第2話 会郷藩(あいごうはん)

 会郷藩の城下、主城を高く見上げる膝下に機甲寮の一つ八部寮がある。

 大きな看板の下に男性入場禁制と書かれた案内が特徴だ。

 そんな武家屋敷に騎甲装兼龍を載せた専用台車が低速で進入する。

 人力でも引き馬でもない。運転席の座る木江が動力源を兼ねる。

 機甲装が安全な速度で整備蔵の中に運び込まれる。

 八部寮の整備蔵は東西に扉を持つ吹き抜け構造をしている。大型台車の入出に便宜を図った造りだ。

 台車を升乃が誘導する。


「往来、おーらい。よっしゃ、とまれー。

 おい、雛路ひなじ。車輪止めをかけるのは木江が原動落としてからにしろよー」


 後半は蔵の隅で待機していた小さな少女に向けたものだ。黒と黄色の寄り紐で二つ一組に繋がれた大振りのクサビをいくつも持っている。


「いちいち言わなくてもいいやい」


 雛路が舌を出して言い返す。耳が少し尖り瞳の光彩が縦に割けた狗族くぞくの少女だ。

 木江が方術を解き台車の表示灯を消すと、雛路が台車を廻ってクサビを全ての車輪に留め具として置いてゆく。

 台車から降りた小艾が兼龍を見る。


「それで、このボロヨレの武家領はどうしようか。今のままじゃ整備用の吊るしに移すに移せないしねえ」


 蔵の中には大きな枠組とそこから垂れる太縄がある。

 小艾の横に並んだ升乃が両手を上げる。


「あたしの腕じゃ、あの若旦那みたいなことは無理だぞ」

「元から枡乃は簡単な移動しか出来ないじゃないのさ」


 一見、台車の上で横たわる機甲装兼龍は普通に見える。

 外見から解るのは右手の人差し指が根本から割れ折れているぐらいか。

 両つま先が互い違いの方向を向いていたり、左側だけ妙に怒り肩なのは、解る人間からすると重大な懸念材料だ。

 面は天井を向いているが、これは専用枕か固定しているから。実際は首関節が一番危うい。

 木江も溜息を吐きながら同僚たちに提案する。


「とりあえず私たちで外せるだけの鎧を剥ぐところからね」


 今度は整備蔵の援操板席に座り、兼龍の状態を投影表示させる。

 至るところに破損や断絶といった言葉が並ぶ。

 ひししと小艾が笑った。


「膝丸寮が台車に乗せるのを手伝ってくれてよかったねえ。

 自称若殿は小北波羅様に連れていかれちまったし」


 枡乃が言う。


「髭切奏者が座間鳶ざまとび様なのもよかったな。

 兼龍を丁寧に扱ってくれたし、小北波羅様にも八部寮に非が無いことを口添えしてくれると言ってくれたし。

 悪いのは正体不明のあいつで八部寮の落ち度はないとか、格好良かったー」

「出来るならここにいらして、吊るしまで手伝って欲しかったわ」


 木江の過剰要求を小艾が嗜める。


「一応この屋敷は藩主邸宅の一部だ。アタシたちが勝手に客を招くのは問題になるわな」


 枡乃も続く。


「ただでさえ兼龍を壊した沙汰も降っていないからなー」


 硬い表情の木江が呻くように言葉を絞り出す。


「ひとまず損傷箇所を書き出しましょう。調べるだけでも時間が掛かりそうだけど」


 雛路が三人に声掛ける。


「それより先にメシにしようぜ。ハラへったぞ」


 母屋から割烹着姿の少女がやってきた。八部寮の事務方を務める十羽白とわしろだ。


「みなさんお疲れ様。お夕飯の準備はできてるわ」


 親友の登場に木江の顔も綻ぶ。


「ありがとー、十羽白ぉー」

「今日の試合は大変なことになったみたいね」

「大変なんてもんじゃないわ。もうクタクタだよ。これからどうなるのか、お先真っ暗だもん」


 枡乃が横たわる大騎甲装を指さす。


「飯の前に、兼龍の芯鉄しんがねだけは外しておこうぜ」


 小艾が台車の腕型重機に取り付く。


「了解、さっさと抜いちゃおう」


 胴鎧を腕型重機で持ち上げ、枡乃が内部に入り込む。

 背骨に埋め込まれている長細いの金属板を取り外して出てきた。

 金属板には『機甲装八部兼龍』の銘が彫られている。

 木江が持ってきた木箱に金属板を仕舞う。

 それを大事に抱えて、五人の少女は母屋に戻っていった。



 むかし昔の話。

