あなたがいつだったか前を通ったかもしれない、税理士事務所の話。

ダサい名前の税理士事務所。税理士事務所に縁がない生活をしているので気にも留めなかっただけで、通りかかったことがあるかもしれない。
もしかして、近所の税理士事務所はダサい名前だったかも。ただ、私が通りかかったことのある税理士事務所で、コーヒースタンドがやっていたことは多分なかったはず。

どうやらこの世のどこかにある税理士事務所では、コーヒースタンドを併設していたことがあるようです。バス停の前だから、それなりにくる人もあったようで……詳細はよくわかりませんが、そこにくるのはおそらく大概が、どこにでもいる人、人、人。

そのコーヒースタンドに立ち寄ることがあったなら、私もあなたも、おそらくこの話に出てくる一人になったことでしょう。ありふれた、それでいて重大な問題を胸に燻らせながら、同じスピードで流れる日常を、各々少しずつ違ったやり方で生きている。

温かくも冷たくもない、刺しても抉ってもこない、上りも下りもない。ただゆるやかな風のように、そこにある。本当に明日すれ違いそうな登場人物たちの心の内を、一人称視点で繊細に描いた作品です。

人恋しくなった時。誰かに会いたいのに会いたくない時、読みたくなる。なんかこう、なんとなく好き。日常のルーティンに溶け込むような、さりげない筆致が心に馴染みます。

私は同作者さんの作品で「月色相冠」と「アルモニカ」を先に読了していたので、読み終わった時「この方、こんなのも書かれるのか…」と感嘆したのですが、しばらくして「こういうのも書かれるからこそ月色相冠みたいな作品が書けるんだろうな」と改めて納得しました。

流れるように、一話目を開いてください。
どこかで見たことのある日常が、この作品にしかない細やかさで、胸の中の隙間をふんわり埋めてくれることでしょう。

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