第7話 先輩たちの立場
大井先輩がどこからか取り出した扇子で赤坂先輩のキャップをぺしっと叩く。
「ほどほどに」
極端に無口な人だとは思っていたけれど、全然話さないわけじゃないんだ。赤坂先輩はハハハッと笑う。
「ごめん。ちょっとからかっただけだよ。大丈夫。太田さんの霊力の量は物凄いから。それからしたら僕が貰ったのはほんのちょびっとだし。まあ、あるとすればお腹が空くことぐらいかな。だから、お詫びに何かご馳走するよ。遠慮なく希望のものを言ってごらん」
「いえ。そんな。気を遣って頂かなくても大丈夫です。全然腑に落ちないですけど、とりあえず説明は聞けたし、もう家に帰らせてもらいます」
床に置いてあった鞄を拾い上げると、またお腹がなった。赤坂先輩はほらね、という顔をする。
「途中で空腹で具合が悪くなったら、本当に申し訳ないからね。ここは先輩の顔を立てると思って」
ぞろぞろと小部屋を出ると先輩たちはあっという間に帰り支度を済ませた。
「あまり時間を取っても申し訳ないから……。ドナドナバーガーでいい?」
先輩たちに取り囲まれるようにして生徒会室を出る。深川先輩だけが少し遅れた。どこかに連絡している。私の教室のある棟とは反対の方向に進み、廊下を曲がってしばらく行った。別の昇降口から外に出る。ああ、ここに出るのか。最寄りの新交通システムの駅に近い通用口の近くだった。すぐ近くのドナドナバーガーに問答無用で連行される。
幸いなことにだいぶ暗くなっていて、他の生徒には出会わなかった。人生経験が少ない私にも、この状況を目撃されることは今後の学校生活で好ましくないということは分かる。一人でも大変なのに、四人ものイケメンに囲まれている逆ハーレム状態。メラメラと羨望の炎を燃やす人はたくさんいそうだ。
そうじゃなくても蒲田先輩に連行されたのを同じクラスの子に見られてる。はあ。明日クラスで何と説明しようか? 実はお化けに襲われたのを助けてもらったことがあって、とか? 不思議ちゃんキャラ認定されるぐらいで許して貰えないだろうか。蒲田先輩はいまどき流行らない熱血漢っぽいので需要は比較的少なそうだけど、お顔はいいし特進クラスだしねえ。
カウンターの前で何か好きなものはあるかと聞かれたので開き直った。ドナドナポテトとジンジャーエールをお願いする。店に入った途端に漂ってくる芳ばしいポテトの香りに我慢ができなくなっていた。ここのポテトフライは時々無性に貪りたくなるときがある。
「んじゃ、後はよろしく」
蒲田先輩を残して、三人は私を地階に誘導した。あれ? 2階席があるのは知っていたけど、こんな下り階段あったっけな? 階段を降り切ると、深川先輩が扉を押して開けてくれる。上の階からは若いお客さんの話し声がしていたのだけど、地階の席には他にお客さんはいなかった。
明るいパステルカラーで統一された装飾や備品は、ドナドナバーガーでおなじみのものだ。二人掛けのテーブルを寄せて6人座れる席がさっと作られた。私は押し込まれるようにして、奥側の真ん中の席に座らされる。ほどなく、蒲田先輩もトレイを持って降りてきた。
トレイの上には山盛りのドナドナポテトとドリンクが5つ。ウェットティッシュで手を拭くと先輩たちはポテトをつまみ始めた。
「ときどきやたらと食べたくなるよな」
四本の手が次々と伸び、つられて私も口の中にポイっと入れる。
イケメンがこんなジャンクなものを食べる姿はいままで想像もできなかった。なんというか、もっと上品なものを食べるイメージだ。まあ、具体的に何だったらいいのかと言われると答えに困るけど。ほかほかと揚がったポテトと塩分のハーモニー。時々口に含むジンジャーエールとの相性もばっちりだ。やっぱり美味しい。
先輩たちは最近見た動画で何が面白かったかというような他愛もないことをしゃべっている。先ほど聞かされたわけも分からない話が本当のことだったのかが疑わしくなった。ずーっと夢を見ているんじゃなかろうか? ポテトを口に入れるついでに、唇の脇を素早くつねってみる。いたたたた。
向かって右に座っている蒲田先輩が不思議そうな顔をした。
「お前、何してるんだ?」
「あ、ケチャップがついちゃったかなって」
笑ってごまかす。
左頬に何かが触れて振り返る。うわわー。そこには顔を傾けた赤坂先輩がいた。カシャ。機械で合成されたシャッター音が鳴る。え? 顔が触れんばかりだった赤坂先輩が体を戻すと深川先輩がスマートフォンを構えていた。
「深川くん。うまく撮れた?」
無言でスマートフォンを裏返す。そこにはまるで、赤坂先輩が私にキスをしているように見える映像が収められていた。とっさにスマートフォンを奪い取ろうとするけれど、僅かの差で手が届かない。深川先輩はスマートフォンを操作する。ピロンと鳴った。うそぉ。保存しちゃったの?
「ちょ、ちょ、ちょっと何しているんですか?」
「んー。決定的瞬間の激写ってとこかな」
「なんでそんなこと」
いたずらにしては度が過ぎている。
「赤坂先輩って、うちの学校内外にファンが多いんだよね。熱烈な親衛隊ができるほどでさ。そんな先輩がキスした相手の子ってどうなっちゃうのかなあ。女の子の妬みって怖い時があるよね」
私の質問に正面から答えずに、恐ろしいことを言った。
「ひどいじゃないですか。悪ふざけにもほどがあります。消してください」
私の抗議を柳に風と聞き流す深川先輩は容器を持ち上げストローに口をつける。
「ごめんね」
横から赤坂先輩が声を出した。
「だけど、今日聞いたことを吹聴されると困るんだ。太田さんが黙っていてくれたら、あの写真が出回ることは無いから安心して」
「しゃべったりしません。それに、そんな話をしたって誰も信用しないですよ。私が頭のおかしい子って思われるだけです」
「そうかもしれないけどさ。万が一にも漏れるわけにはいかないんだ。だって、東京をめちゃめちゃにしたいって人もいるからね。そんな危ない人の耳に入ったら耳寄りな情報だよ。僕たちの活動を邪魔すれば、大変なことになるんだから。それがマズいってことぐらい分かるでしょう?」
「でも……」
「ひょっとしてフリだけじゃ不満だった?」
「違いますっ」
「それは残念」
無邪気な笑みを浮かべる赤坂先輩が憎たらしい。
「それに僕たちは本当は他人にこの話をしちゃいけないことになってるからね。一応僕たちの身分は公務員ってことになってるから、仕事で知った秘密は守らなきゃいけないんだ」
「え? 高校生なのに公務員なんですか?」
「そうそう。僕たちは区の職員になるね。僕は港区で」
赤坂先輩は時計回りに先輩たちを指さしていった。
「江東区、大田区、品川区の職員になってる」
「海のそばばかりですね」
「いいところに気が付いたね。アレは埋め立て地から一定距離以上には離れられないみたいなんだ。例外はあるけどね。それはおいおい教えてあげよう。君も職員になったらね」
「はい?」
「今すぐってわけにはいかないからさ。すぐに手続きはするつもりだけどね。職員になったら、写真も消してあげる。ちなみに公務員って秘密をバラしたら逮捕されちゃうんだよ」
ちょ、ちょっと待って。展開が急すぎて眩暈がしちゃう。
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