46.Re.START ―紫翠の大魔導士―
*
重なる、空を切る音。
ぼとり、と落ちるのは魔物の鎌状の腕。切り口から青緑の血が噴き出し、唖然とした顔を――俺に向ける。少年の前に立っては、3体をフード越しで見つめる。
どいつもレベル18前後か。一般市民にとっては確かに脅威だろうな。
「なンだぁ? テメェ――」
ボン、と魔物の首が爆ぜる。いや、俺が爆ぜる魔法を無詠唱で発動させたに過ぎない。
「……は?」
「この世の"神"は、人の不幸の様を拝むのが好きでたまらねぇ、そんなクズだ。……おまえらもかわいそうにな、そんな"役"をやらされちまったらたまったもんじゃねぇだろ」
「何をブツブツと……っ」
「ぶっ殺しテやる!」
二体。ひねりのない罵声。単純な飛びかかり。爪と牙。膂力。
一端の魔物なりの襲い方をこてこてにやってくれる。まるでそれが必殺技であるかのように自信とプライドをもって、こちらを殺そうとしてくる。今の爆撃魔法を見てもなお立ち向かう様は、どこかの馬鹿にみえてきて、
「腹立つな」
"
「"
外部の力学的作用を正のリフ弾性エネルギーへと変換し、98%反射する結界の展開。眼前にまで牙と爪を剥き出しにした二体の魔物は勢いよく俺から遠ざかるように吹き飛ぶ。古い屋内の残った壁は容易に壊れ、見える外の景色がさらに広がる。砂埃も舞い上がるが、結界の解除によって一気に景色は晴れた。
「"
小さい魔法陣を8つ、前中央を囲うように浮き上がらせる。幾何学模様に沿って展開され、周囲の木材や瓦礫などの端材を浮かせては宙で収集し凝縮・変形……そして形成するは8の砲塔。それはかつてギルドの試験にて利用した、魔法銃にも酷似している。
この砲塔の中と外との魔力的ギャップサイトは上手いことできている。極性の異なる属性の魔法を内部に集積しやすく、硬度を高められるから。
「――ッ、おまえは!」
「それにこの魔法……! まさかあの大魔導士じゃ――」
弱い俺も、情けない俺も、ぜんぶ俺だ。だが、過去の断片と世間の声だけで形作られたハリボテの俺と、
「一緒にするんじゃねぇ」
8つの砲塔の奥から放たれる轟音。それは衝撃でいとも簡単に粉砕するが、その分、目にも留まらぬ速さで射出された魔弾に直撃した魔物どもはトマトペーストのように散り散りになった。
「……」
一緒にするな。だけど、それでも。
噂や評判というのは侮れない。正しくなくとも、それがすべてになるのだから。
もはや家とは呼べなくなった廃墟の隅っこで、嗚咽がか細く聴こえてくる。
「……おかあさん、おかあさぁん……うぅ、ひっぐ」
せめて少しでも息があれば救えたかもしれない。既に手遅れだった。
俺がもっと早く気づけていれば。もっと早く駆けつけていれば。
あいつのような高度な回復魔法を身に付けられる資質と努力があれば。
過ぎてしまったことを悔やんだところで。でも、目の前の涙を前に悔やまずにいられるわけがねぇ。
これが"主人公"だったら、間一髪で颯爽と助けていたんだろう。
「ごめんな、坊主」
慰めにもならねぇ謝罪しかできねぇ自分が腹立たしい。屍の前で崩れ落ちる少年の前で膝をつき、頭を深く下げる。
「今は苦しくて、怖くて、悔しくて仕方ないかもしれねぇ。でもな、希望を捨てずになんとしてでも生き延びるんだ。俺たちが絶対、こんなくそったれな世の中を変えてみせるから……!」
助けてもねぇくせにこんなこと言える資格はねぇ。少年は母の骸に縋りついたままだったが、心なしか、溢れてくる涙と嗚咽を抑えているように聞こえた。
ふと、少年のことだと思われる名を呼ぶ女性の声を耳にする。足音と共にこちらに向かってくる。必要以上に人目に付けば厄介なことになるだろう。立ち上がった俺は冷たいであろう母の手を握る少年に背を向け、小さな崖と化した階段へと歩を進め、飛び降りた。
着地して駆け出した先は――地獄絵図。
なにをどう考えたら、こんな凄惨さを描ける。こんなに血と悲鳴が飛び交って、放たれた火が燃え盛って、虫のように魔物が蠢いて、俺たち同類は一方的に殺されて、人が魔物に次々と変貌して。
最初はこんなに数はいなかったはずだ。どうして増えている。凶暴化・魔物化する感染性因子を放出する魔物がいるのか、戦略的に魔物が潜んでいたのか、転移魔法で次々と送り込まれてきたのか、それとも――。
いや、こんなことを考えるだけ無駄なんだ。すべて、くそったれな"
俺という現在の"
「反吐が出る」
"
魔力を媒介として、局所的に気圧を急低下させ、両腕に電位差を生じて増幅を繰り返す。さらに体内の魔性電荷を操作することで、循環させ、全身の雷性を上げる。ついでに曇天の空から雷が誘電し、雨をもしとしとと降らせてしまうが、この地獄のような火を消してくれるならありがたい。
こんなことをさせて何になる。いや、これが俺自身の選択なのだと受け止めろ。
「ごめんな」
紫電一閃。
時はまさしく一瞬。町を横断するほどの距離を刹那に殺した前では俺の感覚でもよくわからなかったけど、この雷を纏った両手は、二百もの魔物の首を刈り取ったのだという実感だけを残している。
両手を放電させては解除し、街角を曲がる。確か合流場所は――ここだ。よかった。彼女は――"ルビー"、もといルベリア王女は無事だ。
「オルタさん! ご無事でよかった」
「……ええ」
「こちらです! ここからなら町の外に出られます」
フードコートを纏った彼女の案内に従い、エンディの町を後にする。もうここには魔物はいないはずだ。だが、掃討した以上は俺の顔もバレてしまっている。仮にバレなくても、この町を救った英雄になる流れだろうと、"
王女を抱え、いくつも積まれた木箱の上を飛び乗り、レンガの塀の上に立つ。この先は森一色。後ろ髪をひかれるように振り返った俺は、騒ぎが未だ治まらない、煤だらけの町を一望する。
「こういうときに出てこねぇでどうすんだよ、メイン」
異世界オルタレーション ~勇者パーティから追放されたレベル999の支援系チート魔術師が追放者同士で最強Sランク冒険者パーティを組むそうだが俺だけが有能だと気づいているのでざまぁされる前に連れ戻したい~ 多部栄次(エージ) @Eiji_T
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