冷たいドライブ

尾八原ジュージ

冷たいドライブ

 うちは肉類の卸をやっているので自宅の離れはでかい冷凍庫になっていて、そこにトーヤくんがたまに女の子を入れに来る。

 名簿上、うちの社長はおれのおやじになっているのだが、そのおやじはアル中だし、おふくろは間男に刺されて死んでいるので、おれが何もかもやっている。人を雇うほどの余裕はないが、幸いそれでも仕事は回った。

 トーヤくんは堪え性があるんだかないんだかわからない、とにかくゼロがいきなり百になる類の人間だった。

 めっぽう見た目のいいトーヤくんは、年上のお姉さんたちからお金をもらい、それで家出少女を拾ってヨシヨシするのが趣味だった。彼女たちにどんなワガママや理不尽を言われても、トーヤくんはいいよいいよと言って流す。増長してきた女の子にゴミみたいに扱われ始めても平気な顔をしている。だがある日突然ちょっとしたことで――たとえば女の子が玄関にあったトーヤくんの靴をちょっと踏んだとかそういうことで――手がつけられないほど怒り狂うのだ。

 スイッチが入ったトーヤくんは、無言のまま女の子に掴みかかって殴ったり首をしめたりバスタブに漬けたりする。で、瀕死になった女の子を、うちに持ってくるのだ。

「なるみちー、これ冷凍庫に入れといてよ」

 我が物顔である。

 とはいえおれも、例の冷凍庫でキンキンに冷やした鉄棒を女の子に押し当てているときが一番興奮するという業の深い性癖もちなので、トーヤくんが持ってくる瀕死の女の子は正直助かる。そういうわけで、おれたちは共存関係にあった。

 で、うちの冷凍庫には豚肉のでかい塊とかに混じって、全身に細長い凍傷の痕がついた女の子の死体がふたつばかり転がっているのが常だった。さすがにみっつあると邪魔なので、おれは女の子を持ってきたトーヤくんに「前のやつがあるからちょっとなぁ」という。そうするとトーヤくんは頭を掻いて「そうだったっけ?」と言い、「んじゃ捨てにいくかぁ」と続けるのだった。

 死体は大抵おれの車で捨てに行った。ハイエースの後部座席は、トーヤくんの普通車よりも死体を積むのに向いている。女の子を家に運び込むと、おれはいそいそと冷凍庫に鉄棒を取りにいき、トーヤくんは別の部屋で煙草を吸い始める。ひとしきり楽しんだ後で女の子を冷凍庫に突っ込み、代わりに死体を一体取り出して、いよいよこいつを捨てにいく。

 車でちょっと走ったところに自殺のメッカがある。でかい川に橋がかかっていて、そこの橋から落ちると死体がなかなかあがらない。そういう場所だった。

 その夜、トーヤくんはビンテージのジーンズに、八万円くらいしたというTシャツを着ていた。おれは上下ジャージ姿で、冷凍庫にある女の子の死体ふたつのうち、古い方を出してきてワゴンに積んだ。

 トーヤくんは助手席、おれは運転席に乗り込む。カチンコチンに凍った女の子はブルーシートに包んで、まぁ例のスポットに行くまではさほど溶けないということは、おれたちは経験則で知っている。

 少し走ると工場地帯に入る。ただでさえ少なかった人気はここでほぼ完全に消える。こんな時間にも稼働しているのか、夜闇の中に灰色の煙を吐きだす煙突がいくつも聳え立っている。

 この巨大な建造物群の中にいると、まるでとてつもなくでっかい怪物の体内に迷い込んだような気分になる。そこでは人間は無力で、怪物の意思ひとつで生き死にが決まるのだ。たとえばここのどこかにあるかもしれない溶鉱炉の中に落としたら、女の子の氷漬けの死体なんて溶けてなくなってしまう。女の子だけじゃない、おれもトーヤくんもそうだ。元々人間が作ったはずの施設なのに、大きくしすぎてもう制御することができない。おれたちはちっぽけで、やることなすこと全てがくだらない。

 妄想をしながら工場地帯を抜けると、大きな川と堤防、そして橋が見えてくる。橋の手前数メートル、堤防の上で車を停めると、おれたちはトランクから死体だけを引きずり出した。カチンコチンの体から、薄い氷がぱりぱりと車内に落ちた。

 誰もいない橋の袂までいくと、おれたちはせーので死体を投げ落とした。トーヤくんは欄干を掴み、もう見えねーやと呟いた。

「さーて、帰ろうか」

 おれがうーんと背伸びをすると、トーヤくんが「待て」と言って、おれの袖をひっぱった。

 橋の向こうに車のライトが見えた。

 おれとトーヤくんは急いで堤防に戻り、車の影にしゃがみ込んだ。じっとしていると、どうやらタクシーらしいその車からひとが降りてきた。ひとりだ。

 車は走り去り、人影はだんだん橋の真ん中に歩いてくる。若い女の子だ。白いひらひらのワンピースを着ている。長い髪が風になぶられている。

「おーい! ちょっと待って!」

 突然トーヤくんが立ち上がり、女の子の方に走っていった。なにか話していたかと思えば、彼女を連れてこちらにやってくる。

「なるみち。この子、自殺しに来たんだって」

 女の子は真っ青な顔をして、ガタガタ震えている。トーヤくんはその肩を優しく抱いた。

「まぁキミ、早まらないでちょっと考え直してさぁ、おれたちと飯でも食いにいこうよ。おれたち肝試しに来てたんだけど、なんも出ないから帰るところでさ。ね? 死んだっていいことなんかなんもないって!」

 生きてたってないけどな、という言葉をおれは飲み込む。

 トーヤくんは紳士的な態度でおれの車の後部座席のドアを開け、手早くブルーシートを端に寄せて、女の子をシートに座らせた。

「きゃっ、なんか冷たい」

 そう言って、彼女が細い指につまんだものは氷だった。さっき捨てた死体にくっついていたやつだろう。トーヤくんはにこにこ笑いながら、

「あー、ごめんごめん。今日クーラーボックス積んでたから、たぶんそれに入ってたやつだわ。なぁなるみち」

 などと言う。おれも「そうだな」と返す。トーヤくんは女の子に一旦どいてもらうと、ダッシュボードに入れてあったウェットティッシュで座席をさっさっと拭った。

「ありがと」

 女の子は嬉しそうに微笑んで、トーヤくんのきれいな顔を見つめる。キラキラした目をしている。おれなんか眼中にない。まぁそんなことはどうでもいいのだが。

「んじゃ帰ろうか。おれ腹減っちゃった。あっ、キミには奢るよ」

「ほんとぉ? ありがとー」

 女の子は、さっきまで死のうとしていたとは思えないほど明るい声を返してくる。

 助手席に乗り込んだトーヤくんは、おれを見るとこっそりささやいた。

「あの子、おっぱいでかいな。なるみちくん、好きだろ」

「大好き」おれもささやき返した。

 さてあの子はいつ頃うちの冷凍庫にやってくるかな、と思いながら、おれは車のエンジンをかけた。

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