(2)
「いやいやいやいや! 本物のシンデレラなわけないですよね? ロールプレイをしてるコスプレイヤーさんですよね? ですよね?」
シンデレラを名乗る女性をソファ席に案内した私は、電光石火の勢いでキッチンへと駆け込むと、夢園店長を問いただす。
もし、新人アルバイトをからかおうとしてお客様と結託しているのなら、かなりつまらない冗談だ。だって、物語の登場人物が現実世界に出てくるわけがないのだから。
しかし、当の夢園店長は相変わらず飄々としたまま。私に水の入ったグラスを持たせると、「本物だよ。会えて光栄だよねぇ」と、ふざけた口調で詳細を煙に巻いてしまう。
(ちょ! 待ってよ、店長!)
そんな夢みたいなことがあっていいのかと、私はつい挙動不審になってしまう。いや、確かにコスプレにしては完成度が高すぎるプリンセスなんだけども。
にやりと笑う夢園店長を「このドリーム店長め!」と罵りそうになったが、喉まで出かかった言葉は寸前のところで止まる。ソファにぼふんと沈み込んでリラックスしている自称シンデレラ氏と目が合い、笑顔でちょいちょいと手招きをされたからだ。
「山科さん、早く早く」
(やましなって、読めるんかい)
ばっちり、ネームプレートを見られている。漢字が読めるらしいので、ますますシンデレラ説が弱まっていく。
私は緊張しながらグラスを彼女の前にそっと置き、正面のソファに遠慮気味に腰かける。
「えぇと……、本日はどちらからお越しに?」
「お城からよ。実家だと思った? 残念、はずれ。もう王子と結婚してるんだから。俗に言う、交際ゼロ日婚ね」
「へぇ~。シンデレラさん、ご結婚されてるんですね~……」
「そのあだ名、浸透しすぎてて困るわ。貴女たちはともかく、クソ親父まで呼んでくるんだから、マジでないと思わない?」
「す、すみません。エラさん」
(ほ、本物のシンデレラ? シンデレラなの?)
おそらく、時系列はシンデレラの物語のエンディング後。「シンデレラは末永く幸せに暮らしました」の後だ。
圧倒されっぱなしの私は、まだコスプレイヤー説を捨てきれず、「末永く幸せに暮らしているわけですよね」と話を合わせようかと思考を巡らせていると、彼女は唐突に「はぁ……」と重たいため息を
「ねぇ、山科さん。貴女は一目惚れってしたことある?」
話題は、まさしくガールズトークの典型。恋バナだった。
一目惚れうんぬんを生まれてこの方、恋をしたことがない私に聞きますか。
そんな気持ちが顔に出てしまったらしく、エラさんは「ないなら、ないでいいのよ」とあっさりと話を進めてしまう。
「王子……、私の旦那さんは、とってもハッピーな頭をしてるの。舞踏会で出会った私に一目惚れをして、結婚したいと思ったのよ」
「とてもロマンチックだと思いますけど……」
「よね? でも、それってつまり、外見百パーセントってことでしょ? 私が有象無象のモブよりも可愛かったから」
(じ、自分で言っちゃうんだ)
「でも、そのくせ顔はろくすっぽ覚えてなくて、消えた姫君の捜索方法はガラスの靴頼みって、どういうこと? いくらガラスの靴がオーダーメイドでも、もしなんとなく履けちゃう女がいたら、娶っちゃったわけ? 多分、ガチで国中の女を当たったら、二、三人くらいは履けてたと思うわ。私がたまたま早く発見されたってだけ」
「……ガラスの靴の持ち主を捜すのは、王子じゃなくて家来の方々ですし、外見で捜すのは難しかったのでは?」
「そこも重要なのよ! 本気で好きになったのなら、自分で捜し回らない? 家来任せでいいわけ?」
「え、エラさん。落ち着いてください」
どんどんヒートアップしていくエラさんは、旦那さんの愚痴を吐き出しまくる。
同時に、物語だからふわっとしていた王子事情が突き回され、私もなんだか考えさせられてしまう。
一目惚れをして、落とし物を頼りに姫君を捜し出してからの交際ゼロ婚だ。私が親なら、「ちょっと冷静になろうか」と強引に襟首を掴むところかもしれない。しかも、未来の王妃選定なのだから、余計に慎重になって然るべきだ。
「私、適当に選ばれたんじゃないかって思うの。元々結婚願望がなかった王子が、親に迫られて花嫁探しをさせられていたんだから。取り敢えず、親が喜びそうな顔の女を選んどくか、的な」
「えぇぇ……」
「私がお城に来てからも、完全にお飾りなの。君は何もしなくていいから。笑っていてくれるだけでいいからって。こっちは暇すぎて死にそうよ!」
「わぁぁ……」
「だから、もう帰らないの! 面食い王子との結婚にピリオドよ!」
「ぴ……⁈」
エラさんは言葉を挟む隙を与えてくれず、私は中途半端な相槌しか打たせてもらえない。
すごく凝った設定のシンデレラの不満の落とし所は、いったいどこにあるのか。
エラさんの息継ぎのタイミングでマシンガントークが途切れた時に、私は彼女をなだめにかかる。
「まぁまぁ。まずは、王子様と二人でお話されたらどうですか? 話せば分かるっていうじゃないですか」
「はぁ……。そういうのじゃないの。私は、堅実的な意見が欲しいわけじゃないの」
エラ氏、ため息を吐く。
(め、めんどくせぇ! ガールズトークしようって言ったのは、あなたでしょうが)
要は、聞き役に徹しろということなのだろう。
もうやだ。ぶっちゃけ、聞くのがしんどいぞ。
諦めて、言葉のサンドバックになろうかなと私が思った時――。
キッチンからジュワァッという胃袋を刺激する音と、より空腹をもたらす甘辛い香りがこちらに流れて来た。
「いい匂い……」と私は思わずつぶやき、キッチンに視線を向ける。エラさんも同様であり、「この香りは、照り焼きね」と、期待いっぱいに美しい碧眼をキラキラと輝かせていた。
シンデレラが、「照り焼き」が何たるかを知っているのかということはさて置いて。
盛り付けを終えた夢園店長が、「やあ。俺も話に入れてくれよ」と軽快な足取りで料理を乗せたお膳を運んで来る。
お膳の中身は、ごはん、豆と豆腐のサラダ、具沢山なお味噌汁、そして照り照りに焼かれた豚肉に巻かれた小さな三日月形の何かだ。
(うーん。これは、もしかして……?)
白い皿の上に並ぶ5つの肉巻きを見つめ、私はハッとした。
これは、エラさんのために選ばれた食材に違いない。だってシンデレラといえば、あの食材しかないもの。
そして、夢園店長がいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「【
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