(3)

 夢園店長はお膳をエラさんの前に置くと、カウンター前の椅子にすとんと腰掛けて足を組んだ。

 おいおい、お客様の前でその斜に構えた感じはどうなんだと問いたくなるが、如何せん、顔とスタイルが良すぎるために絵になってしまう。足長いな、色気があるな、イケメンだな。という感想が不満を追い抜いていくのだ。


「カボチャは運命の食材だろう? プリンセス」

「舞踏会の後、スタッフたちで美味しくいただいたのを思い出すわね」


(スタッフって何だ)


 そう言いたいが、二人がつっこみ待ちではなさそうなので、私はグッと堪えて押し黙る。

 エラさんは、豪快にがぶりとかぼちゃの肉巻きを口に運ぶ。もちろんお箸で、だ。


「んっ……!」


 驚いて、碧眼を大きく見開くエラさん。

 照り照りに甘辛く焼かれた豚肉と、太陽のような色のカボチャの間から、みょんと溢れ出てくるのはとろけたチーズだった。

 うわぁ、これ絶対に合うやつだ……と、私は見ているだけで唾液が止まらない。


 先程まではソファに深々と腰掛けていたエラさんも、すっかり前のめりになっている。見ていると、肉巻き、ご飯、肉巻き、ご飯、時々サラダとお味噌汁へと、箸が止まらない様子である。

 自家製ゴマダレのかかった豆と豆腐のサラダは、箸休めのはずだがいくらでも食べれてしまいそうだし、根菜や油揚げがいっぱい入ったお味噌汁は、優しい煮干し出汁の香りで食欲を加速させてくる。そして何より、カボチャの肉巻きと白米が合いすぎるのだ。ワンバウンドさせて、タレが沁みたご飯も格別。とにかくご飯が進む、進む。

 このシンデレラ。食いっぷりが良くて、見ていて気持ちがいい。


「味はどう?」


 夢園店長の問い掛けの答えは、聞くまでもない。

 エラさんは「家庭的で、とても美味しかった。悔しいくらい」と、空っぽになった皿と夢園店長を見比べながら言った。

 けれど彼女の顔は、いわゆる大満足のご馳走様でしたといったふうではない。

 蒼く美しい瞳が切なげ潤んでいるように見えた私は、彼女の「悔しい」という言葉の意味を胸の中で想像する。

 すると、そんな私の心を読んだかのように夢園店長が呟いた。


「そうそう。この店じゃあ、想像力が欠かせないからね」


 言葉の意図はよく分からなかった。けれど、何となく背中を押してくれたような気がして、私はおずおずと口を開く。


「エラさんは、料理がお好きですか?」


 私の言葉に、エラさんはハッと息を呑む。それは肯定の意にほかならず、私はにっこりとした顔で話を続けた。


「こんな素敵なご飯をパートナーに作ってあげられたら、嬉しいですよね。美味しいって言ってもらえたら、もっと」

「……そうね。手料理で喜んでもらいたかった」


 エラさんは左の薬指にある金色の指輪を撫でながら、こくりと小さく頷いた。

 その顔は、姫君というよりも年頃の女の子――甘い結婚生活を夢見る一人の少女だった。


(あぁ、そうか。エラさんは、一目惚れを否定したかったんじゃなくて、好きな人に求められていないと感じたのがつらかったんだ)