 すめらぎおわします京宮ノ都に鬼の群れが現れ、人々を襲い街を荒らしはじめた。

 暴虐をはたらく鬼たちを退治しようと勇猛果敢な武士たちが挑む。

 しかし鬼たちは強く、返り討ちにあってしまう。

 誰も止められないと鬼の横暴は激しさを増す。

 これに憤慨した一人の若者が知恵を絞り、ある武器を作り策を練る。

 まず鬼のかいなに対抗する為、木々を組み合わせた大きな鎧を作った。

 そしてこの鎧で二つの山と三つの森を一晩で走り抜け、鬼の根城へ奇襲をする荒唐無稽な作戦を打ち立てる。

 仲間を募り、八つの鎧を用意して若者たちは計画を実行に移した。

 策は見事に当たり、大きな鎧は鬼の集団を散り散りにさせた。

 発案者の若者は勝利の証として美しい鬼の姫を手に入れ、鎧の一つを皇に納める。

 その後、藩領の一つを賜わまでになった。

 功績を上げた木の鎧は機甲装武家七領と名付けられる。


 その後は用済みとなり、機甲装は各武家の蔵にしまわれひっそりと朽ちてゆく。良くて催事で見世物になる程度と思われた。

 しかし因果は揺れ振れた。

 ことの起こりは大乱収まりし時、騎甲装最後の晴れ舞台と目された新春の式典。

 余録の御前試合を組んだところ、各所からの反響が凄まじかった。

 機甲装の巨体が別の方面から持て囃された。

 大雑把で結構。大物同士が競う姿は見栄えが良い。

 一太刀振るわれれば激音を鳴らして得物が交錯し、当たれば丸太ほどもある腕が弾け飛ぶ。祭好きな人間たちに興奮するなというのが無理な話だ。

 始祖七家はこれを好機とした。

 鬼を打ち倒す力を伝え残すため、鬼に打ち勝つ技を磨くため、機甲装を広めよう。

 こうして七つの原型を元に多くの複製が作られた。

 騎甲装の始祖である七家以外にも、他の武門や商家を後援に持ち、機甲装を運用する処まで出てきた。

 騎甲装を持つ家を寮と呼び、騎甲寮同士での取組が季節ごとの催し事として定番になった。


 そして時代はくだり、今---。



 会郷藩須木すき城。

 その一室で一志嬉野いしきの雄志太ゆうした是時これときは上座壇上に寝転がる母親と向き合っていた。

 周囲では家臣たちが雄志太を値踏みしている。

 本当に彼は鼓暁丸こぎょうまる様なのか。産まれてから御身体が弱く、養生先でお亡くなりになったと言われていたが。

 囁かれる言葉に我関せずと雄志太は悠然と座している。

 小北波羅こぼくはらが息子を手招いた。


「刀を見せい」


 言われ雄志太が腰から短刀を鞘ごと抜き、脇に控える女中に渡す。

 女中が小北波羅の側により短刀をささげる。

 短刀を受け取った小北波羅は、爪先だけで目抜きを押し抜きなかごを抜き出した。

 刻まれている家紋を確かめる。

 今度は刃を握り血を吸わせると、刀身が赤黒く変色した。


「紋と鬼殺しの力。確かにこれは我が息子へ贈った名取りの祝いだ」


 家臣たちのざわめきが大きくなる。

 短刀を女中に返し傷けた自分の手の平を舐め、鬼が言う。


「家紋は極刑を恐れなければ複製できようが、鬼殺しは容易に為せるものではない。

 鬼殺しを打つには鬼の血肉が必要。しかも施すなら槍の穂先にするが妥当。それを短刀造りにする贅沢は、我が家だから出来たこと。

 この刀は鼓暁が静養で出藩する折り、妾が下賜した指二本で拵えた護身刀に相違無い。

 『雄志太』は、この子が産まれた時に逸る旦那が名付けたもの。極限られた者しか知らぬ名よ」


 一同を見渡す小北波羅。


「なにより此奴は兼龍を操った。

 これこそ正に、兼龍芯鉄しんがねとの帯刀たてわきの儀を交わした一志嬉野の者である証。

 以上、妾の息子である証拠を三つ重ねておる。

 皆の者、異があらば今此処で唱えよ。

 逃さば次代の藩主が決まろうぞ」


 重い沈黙が返答となる中、初老の男が進み出る。


「よろしいでしょうか、御台みだい様」

沢瀉おもだか寮の丹幅たんはばか。申してみよ」

「彼を鼓暁丸様と認めることは揺るがないでしょう。

 それは此度の騒動を思えば最低限の下地ですから」


 初老の男性は険しい顔で語気を強める。


「状況を真に御解りですか?

