第24話 初外出

 

 徐々にメイクを習得し、良枝さんからも「うん。今日は合格水準かな」と言ってもらえるようになると、鮎香瀬さんは「それなら一度、外に出てみなよ」と私を唆かしました。


 たぶん女装をする方の多くは、自分が初外出した日のことを覚えているでしょう。私が初めて女性の服を着て屋外に出たのは、高校一年生の秋で、長谷部先生に女子高生の制服を着せられてでした。

 ただ外出とは言っても、他人は入って来ないアトリエの私道と敷地内、観光シーズン以外は閑散としている展望台やアトリエの崖下にある海岸遊歩道を散歩しただけで、誰もいないとわかっていたし、先生も一緒だったので、緊張や恥ずかしさは感じなかったです。


 先生は、県内高校の女子制服を5〜6着持っていました。女子高生の制服を売買する専門店やネットオークションなどなかった時代なので、親戚や友人、後輩たちに「着ない制服があるなら譲って欲しい」と声を掛けまくって集めたそうで、お嬢様学校として有名な某私立女子学院の制服もありました。当時はまだブレザージャケットにチェックのスカートという制服はなく、どれもジャンパースカートかセーラー服でした。


 先生は制服を大切に扱っており、「なかなか似合っているよ」と制服姿で散歩する私を嬉しそうに撮影するだけでした。たまにパンチラショットのリクエストはされましたが、スカートを捲れとかはなく、ましてやプレイで着せられなんて絶対になかったです。


 ところが本人が壊れてしまうと一変して、先生自身が着て、プレイするようになり、その様子を私にビデオ撮影させて、幾度も見返しては興奮していたし、アトリエのベランダで制服姿での自慰を命じられたこともありました。先生の宝物は、いつのまにかコスチュームへと成り下がってしまったようです。


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 その日は、夕方から良枝さんが来て、私の部屋で晩御飯を食べる予定でしたが、風邪気味ということでキャンセルとなりました。仕方なく、寝る前に一人でメイクの練習をしていたら、かなり上手く仕上がり「これ、落とすのもったいないな」と思ったので、近場に外出する決心をしました。日曜日なので夜12時近くまで待てば、人通りは少ないはずです。目的地はマンションから徒歩5分くらいの所にある児童公園にしました。


 髪は、まもなくショートボブというくらい伸びていましたが、ロングのウィッグを付け、膝丈の黒のタイトスカート、ワインレッドのタートルネックのセーターまでは良かったのですが、外出用の上着を持っていないことに気付きました。昼間は暖かいものの、夜になると、まだ寒い季節だったので、普段、着ていたフリースを羽織って誤魔化すことにしました。


 おかしな所はないか、全身をチェックして、玄関ドアに耳を付けて、マンションの廊下を誰も歩いていないか確認して外へ出ました。一気に鼓動が高まります。私は5階に住んでいたのですが、念のため階段で4階に降りてエレベータを待ちました。「誰も乗っていませんように」の祈りが通じたのか無人です。1階ロビーにもエレベーター待ちの住人はおらず、いよいよ外へ。最初から人はいないとわかっていた高校時代の女装初外出とは違って、心臓が口から飛び出そうな緊張でした。


 公園までの5分が、とても長く感じました。途中、前から自転車に乗った中年男性が来たので目が合わないよう、うつむき加減でやり過ごします。私の緊張はMAXでしたが、当然ながら向こうは、そのまま、すれ違ってくれました。

 公園には誰もいなかったので、ベンチに座ってゆっくりしようかとも思いましたが、こんな時間に女性が一人で、そんな所にいるわけがないよなと考え直し、一周してからトイレの鏡でメイクのチェックをし、入り口脇の自動販売機で缶コーヒーを買って帰ることにしました。


 帰路は周囲を見回すくらいの余裕がありました。ほとんど人通りがないので、安心したような、物足りないような。ランニングをしている若い男性とすれ違いましたが、さっきの自転車の男性のときほどの緊張感はなかったです。 


 往路は、あんなに長く感じた道が帰りはすぐでした。気持ちが軽くなりかけた最後の最後で、神様は試練を与えてくれました。マンション1階でエレベーターを待っていたら、入り口の自動ドアが開いて住人の若いカップルが入って来たのです。

 どうやらレンタルビデオ店に寄ったらしく、二人で店員の態度の悪さを怒っており、エレベーターホールで待っていた私に、全く関心がないのは幸いでした。ちょっと姿勢を変えて、彼らに背中を向けエレベーターを待ちます。ほんの1、2分なのでしょうが、とても長く感じました。困ったのは、この人たちは何階の住人でしょうか? 同じ階だとイヤです。


 エレベーターのドアが開いたので、私は先に乗り、とりあえず最上階のボタンを押しました。二人は6階を押して、ずっと店員への文句を言っています。降り際に女性が私を一瞥したので、ドキッとしましたが、表情も変えず、すぐ出て行き、ドアが閉まったので一気に疲れました。 

 部屋に戻ってから、先程買った缶コーヒーを飲みました。


 翌日、良枝さんから「一晩ぐっすりと寝たら、良くなった」と元気そうな声で電話があったので、昨夜、女装で近所を散歩したと伝えると、「え〜なんで、そういうこと一人でやっちゃうの? 私、見たかったよ。次にやるときは、絶対に一緒に行くからね」と予想どおりの反応をしてくれました。


 今でも割と鮮明に覚えている初の単独女装外出の記憶です。

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忘れらない儚き者 ビーノ 13歳年上のカノジョ しまざき乃奈 @shimazakinona

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