第8話 帰り道
「まあ、今日のところはこれくらいで。太田さんも頭の中が一杯って感じだしね。あまり遅くなったら、ご両親も心配するだろう。そうだな。深川くん。家まで送って行ってあげてくれないか?」
「いいですよ」
「送っていくんなら俺が」
蒲田先輩が口を挟む。
「蒲田くんには今日のことを聞かせてもらわないとね。詳しく具体的にだよ」
「それはまあ分かりますけど……」
さっと立ち上がりトレイを持って返却コーナーに運んでいく深川先輩を蒲田先輩が追いかけていく。
「……すんなよ」
「分かってるって」
「その笑顔が信用できねえ」
「どうもごちそうさまでした」
「いやいや。お礼を言われるほどのものじゃないから」
赤坂先輩はひらひらと手を振る。お店の外に出るともうすっかり暗くなっていた。サラリーマンの帰宅時間と重なっちゃう。混んだ電車は嫌なんだけどな。
私達がたむろしている鼻先の車道に黒塗りの車が止まった。後部座席の扉が開く。
「さあ、乗って」
深川先輩が笑顔で促した。へ? どういうこと?
「それじゃあ、よろしくな」
赤坂先輩は笑顔で、大井先輩は相変わらずのポーカーフェイス、蒲田先輩は不本意そうな表情で手を振った。
「早くしないと後続車の迷惑になるから」
深川先輩に押し込まれるようにして車に乗せられる。
後から乗り込んできた深川先輩は、私の家の最寄駅の名を告げた。すうっと静かに車が発進すると座席の背もたれのところにあるボタンを先輩が押す。運転手さんとの間をガラス板が塞いだ。
「もう話しても大丈夫だ」
「えーっと、この車は?」
「私達が仕事で使うために与えられている専属の車だよ。まあ、ほとんど使うことはないんだけどね。この時間じゃ電車は混雑して大変だろう?」
「はあ」
私の家は車を持っておらず、移動はもっぱら電車やバスの公共交通機関を使っている。車に乗ることは滅多になかった。慣れていない車内に居るせいか、二人きりという状況のせいなのか、妙に緊張してしまう。ほとんど振動がなく、窓から外を見なければ、車に乗っていることを忘れてしまいそうだった。
「今日は色々と大変だったね」
優しい声でねぎらってくれる。
「あの写真のことは心配しなくていい。君はしっかりしているようだし、不用意に余計なことをべらべらとしゃべることはないだろう?」
そう言って貰えてちょっとだけ安心した。どうも先輩の姿を見づらくて、ついつい窓の方を見てしまう。きらびやかな夜景に重なるようにして、私の後ろ姿を優しい目で見ている深川先輩の顔が映っていた。急に顔をしかめるとスマートフォンを取り出す。
「さっきからうるさいぞ。大人しく生徒会長の尋問を受けてろ」
スマートフォンから切れ切れに声が聞こえてくる。
「しつこい」
深川先輩はボタンを押して終話し、ついでに電源も切ってしまった。
「あの。どうしたんですか?」
深川先輩は笑みを浮かべる。
「あのガサツな筋肉ダルマが心配しているんだよ」
「何を心配しているんですか?」
「私が君に抜け駆けをしてアプローチしないかをさ」
言葉が私の頭に浸透するのに時間がかかる。えええ。どういうこと?
「不思議そうな顔をしているね。まあ、こういう言い方は君に失礼かもしれないが、君は私たち、怪異バスターズの紅一点になるわけだからね」
「私まだ一緒に活動するとは……」
「悪いけど、いずれ、どうしても協力してもらうことになるよ。とりあえず話を戻すと、私たちはあんな活動をしているから、女性とお付き合いが難しい。任務のことは絶対に話せないし、約束をすっぽかざるを得ないことも多いからね」
「皆さん、とてもモテそうですけど」
深川先輩は肩をすくめる。この仕草は否定? それとも肯定なのかな?