 いかに鼓暁丸様とはいえ湧き出る形で無敗の兼龍を黒く塗られては、各寮の戦意が削がれます。

 それは二重の敗北に追いやるという行為ですから。

 特に相対した膝丸髭切の奏者座間鳶ざまとびにとっては……」

「御老中のおっしゃる通りです」


 話に割り込んだ雄志太が、畏まって頭を下げた。


「母上、まずは試合を妨げた沙汰を願います」

「悪びれるわけでもないくせに言いよる。

 二人とも最期の役者が来るのを待て」


 口を閉ざし一応に下がる丹幅の横睨みを、雄志太は素面で流した。

 丁度襖が僅かに開けられ、入室者がやってきた。


「支度手間取り遅れまして申し訳ございません。

 膝丸寮奏者、座間鳶ざまとび敏次郎としじろう芳弦ほうげん。まかりこしました」

「程良い頃合いじゃ。入れ」


 主の許可を得て入ってきた座間鳶は雄志太と並んで座る。

 年頃は雄志太を同じぐらいで、横に座る藩主の息子をきつく見据える。

 小北波羅が後列の一人を呼ぶ。


「源太寮の奏者よ、出よ」

「お呼び立て恐縮にございます。

 源太孫衣まごぎ奏者、後鳥蔵ごとくら寅蔵とらぞう鞍人くらんど。ここに」


 若者二人より年嵩の増した男性が進み出て並ぶ。

 三人前に小北波羅が立つ。


「もとより妾が兼龍を手操たぐれぬことに端を発する武家七寮以下各寮の白星献上。

 日頃から修練に励んでいる者たちには、心苦しく思っておった。

 ならば愚息がしでかしたこの機を逃さずはおれまい。

 真に会郷藩の強者を決めようではないか。

 三者とも異論ないな」


 並ぶ奏者三人とも承諾の頭を下げた。



 藩主代行小北波羅こぼくはら御台所みだいどころは八部寮大機甲装兼龍が扱えない。

 これは体格や筋力の問題ではなく、種族的な体質に由来する根深いものだ。改善の余地がない。

 しかし機甲寮筆頭がいながら、取組に参加しないのはていが悪い。

 そこで形だけでも兼龍を闘技場に置き、小北波羅が勝ち星をあげた事にした。

 対外的には小北波羅の兼龍が常に全勝優勝する運びだ。

 余計に体裁が悪くなっている気もするが、こうでもしないと奏者が生身で出場しかねない。


 雄志太は、最後の試合で兼龍に一敗を負わせることで、勝ち星が同数の機甲装を三領にした。

 それにより、長らく規定だけの存在だった優勝決定の三つ巴戦を行わなければならなくなった。

 本騒動を軽くまとめると、以上である。



 座間鳶が伏したまま発言する。


「恐れながら、御台様に申し上げます。

 本騒動に置きましては八部寮のみを責め立てるのは……」

「解っておる。

 居るはずのない本来の奏者が動いたのだ。

 兼龍の奪取は娘どもだけで防げるものではない」


 ゆっくりと頷く領主に、座間鳶が今一度深く伏す。

 北小波羅が息子に話しかける。


「さて、鼓暁よ。

 そなたが壊した兼龍じゃが、復旧の算段はあるのか?」


 雄志太が笑う。


「もちろんです。そうでなければ整備不良の筐体を手操りませんよ」

「ならばよい。

 遅くなったが、兼龍共々八部寮を元服祝いとして貴様に渡そう。

 砕けた機甲装の仕立て直しを、騒動の禊ぎとみなしてな」

「これでようやく武家七寮筆頭が自律できたわけです。

 うれしいですね。

 兼龍もそうですが、俺の室となる八部寮がどれほどのものか。

 今から楽しみです」


 雄志太の言葉に座間鳶敏次郎が僅かに身を浮かすが、後鳥蔵寅蔵が着物を掴み引き止めた。放言した若殿を凄みを増した眼で睨む。

 小北波羅が念を押す。


「兼龍の普請に妾は一文の銭も出さぬ。

 これも罰じゃ。己の懐だけで仕立て直してみろ。

 加えて、今後一切の計らいも無いと心に留めておけ」

「過分なご配慮、痛み入ります」


 白々しい息子を小北波羅が鼻で笑い、声を張る。


「本場所の優勝決定戦取組を今ここで申し渡そう。

 日取りは二日後、初戦に出逢うは八部兼龍と源太孫衣!

 寮に戻り次第、試合に向け備えよ。

 とくに鼓暁」


 鬼女が息子を見下しあざける。


「我が物と主張する機甲装兼龍。明後日までにしかと直せよ」


 僅かに頭を上げた雄志太も笑い返す。


「しかしそれがしの名は雄志太と名乗りましたが、みな、鼓暁鼓暁と弄られますね」

「此程の事態を招いておいて、須木すきの者たちが快く受け入れると思うてか。

 なにより親の手を焼かすのは童子わらしの証よ。

 雄志太と呼ばれたければ、今回の巴戦、見事勝ち抜いてみせよ」

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