 エラさんはお城での新しい生活に馴染めず、寂しさのあまり、家出という強硬手段に出てしまったのだろう。

 本当は、得意な料理で王子様を喜ばせたいと思いつつも、その事を言い出せないままに――。


王子あのひとがどんな料理が好きで、どんな味付けを好むのか……。そんな話もできなくて。私、彼のことを全然知らないの」

「知らないまま、距離を置いてしまうのは寂しいね。知ることで、いっそう面白くなるのが物語と人生ってやつさ」


 夢園店長が、チラリと一瞬だけ私の顔を見て言った。

 店長のことをよく知らないのに、「不思議ちゃん」というレッテルを貼ろうとしていた私への言葉に聞こえてドキリとする。

 私は、彼のことを何一つ知らないじゃないかと。


 夢園店長は、私に気がついているのかどうかは分からないが、相変わらず飄々とした態度でエラさんに小さな紙を手渡した。


「カボチャの肉巻きのレシピ。王子様の好みの味にアレンジして、作ってあげなよ」

「ありがとう」


 エラさんは、レシピを大切そうにドレスの謎空間にしまい込むと、ふわふわのドレスを重たそうに持ち上げながら立ち上がった。彼女は言う。「もう12時。帰らなきゃ」と。


 店の時計を見上げると、12時ぴったりだ。いや、昼のだが。

 最後までシンデレラ設定を貫くのかと思った私だったが、最後にまた不思議なことが起こった。


「迎えに来たよ、エラ」


 その優しい男性の声は、夢園店長のものではない。

 店の入口ではなく、本棚の方から歩いて来たのは、一目見て上質と分かる素材の礼服をまとった長身の外国人男性。はっきりと言ってしまうと、The王子だ。


(えっ。どこから――)


 彼はどこから現れたのか。

その答えは、本棚の中にあった。先程、私が棚に戻した絵本――「シンデレラ」の背表紙が淡い光をこちらに向かって放っている。そしてきっと、エラさんの時もそうだったのだろう。


(エラさんは、「シンデレラ」の絵本から出て来た、本物のシンデレラだったんだ!)


「今度は、ガラスの靴がなくても見つけてくれたのね」

「君が好きだって話していたお店だから」

「何よ。覚えてたの?」


 ツンと澄ました態度だが、嬉しさと照れくささを隠しきれないエラさん。

 私はつい「ツンデレラ」などというしょうもない単語を思い浮かべてしまったが、目の前の魔法のような光景は、言葉にしがたい美しさだった。場違いなほど美しいプリンスが、これまた美しいプリンセスを抱きしめていたのだから。


「山科さん。お話を聞いてくれてありがとう」

「エラがお世話になりました。【尻尾屋】さん、次は僕も寄せてください」


 横に並んだ二人は深々と頭を下げると、腕を組んで本棚――帰るべき絵本に向かって歩いて行く。


「あ……、ありがとうございました!」


 私は、魔法のようなひと時をくれたお客様を胸をいっぱいにしながら見送った。

 幼い頃に絵本で読んで、心から憧れたプリンセス。会いたいと願ったプリンス。

 同時に、過去の記憶が鮮烈に蘇る。

 いつか、私も素敵な絵本が描きたい。夢をいっぱいに詰めこんで。誰かを笑顔にできるような絵本を。

 そう、思い描いたあの日のことを――。





「山科さんもさ。いつか、登場人物が飛び出て来ちまうような絵本、描いてくれよ」


 お客様が帰られた後。緩やかな笑みでこちらを見つめる夢園店長に、私は「へ?」と間の抜けた声を返し――、アルバイトの採用面接の時の会話を思い出した。

 彼は、絵本作家を目指す傍らでアルバイトをしたいと話した私に、「期待の新人かな」と言って即採用してくれたのだ。てっきり、店員として期待してくれているのかと思っていたのだが、まさか前者の方だったとは。

 彼が絵本作家として芽が出ない私のことを応援してくれていると気がつき、つい表情筋が緩んでしまう。

 けれど、無視できないことがある。


「も、もしかして、この絵本カフェのお客さんって……?!」

「洋書から来るお客さんには外国語で対応しなきゃだし、人外も多いよ。おもてなしは大変だ」


 鼻歌交じりに空いた皿を片付け始める夢園店長。

 契約外すぎるファンタジーさに、「それ、聞いてないんですけど!」と食い下がる私。

 いくら想像力が大切と言っても、こんなこと想像しきれるわけがないだろう。


 そんな私に、夢園店長は思い出したかのように付け加える。


「店の名前の由来だけどね。駄洒落だよ。先代が【フェアリーテイルカフェ】って名前でやってたんだけど、どうにも正体丸出しで困るじゃないか。だから、【尻尾屋テイルカフェ】」

「フェアリー……?」


 どうやら私は、夢と魔法と美味しいご飯を作る店長に採用されたらしい。

 けれど、不思議と不安はない。

 だって、絵本はいつでもワクワクを与えくれるし、「知ることで、いっそう面白くなるのが物語と人生ってやつ」なのだから。

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絵本カフェ【尻尾屋】のおまかせランチ ゆちば @piyonosuke

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