だからこそ推したい! ヘルメス――その名は多面性の神

 本作品は、彩り豊かな表現によって紡がれる文学作品であると同時に、巧妙に練られた2つの二重構造によって成り立っています。主人公を通じて論じられる「美」が中心的なテーマとなっているのですが、この二重構造により、単なる「評論」がある種のサスペンス性を帯び、作品全体が緊張感のあるものに仕上がっています。

 1つめの二重構造は、作品が二部構成になっているという点です。第一部は「彫刻」、第二部は「塑像」と表題が付けられているように、主人公のヘルメス感が大きく変化します。すなわち、彫られたもの(一度限りでやり直しがきかない完全性を兼ね備えたもの)から、ねられたもの(複製可能であり、そう言う意味では陳腐なもの)に変わります。

 より具体的には、第一部では、主人公はヘルメスの美を称賛しつつ、他方でそれは赤見くんを「ヘルメス」として見ている(解釈している)が故の美ではないかという葛藤に苛まれます。描写は耽美的なものですが、同時に、見え隠れする美への脆さが、読み手の緊張感を誘います。しかし、偶像は偶像のまま。読者は、ここから物語はどうなっていくんだろうと読み進めますが、第二部ではとうとう偶像が崩れていく。ヘルメスが剥がされて、裸の赤見くんになってしまう。

 こうした美の崩壊を鮮明なものにするトリックが2つ目の二重構造です。適切な言葉が見つからないので、ここでは仮に人間にある「表層」と「深層」とすることにします。人間味で溢れる「表層」と、欺瞞に満ちた「深層」。第二部1話まで濃厚な文体で書かれていたものが、赤見くんと船木さんの会話になった瞬間に、夢から醒めて現実に戻される感覚を覚える方は多くいる筈です。

 「表層」と「深層」を効果的に提示することで、物語に深みを出す。『恥晒しのエチュード』でもこの二重構造はありましたが、『ヘルメス』では「表層」と「深層」が相互に干渉しあっており、いわば理想と現実での間での相互作用が見られるのが特徴だと思いました。

 ここまで長々と書き散らしましたが、本当に伝えたいことは単純明快。坂本さんの作品は最高だということです!

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ヘルメス

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