贈り物

雪珠

 贈り物



 ――名前って、何だろう。



「自分の名前の由来を家族に聞いてみましょう!」


 小学二年生の時、担任の先生がそう言ってB5サイズの紙を皆に配った。

 その時ほど、名前が何なのかわかんなくなった時はないと思う。

 だって名前って、その人を特定するものでしょう?意味なんかあるの?って。


 でも、実は名前ってそれだけじゃなかった。

 遥花ちゃんが言ってた。


「私ね、いつまでも咲いているお花みたいに笑顔でいてねって意味なんだってー!」


 うん。名前の通りいつも笑顔で優しいよね。

 勇太君も言ってた。


「僕、大切な人をちゃんと守れる強い子になってほしいってパパとママがつけたんだ」


 この前、自分も怖がってた犬から妹を守ってあげてたよね。



 家族から聞いて、嬉しそうに言い合うクラスメイト達。なんだか皆キラキラしてた。

 私はその時、お母さんは弟を産むために家にいなくて、お父さんも家族のために働きに行ってたから、代わりに家で家事をしてくれてたおばあちゃんに聞いてみた。でも、


「ねーねー、凪海ちゃんはどんな意味だった?」


 私は皆みたいな素敵な意味はなかったよ。



 






 あれから3年たった。今日は運動会の日だ。


 パーン!


 大きなおもちゃの銃声音と共に、リレーの第一走者たちが走り出す。

 あちこちから歓声が、音楽が、カメラのフラッシュ音が、中央に集まっては反響する。


 私は小学五年生になった。今は固まって整列させられたリレー選手の待機場所から観客席へ、両親の顔を探している。



 改めてまして、私の名前は凪海なみって言います。両親から生まれて初めてもらった今じゃとっても大切な贈り物なまえなの。


 名前を見たらまるで海に近しい両親を持っていると思われるかもしれないけど、私の両親は別に船乗りなんかじゃない。ずっと内陸で暮らしていた一般人。

 ただ、お母さんが私を身ごもった時、テレビで海の風景を偶然見たことがきっかけでついた名前――らしい。おばあちゃんがそう言ってた。


 昔の私はそれを聞いて、何でもない名前なんだと思った。どうせ適当に付けたんだなって。その時には漢字も書けるようになっていて、『凪いだ海』ってインターネットで調べたら、なんだかとってもつまんなかった。


 言葉で表すなら、平坦。無。冷静――?


 私は優秀な子になってほしいと思われていたのか。

 そう気づいたときにはすでに、勉強なんて大嫌いな運動バカと親友に呆れられる子になっていたけど。


 でも両親はいつも嬉しそうだった。よくわからない。

 優秀の「ゆ」文字なんてない子供になったのに、なんでだろう?そういえば、両親から直接聞けてなかったな。だから、ちょっと気になって聞いてみた。




 ――私はなんで凪海なみなの?――





 両親は笑顔で答えてくれた。

 私が思ってもいなかった、とっても素敵な意味を教えてくれた。両親はちゃんと考えてくれてたんだって、それからとっても自分の名前が好きになった。



 私は凪いだ海。

 障害物なんて感じさせない、広くて綺麗で大きな海。必要ならば、その静かな海に波だってたてよう。好きなように伸び伸びと、なんにでもなれる小さいけど大きな女の子――……。



 順番が来る。目の前にはグラウンドに長く引かれた白線と、その向こうで小さくなっていく前走者。

 あの前走者がここに1周して来る時には、私はもうここに立っていない。


 少し緊張する。私がミスをしたらきっと負けてしまう。でも、



「「凪海なみーーーー!!!」」



 遠くから両親の声。

 私は思わず顔に笑みを浮かべ、バトンを受け取る右手を後ろに伸ばして前を見た。





 さぁ、勝利のための波を立てよう!




 パンパーン!!


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贈り物 雪珠 @amayuki_ten

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