第7話 方術士の雄志太

 雄志太が街を歩く。

 日も暮れ、人の行き来も無くなった通りをゆっくりと進む。

 昼前からこうして須木の城下町を散策し続けていた。

 当然ながら尾行には気がついている。

 それも一人だけでなく、いくつかの集団で追い回されている。

 尾行相手の予測はつく。むしろこちらが引き付ける側だ。上出来と自分を褒める。

 日中はうまく誘導できていた。

 しかし夜となると自分を追う集団が、減ったと感じた。

 さすがに無駄足を踏ませているとバレたか。見切りをつけた組織が出てきた。

 そろそろ八部寮に帰ろうかと思案する。

 振り返って、足を戻す。

 残った集団のうち、一つが楽しそうな動きをし始めた。

 殺気だ。しびれを切らしたのか、それとも元から計画通りなのか、とにかくやる気を出してきた。

 これに乗らなければ、今日の徘徊が嘘になる。

 嬉しそうに笑う雄志太は小道に進み、より暗い場所へと入ってゆく。

 袋小路に詰まったところで、踵を返す。

 入口側に派手めな装束で如何にもな男たちが数人いた。全員白木の短刀ドスを握っている。


「にいさん。どちらにお向かいで」


 男たちの先頭に立つ逆髪に剃り込み入りが低く問いかけてる。


「実は帰り道に迷っているんだ。機甲装寮の八部はどちらにある?」


 平然と嘘を並べる雄志太に対して、男たちは短刀を構えた。


「残念ながら案内できるのはあの世だけだ」


 台詞が終わらぬ間に男たちが切りかかってきた。

 冷静に対応する雄志太。


乱破らっぱ法螺ほら! いななきいなく!」


 腕を突き出し周囲の空間を方術でする。ぱーんと音が鳴り、男たちが体勢を崩す。

 認知混乱の術に、先制を失う襲撃者。

 今更に男が誰何する。


「て、てめえ。なにもんだ!」

「それすら知らずにいるとなると、城や寮の人間ではない。……賭場関連のヤクザ者の、さらに鉄砲玉といったところか」

「訳知りに言ってんじゃねえ」


 男の一人が立ち眩みを堪えて短刀を振るう。

 そんな意気の無い攻撃なら簡単に避けられる。反撃に水月すいげつを打ち気絶させた。


「まだ尾行している健気な組織に土産をやらんとな」


 雄志太が余裕を見せて挑発する。


「なめてんじゃねえぞ」


 叫んだ男たちが雄志太に迫る。全部で4人。

 袋小路に入っているので雄志太はこれ以上下がれない。人数で押し込む気だろう。


「我がかいなは鉄鋼なり」


 振り下ろされる短刀を方術補強した腕で弾く。

 摺足すりあし一歩、踏み込んで相手の胸部を痛打する。めしりと雄志太の掌底が胸骨にわずかにめり込んだ。

 そのまま突き飛ばし後方への妨害に使いつつ、次の相手に向かう。


「調子に乗るんじゃねえ!」


 今度は短刀による突き。

 対し雄志太は素早く身を屈め、足払いをかける。

 腰を浮かした男の首に回し蹴り一撃。これで3人目が気絶。


「半数がやられたぞ。まだ続けるか?」


 倒れた男たちを見ながら雄志太が言う。

 残った2人は血走った目で叫ぶ。


「ガキの使いをやってんじゃねえんだよ!」

「お前がくたばれ!」


 男たちは同時に切り掛かってきた。

 無情にため息を吐く雄志太が切られる。


「それは残念」


 切られた残像に男たちが驚くより、背後から両手突きで左右一人ずつ昏倒させる。


「さて、こいつらの記憶を吸っても背後関係は探れなさそうだし。

 ここは素直に帰るとするか」


 のびている男たちを残して雄志太が歩き去っていった。

 後片付けはその筋の者におまかせだ。





 同じく、深夜。

 八部寮の整備蔵は、まだ昼中の明るさを保っていた。

 天井吊るしの強力な照明器具が、煌々と蔵内を照らしている。

 照明が灯されてから、木江このえはずっと操援板(モニター)と鍵盤(キーボード)に噛み付いたままである。

 この数刻、全体の調律に指を動かしていた。眉間には深い皺が寄っていた。

 兼龍のどこをいじろうにも、一箇所を正せば別の場所で不具合が出る。そんな終わりのない土竜叩きを続けている。


「きっーーー!

