第32話 弔い

 はいと返事をする。一枚の魔法板が出てきた。

 普通の木材の板に魔法鉱脈と呼ばれる魔石が眠る地層から採掘されたそれ。

 魔石を薄く加工して引き伸ばし、貼り付けたものが渡される。

 指定された場所に、渡されたペンで必要な事項を記入していく。


 名前、年齢、性別、家族の有無。いるならばその氏名も。住所、連絡先、これまでに剣術や魔法、どのような学問を習得したか。

 魔獣との対戦履歴、これは他のギルドから移籍する者たちが記入する場所らしい。

 必要事項を記入して彼女にそれを渡す。


「ゼイワード伯爵令息‥‥‥」


 そこまで読み上げて、受付嬢ははっとした顔になった。

 こんな場所にまで自分の悪い評判が届いているのか。

 最もそれは父親が遺した負の遺産だけれど。


「ごめんなさい、なんでもないの」

「いえ、別に。慣れていますから」


 何になれているのか自分でもよくわからないまま、そんな空返事をしていた。


 もう一枚別の魔石板が用意され、そこに手を押し付けるように言われた。生まれつき持っている魔力量を測るらしい。


「八歳にしては、まあまあの魔力量ね。等級は四。十段階中の四だから」

「それって」


 平均より下か、と落胆した。

 すると彼女は言い直してくる。


「八歳の平均は二、よ。成人男性の平均は六。その意味ではまあまあでしょ?」


 それまで冷たい光を放っていたエルフ青い瞳に優しさが宿る。

 人ではない種族にも感情があるのだと改めて分かり安堵した。

 



 それからさらにいくつかの事項を教えてくれた。

 属性というものはこの世にないこと。あるとしてもそれは目安であり適正ではないこと。

 自分が望めばたとえ水に近しい適性を持っていても、火の魔法を操ることも難しくはないということ。


 そして最も大事なこととして、レベルや等級、階級というものは、社会における立場を表すのであって当人の持つ魔力量や強さには全く関係がないことも教わった。


「……じゃあ、緑の冒険者であっても‥‥‥」


 と、ルークの目は後ろの酒場のカウンターで、見知らぬ男たちと杯を交わすフランに及ぶ。

 受付嬢は苦笑して、破顔した。


「もちろん緑の冒険者は、その強さも破格よ。言ってみれば、騎士や剣士の中にも、上級や中級、そんな感じのレベルがあるでしょ。上に行けば行くほど強いっていうのは間違っていない」

「なるほど‥‥‥」

「戦斧のフランは、このファミリアでも有数の実力者だから。でもね、実力者だからといって戦いが強いというわけではないの。防御に長けた者、治癒に長けた者、探索に長けた者。それぞれのジャンルでそれぞれに高レベルであるという話ね」

「戦斧? 話は分かりました。斧なんてなさそうだけど」


 と、ルークが言うと彼女がそのうちわかると答えただけだった。

 それからちょっと意外そうな顔をしてこちらを見る。

 何か粗相でもしたかと心配になった。


「あなた‥‥‥魔力の力は別として、精霊の属性は面白いもの持っているのね」


 属性? そういえば、屋敷の中でフランもそんなことを言っていた。面白い精霊の加護を持っているね、と。

 意味が分からず首を傾げる。


「金麦の乙女の加護がある。これは大地母神様の系譜の精霊だけど、今時、あの女神様に連なる精霊はめったにないからね」

「そうなんですか」

「大地母神様が、天空大陸に住まわれる夫の竜神様の元に向かわれて地上を離れた時。多くの眷属はそれに従ったと伝説にはあるけれど。古い古い話だから私たちエルフもその系譜ではあるのよ。王族であり、妖精界に住まわれているハイエルフの方々も、なにがしかの血脈を持っているから」


 血脈? という辺りで、ルークの集中力は尽きた。

 話が長くなってしまったと、受付嬢は説明を途中で打ち切った。


「精霊に縁があるのなら、あなた、精霊使いを目指してみない? 今枠が空いているのよね」

「精霊使い? 僕がなれるものなら、目指してみたい。枠ってなんです」

「どのギルドにも人数の枠数があるの。加入できるものには数に限りがあるっていうこと。今開いている枠は、死霊術師、獣魔導師、それと」

「精霊使い?」

「そういうこと。どれがいい?」


 三択。それならおすすめの精霊使いでいい。


 死霊術師はなんだかおっかないし、獣魔導師は魔獣を使役する職業だという。サーカスで見たことがある、猛獣使いの奮うあの鞭はどうにも頂けない。

 だから、精霊使いにした‥‥‥しばらくは、見習いがつくけれど。


「それではこれ。一枚はあなたのもの。一枚は私の名刺。エレン・ペイジです、よろしくね。ルークさん」

「あ、はい。よろしくお願いします。でもなんで‥‥‥エレンさんの?」


 そう尋ねると「あなたの専任アドバイザーになるから」と返事がきた。

 こんな美しいお姉さんとお近づきになれるなんて。

 少しだけ心が揺らいだ。


 なぜか脳裏にレティシアの顔が浮かんできて、それはすぐに消えてしまう。

 アミアじゃないのか‥‥‥。と、自分でもよく分からない独白をしながら、ルークは冒険者証を受け取った。


「これからよろしくお願い致します。まだ何をしたらいいかわからないけれど」

「そうねえ。とりあえず彼が用事があるみたいよ?」


 と、エレンは後ろの方を指さした。

 振り向くと、フランがこっちに来いと手招きをしている。

 そういえば彼の冒険者証を預かったままだったことを思いだした。


「ありがとう。またきます」

「頑張ってね」


 エレンの笑顔に見送られ、ルークはフランの元へと急いだ。

 その胸ポケットから彼の冒険者証を取り出して、「これ返します」と手渡す。

 受け取ったフランは「はあ。よかった。無事に戻ってきた」なんて嘆息する。


「そろそろ時間だ」

「なんの時間ですか」


 ちょっと沈んだ声でフランはカウンター席を立つ。

 他の冒険者たちも同様で、物憂げな顔でそれから席を立った。

 周りの者たちは、フランとルークの元へと集まってくる。


 いきなりできあがった人垣に、受付嬢のエレンが「ちょっと何してるの?」と声を挙げるが、彼らはそれを解こうとしなかった。


「……フランさん。なんですか、これ‥‥‥」

「今回、俺たちの仲間が何人も死んだ。あの男爵邸に潜り込ませていた大事な仲間も死んでしまった。俺たちの憧れだったあの子も」

「は? ええ?」


 その憧れが誰を表すのか。

 なんとなく直感でわかるような気がする。

 だけどその前に、百人に近い殺しを当たり前のように行うことのできる集団が放つ、異様な殺気に‥‥‥八歳の少年はただ色を失い、言葉を発せない。

 彼らに圧倒されて、その場にへたり込んでしまった。


「お前らよく聞け。俺たちのクロエにあの屋敷で奉仕していたのは、こいつだ。王都から追放された、貴族の息子さ。そして俺たちの新しい仲間になる裏切り者だ」


 それは嘘じゃない。

 正しい事実だ。

 だけど。

 この場合の事実は、全く別の意味を持っていた。


「残念だよルーク‥‥‥俺たちはこれから行かなきゃならない」

「どこ、に」

「葬式だよ」


 その前に弔いだ。


 フランの口がそう形を取ると、彼の拳がルークの腹にめり込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

追放されたランクSの精霊使いは、奴隷王女たちを服従させ、王国に伝わる最強の精霊を支配して、復讐を成し遂げる。 和泉鷹央 @merouitadori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