 先程と変わらぬテンションで、上機嫌にパチャパチャと水面を鳴らしている、笑顔のカノン様がいらした模様。


 浮き輪に揺られている感覚が、よほど新鮮なのか。

 どうやら、まだまだ海に夢中であるらしい。


 なので、僕は主人のほうを微笑ましく眺めながら、断りの声だけをアメリアへ返すことに。


「……いや、彼女が満足するまでは、僕もここに残るとしよう」


「わかりましたわ。では、私が代わりにカノン様の分も手配してきましょう。……シトラス、暫く見張りは任せましたわよ」


 すると、彼女は自身の相棒である白梟──シトラスにそう指示を残しつつも、その場から踵を返したようだ。


 バングルの件で衝撃を隠せない様子である華殿の背に手を置き、運ぶようにしてホテル側の方へと消えていく、アメリア。


 そして、そんな彼女達の後ろ姿を海から見送っていると……。

 突然、近くにいたカノン様が、酷く興奮したような呼吸音を鳴らし始めた模様。


「しゅこー!? しゅここ〜っ!?」


 何やら、陸とは逆側にある沖の方へと指を差し示している、カノン様。


 ……何か、面白いものでも発見なされたのだろうか?

 

 僕は「ん?」と首を動かし、カノン様が向けた指の先を視線で追いかけてみる。


「おや、どうかなさいましたか?」


 すると、その方角の先には。

 非常に派手な見た目をした、水上に浮かびし七色の居城。

 その名も──『バルーンアスレチックエリア』が存在していたらしい。


「ああ、あれは水上アスレチックですね」


 まぁ、僕目線では特にソレ以外の感想も無く。

 単なる子どもの遊び場という認識なのだが……。

 おそらく、小さいカノン様の目には、海の遊園地の如き煌びやかな存在として写っていることなのだろう。


 その証拠に、今も瞬きすら忘れた様子で。

 遠くに聳える巨大アスレチックを、キラキラと一心に眺めていらっしゃるようだ。


「しゅ、しゅここ〜……!」


 無論。

 そんな主を見てしまったからには、僕も従順に応えるのみ。


「……畏まりました。では、アメリア達が戻る前に、ひと遊びと参りましょうか」


 カノン様の搭乗する浮き輪の後方側へと陣取り、軽く手足をぶらぶらと揺らしてみせる、僕


 加えて、僕はその言動を皮切りに。

 水面にて、強烈な破裂音を鳴らし始めた。


 そう、カノン様の搭乗している浮き輪をビート板代わりにし、力強いドルフィンキックで移動を開始してみせたのである。


「しゅーー!! しゅこーー!!!!」


 ……目標までは距離がある為……。

 本来ならば、ホテル側が用意したウォーターバイクなどを借りて移動を済ませるらしいが……。

 貸し出しを申請する時間を加味すると、僕がエンジンの代わりを果たした方が何倍も早い。


 幸いにも、今はカノン様もゴーグルや酸素ボンベを着用なされている状態だ。


「さぁ、しっかりと掴まっていて下さい。一瞬で送り届けてみせますよ!」


 バタ足の際に生じてしまう水飛沫にも耐性がある今なら、あと四十と六秒半ほどで、目的地に到達できるハズだろう。


 ……。


 そう思っていた。


 ……が、しかし。


「……しゅこ……?」


「……む? 如何なさいましたか? ……カノンさ……──」




 突如、僕達の正面側から接近してきた。

 謎の存在により……。


 高速で動かしていた僕のバタ足運動は……。



「──……まっ!?」



 まもなく、緊急停止を余儀なくされてしまう。


 そう、向かい側からやってきたのは。

 なんと、同じく高速で水面を移動している。

 謎の人影と水飛沫である。


「……ぐっ!? あっぶねっ!?」


 カノン様の背中側から咄嗟に覗いた為、前方の様子が少ししか見えなかったが……。

 間違いなく、水飛沫の中には人間の手らしきモノが確認できた。


 加えて、それに気がついたとほぼ同時に。

 僕は嵐のように動かしていた足を急いで停止させ、ほぼ反射的に目の前の浮き輪ごと身体を横に捻ってみせる。


 ……当然。

 かなりの加速が乗った状態でそんな事をしてしまえば、全体のバランスが崩れ去り、勢いにより浮き輪は転覆。


 間一髪で浮き輪から抱き上げるように脱出させたカノン様と共に、僕は生身で海へと放り出されてしまう形となってしまう。


 ……。


 ……次第に。

 カノン様を抱える両腕を水中から出しながら、巻き足を駆使して何とか地上への復活を果たす、僕。


「……ぶはっ!? ……か、カノン様!? ご無事ですか!?」


「うん、だいじょーぶっ! るーびんもへーき?」


 結論から言うと……。

 カノン様は無事であったようだ。


 身を挺した決死の緊急脱出が功を奏したのか。

 彼女は怪我一つなく、事故から生還していたらしい。


「……はぁ、良かった……!」


 それを確認した僕は、その場でホッとした顔を見せる。


 ……が、しかし。

 逆に言ってしまえば、助かったのはパイロットであるカノン様本体のみであった様子。


 そう、僕達のすぐ隣には……。

 先ほどまでカノン様が搭乗なされていた乗り物が沈んでいく姿が……。


「ひぇぇぇ……!? カノンの、さいしゅーへーきが……!?」


 そして、それだけではない。

 脱出の衝撃で、本人が装備していた武装も飛んでいったのか。

 カノン様が身に付けていらしたハズのゴーグルやスイムリングなどの装備品も全て、深い海の底へと沈んでしまったようである。


「ずーん……」


 ようやく手に入れた三種の神器を瞬く間に失い、僕の両手の中で途方に暮れる、カノン様。


 なので、僕はそんな悲劇のカノン様を見て。

 思わず、その怒りをまだ近くにいるであろう犯人の方に全てぶつけることにした。


「……おい、ゴラァ!? どこの誰か知らねぇが、今のでウチのご主人様のフル装備が、全部おじゃんになっちまったじゃねーか!! 死ぬ覚悟は済んでんだろーなぁ!?」


 すぐ背後にいるであろう、犯人と思しき気配の腕をノールックで掴みつつま、睨みを効かせた視線で食い気味の説教をかます、僕。


「つーか、そもそも!! この正面ビーチは、スイート宿泊者のみが利用できる専用ゾーンだろうが! 一体、誰の許可を得て……、勝手にここ……、で……──」



 しかし、その瞬間。

 僕は気づいてしまう事となる。


 目の前にあった。

 強い違和感の正体に……。




『──……あら? いつの間にか、こんな遠くにまで来てしまっていたのね』




 そう、僕が掴んだ犯人の腕は。

 ヤケに細く、そして小さなモノであったのだ。


 近いモノで例えるならば、そう……。

 それは丁度、僕が片腕で抱いている主人と、ほぼ同じ大きさ程度のモノ。


 加えて、僕は目の前で声を発する。

 その小さな存在に。


 ほんの一瞬だけ。

 思考を奪われてしまったらしい。


『初遊泳が思いの外に楽しくて、気づかなかったみたいね。つい夢中になってしまったわ』


 その通り。

 目の前にいたのは、

 大人ではなく、一人の小さな幼女。


 カノン様とそう変わらない背丈を持つ……。

 赤茶色の髪をした、小さな女の子だったのである。


 ──そして、この日。


 僕は初めて、本物という存在に出会ってしまったようだ……。


 そう、紛うことなき。

 本物の『神童』という生き物に。



           *

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カノン様は神童ですが、それが何か? 緋春 @MikazukiHibaru

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