 どうして機甲装って無意味に複雑なのよ」

「人体を倍化させて作ったのだから、複雑さは無駄じゃなくて必然よ。これでも循環器系が無いだけ、人間より圧倒的に簡易な造りになっている。病人を相手するお医者さんは、もっと大変なのよ」


 爆発する木江。隣に座り同じ作業している瀬世せぜが冷静に突っ込む。さすがの瀬世も手こずっている様子だ。

 枡乃ますのは木造巨人の筋肉に、最後の補強として薬湿布をあてがっている。木製でも肉には相違無いので、こうした外部補修もできる。


「物理的な修理が終わっても、内部調整がそんな調子じゃあなあ」


 枡乃の後を追って、十羽白とわしろ小艾おもぐさが二人がかりで外装を戻していっている。


「それでも思ったより早く修繕が終われそうですね」

「とわしろー。それは最後に残った右手が、どれだけ難物かわかってない発言だぞー」

「わたし機甲装はそんなに詳しくないから。そんなに難しいの?」

「今、木江がふんぎゃろしながらやってることの十倍は難しいね。それを短い時間で仕上げなきゃいけないんだから、難易度的には最難関だろうさ」

「やる前から気力を砕こうとしないで。アイツが言ってきた仕事の中で一番無茶苦茶な注文なんだから」


 ちらりと横を見る木江。


「最後にはおまかせできますよねー」

「残念ながら、最終的にこそ木江ちゃんにやってもらわないと行けない部分よ。普段からどのぐらいの力加減をしているのか。左手との比較なんて、私にはわからないんだから」


 残念そうに瀬世が断る。


「くぅっ。こんな状態なら、アイツに対して恨み言を並べるぐらいは許されるはず。

 バカヤロー! 放蕩息子! 我まま御曹司!」

「次期藩主に食らいつくとは良い度胸だ」


 枡乃が快活に笑う。瀬世も苦笑する。


「外まで聞こえているぞ。主人の陰口を叫ぶとは本当に無礼なヤツだな」


 雄志太が帰ってきた。


「そっちは須木の観光で御機嫌でしょうけど、わたしたちは働き詰めなんだから。多少は大目に見なさいよ」

「それだけ口を開けるならまだまだ大丈夫そうだな」


 雄志太は瀬世を見る。主の促しに答えた。


「作業は滞り無く予定通りに。とはいえ元から詰めに詰めた時間割りなので猶予はありません」

「なれば、良し。明日、というかもう今日の時間だな。

 動かせるまで直せる区切りが付いたら寝ろ。残りは俺がやる」


 木江は呆れ怒った。

 最初に莫大な作業量を指示しておきながら、見込みがついたら休めという。

 これはいわゆる。


「本当はわたしたちが直しきれるか、信用していなかったの?」

「こればかりはやってみないとわからないからな。ここは素直に謝り感謝しよう。

 よくぞ兼龍を直してくれた」


 雄志太の態度に方術整備担当は激怒した。


「ふざけないで!

 そんな勝手なこと許せるわけないでしょ!

 わたしたちを便利な道具扱いしておいて」

「しかし、普請作業の他に取組中の対処もあるんだ。休みなしで働かせるわけにはいかんだろ」

「こんな中途半端な時間で休めって言う方が無茶振りよ!」

「そこでこいつの出番というわけだ」


 雄志太が袖から取り出した物を木江に手渡す。


「羊羹みたいに贈り物で機嫌を取ろうなんて……。

 ってこれ、睡眠圧縮の術符!?」


 自分の手の中にある物を見て、驚きより悲鳴に近い叫びを上げる。

 枡乃が木江の手元を覗き込む。


「なになに?

 その紙って腰を抜かすような価値があるの?」

「純然たる軍事機密よ!

 兵隊さんの稼働時間を確保するための術なんだから。民間に卸されるなんてありえないんだし」


 睡眠圧縮。眠る時間を短縮させる方術だ。

 効能は単純。短い時間で熟睡できる。

 簡単な内容に思えるが、これを扱えるかどうかで方術士の価値が劇的に変わる。

 作業効率が断然に良くなるからだ。

 実時間が短く、かつ快眠できるとすれば、需要がどれだけあるかわかろう。

 ましてそれを他人にまで反映させられる道具化できるとしたら、ただの器具を超えた兵器の分類にすらなる。

 なので、昔から質の良い睡眠関連の方術はお上から厳しい取り締まりを受けていた。


 闊達な笑い声を上げる雄志太。


「そこまで仰々しく反応してくれて嬉しいぞ」

「大げさじゃないわよ。こんなものまで用意しているなんて、兼龍の修繕に本気なのね」

「最初からそう言っているだろ。

 そら、作業に区切りをつけろ。極上の寝入りを味あわせてやる」


 小艾の口元がふにふにと歪む。


「気持ちいい眠りって、聞き方によってはいやらしい言い方っすね」

「下品な事を言ってないで、さっさと休め。疲れて理性が薄れているんだ」


 雄志太に追い立てられ、木江たちは母屋に下がっていった。

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大機甲装 鼓暁丸 石狩晴海 @akihato

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