擬古文「釘友角上の争ひ」

輪島ライ

擬古文「釘友角上の争ひ」

 遠方なる友やまひに侵されたるとて彼の家居いえゐに招かれ行く。友寝床に転びて聞こえぬことをさえずり、いはく「釘宮くぎのみや釘宮釘宮釘宮うはあああああああああああああああん、ああああああああ、釘宮釘宮釘宮うはああああああ。ああくんかくんか、くんかくんか、すうはあすうはあ、すうはあすうはあ、げにをかしきかをりかな、くんくんんはあ」。あやしきさままどふ我に、友「釘宮の桃色ももいろ金色こんじきなる髪をくんかくんかせまほし、くんかくんか、あああ。あやまちたり、もふもふせまほし。もふもふ、もふもふ、髪、髪、もふもふ、かりかりもふもふ、きゅんきゅんきゅい」とをめく。釘宮とは何ぞやと思ふに家人来てみやこ流行はや草子さうしの姫の名と我に話したり。その間に友寝床にて再び転がり「草子さうし十二集の釘宮いとうつくしかりけり、あああああ、あああ、あああああ。ふああああああん。歌舞伎二幕演じられてめでたし釘宮。うつくし、釘宮、うつくし、あああああ。絵巻二集もひさかれ嬉し、いやあああああ、にゃああああああああああん、ぎゃあああああああああ、ぐああああああああああああああ。絵巻などうつつにあらず、草子さうしも歌舞伎もひしと思へば、釘宮はうつつにあらず。にゃあああああああああああああん、うあああああああああああああ、あさまし、いやああああああああああああ、はああああああああああああん、春来下界はるきげかい、かかる畜生ちくしゃう、打ちめん、うつつなど打ちめ、え、見す、表紙なる絵の釘宮我を見す。表紙なる絵の釘宮我を見すぞ。釘宮我を見すぞ。挿絵なる釘宮我を見すぞ。歌舞伎の釘宮我に言ひくるぞ。めでたし、世俗せぞくいまだ捨つるべきものにあらず。いやっほおおおおおおおお、我に釘宮あり、めでたし鈴木、独りであたふぞ。絵巻の釘宮、いやあああああああああああああああ、あっああああんああああ川澄、堀江、川澄、猪口いのくち。ううううううう、我の想ひよ釘宮に届け、春来下界はるきげかいの釘宮に届け」とてことれぬ。我友のやまひ釘宮疫くぎのみやえきと名付け、草子さうし絵巻を見る者どもに告ぐ。我の話に道行く人、釘友くぎゅう角上かくじょうの争ひかなとろうじたり。そのこと僻事ひがごとなりと我は答ふのみなりけり。




【現代語訳】

 遠方に住んでいる友人が病魔に侵されたということで彼の自宅に招かれて行った。友人は寝床に転がって訳の分からないことを口走り、彼が言うには「釘宮くぎのみや釘宮釘宮釘宮うわあああああああああああああああん、ああああああああ、釘宮釘宮釘宮うわああああああ。ああくんかくんか、くんかくんか、すうはあすうはあ、すうはあすうはあ、いい香りだなあ、くんくんんはあ」。その異常な様子に戸惑う私に、友人は「釘宮の桃色で金色の髪をくんかくんかしたい、くんかくんか、あああ。間違えた、もふもふしたい。もふもふ、もふもふ、髪、髪、もふもふ、かりかりもふもふ、きゅんきゅんきゅい」とわめく。釘宮とは何なのかと思っていると友人の妻がやって来て「都で流行している草子そうしの姫の名前です」と私に話した。そうしている間に友人は寝床で再び転がって「草子十二巻の釘宮はとてもかわいかった、あああああ、あああ、あああああ。ふああああああん。歌舞伎の第二幕も公演されてよかったね釘宮。かわいい、釘宮、かわいい、あああああ。絵巻の二本目も発売されて嬉し、いやあああああ、にゃああああああああああん、ぎゃあああああああああ、ぐああああああああああああああ。絵巻なんて現実じゃない。草子も歌舞伎もよく考えれば、釘宮は現実じゃない。にゃあああああああああああああん、うあああああああああああああ、ひどい、いやああああああああああああ、はああああああああああああん、春来下界はるきげかい、こんちくしょう、やめてやる、現実なんてやめ、え、見ている、表紙絵の釘宮が俺を見ている。表紙絵の釘宮が俺を見ているぞ。釘宮が俺を見ているぞ。挿絵の釘宮が俺を見ているぞ。歌舞伎の釘宮が俺に話しかけているぞ。素晴らしい、俗世はまだ捨てたものではない。いやっほおおおおおおおお、俺には釘宮がいる、やったよ鈴木、一人でできるんだ。絵巻の釘宮、いやあああああああああああああああ、あっああああんああああ川澄、堀江、川澄、猪口。ううううううう、俺の想いよ釘宮に届け、春来下界の釘宮に届け」と言って死亡した。私は友人が侵されていた病魔を釘宮疫くぎのみやえきと命名し、草子や絵巻を読んでいる人々に周知した。私の話に通行人が、「それは釘友くぎゅう角上かくじょうの争いですね」と冷やかした。「その言葉は正確ではないですよ」と私は答えるしかなかった。

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