「それなりにストレスの多い任務だからね。命がけのこともあるんだ。時には誰かに癒されたくなるのも仕方ないだろう? だけど今までは決してステディな相手は作れなかった」
私をひたと見据える瞳が眩しい。
「でも、君は違う。秘密を共有しているし、私たちがどれだけ大変かということも理解できる。まさに理想の彼女になれると思わないかい?」
「言ってることが意味わかりません」
「それに、さっき私たちは君の手に触れることで精神エネルギーをちょっとずつ分けて貰った。その時に君との相性も分かったんだ。白状するけど、私とはばっちりだったよ」
先輩の手が私の左手に伸びてきた。
そおっと何か壊れやすいものに触れるかのように撫でられる。背中がぞくぞくっとする。思わず手を引っ込めると、深川先輩はひどく傷ついたような顔をした。これはズルい。反則だ。まるで私が何か悪いことをしたような気分にさせられる。私は意識して毅然とした態度を示した。
「気を悪くしたなら申し訳ない。ただ、一時のきまぐれでこんなことをしていると思われたのなら誤解だ」
「こんな逃げ場のない状況であんなことをしておいてよく言いますね」
「それを言われると面目ない」
「それに私にだって選ぶ権利はありますから」
「誰なんだ? まさか蒲田じゃないだろうな?」
「違います。先輩たちは今日会ったばかりじゃないですか。私はそんなに簡単に心が動いたりしません」
蒲田先輩は、ほっとしたような、残念そうな表情を浮かべる。
それから私は窓に頭をもたせかけて口をつぐむ。窓ガラスから伝わる冷たさが心地いい。その実、心臓がどきどきしっぱなしだった。本当にリアルのイケメンは心臓に悪い。遠くから眺める分にはいいかもしれないけれど、この距離は近すぎる。ましてや手をつなごうとしてくるなんて。
不意に運転手さんの座席の後ろで小さなライトが明滅した。先輩がボタンを操作すると仕切り板が下がる。
「もうすぐ着きますが、どうしますか?」
フロントガラスの向うに見慣れた景色が広がっていた。最寄駅の地下鉄の入口が見える。
「ここでいいので止めてください」
何か言いたそうだったが、深川先輩は、入口の近くに止めるように指示をした。車が止まると扉が開き先輩が降りる。荷物を抱えて私も続いた。ちょっと迷ったが、運転手さんにお礼を言う。
歩道に降り立つと先輩に頭を下げた。
「送って頂いてありがとうございました」
「さっきは済まなかった」
「分かりました。もう忘れたので気にしないでください」
「ああ。気をつけて」
手を挙げる先輩にもう一度頭を下げると、私は速足で歩き始める。黒塗りの車が私を追い越していく。そのテールランプが見えなくなると私は立ち止まって深呼吸をした。
ああ、危ない。日頃からスマホゲー『一条戻橋の君』で鍛えていなければ、イケメンしぐさにやられるところだった。ああは言っていたけれど、先輩たちは、普段にあまり周囲にいない珍獣を見つけて面白がっているだけだろう。のぼせたら痛い目に合うに決まっている。
家に帰ってお風呂に入り、作り置きのおかずをレンチンして弟の秀明と食べる。帰りが遅かったという秀明に、勉強が難しくて居残りをさせられていたとごまかした。フーンとか言っている。母が仕事でまだ帰って来ていなくて良かったと思った。居れば、きっと何かを探り出されてしまったに違いない。
二人で洗い物をさっと片付ける。秀明が自室に引き上げた。きっと携帯ゲーム機で遊ぶかネットサーフィンでもするのだろう。私も自室に入ってスマートフォンを取り出した。『一条戻橋の君』で現実逃避する。明日からどうなっちゃうんだろう? 頭の片隅にひっかかったものを追い出し、やっぱりイケメンは二次元に限るなと思った。
~プロローグ 完~
本作にお付き合い頂きありがとうございます。ここで一旦終わりです。
続くかはコンテストの結果次第ということでご了承ください。
特別区立怪異バスターズ 新巻へもん @shakesama
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