第6話 機甲装の修理

 一方の八部寮。

 半壊した機甲装を修繕するその様子は、時間に追われてのことで切迫していた。


「もういっちょいくぞ」

「よし来い」


 カッツーン!


 枡乃ますのの応に、雛路ひなじが大木槌を振るう。作業台に載せている右足の脛部分にかすがいを打ち込む。折れた右足の接合作業だ。

 前面に伸ばされた右足は大きな作業台に載せられ、接着剤で繋がれた箇所を何度も殴打されていた。

 兼龍の太ももに枡乃が跨がり支え、雛路が力の限りを尽くしてる。

 瀬世せぜは鎧を剥がされた兼龍の筐体を探っては、交換で直せそうな部品を剥がしてゆく。

 瀬世から渡された部品を見て、木江このえは新しい物の確認と精査を行っていた。

 筐体を構成する部品は数多い。管理番号なども膨大な量になる。

 これだけ大量の物資を用意した雄志太が、いかに本気で事構えているか。伺い知れるというものだ。


「みんな、大丈夫?

 疲れてないかしら?」


 全員を見渡し瀬世が声をかける。

 枡乃が笑い返す。


「まだまだイケますよ。姐さん」

「ぜんぜん元気だぜ」


 大木槌を握って雛路も笑う。

 木江は心配そうに整備蔵の外を見る。


「どちらかというと、あっちが一番気にかかるところね」


 小艾おもぐさは整備蔵から少し離れた場所で、ござを広げてミノを振るっている。

 扱っているのは新しい兼龍の右手、それを慎重に彫り上げている最中だ。


「くふ、くふふっふふ……」


 時折聞こえる含み笑いが不気味だが、順調に進んでいると願いたい。


 母屋から十羽白とわしろがやってきた。


「お昼は握りにしたわ。みんな、ここから離れられないでしょうからね」

「あら、もうそんな時間かしら」


 瀬世が顔を上げて陽の高さを見る。


「正確にはもうお昼過ぎちゃってます。ちょっと遅いぐらいですよ」

「作業に集中していると時間が過ぎるのも、あっという間ね。

 それじゃ一休みしましょう」


 雛路が飛びつく。


「うっひょーい。飯だめしだー!」

「こら、せめて手洗いとうがいはしなさい」

「へーい。ホント木江って口うるさいよな」

「あんたに落ち着きが足りないだけでしょう」


 言い合いながら流しで順に手洗いして、昼食にありつく。

 思い思いの場所に腰をおろして握り結びを食む。

 十羽白は一人動かない小艾を心配する。


「小艾を呼んできましょうか?」

「集中している限りは作業を続けさせてあげましょう。肝心要の右手ですからやりたいようにさせてあげて」


 瀬世の言葉に頷いて十羽白が下がる。

 米を食みながら枡乃が兼龍を見上げる。


「午前中掛けて終わったのが鎧剥ぎはぎと右足を治すだけかぁ。

 機甲装を本格的に整備すると時間がかかるな」

「今のペースなら夜中には筐体の準備が終えられるくらいね。その後の方術調整は早朝まで続くでしょうけど」


 瀬世の予測に崩れ落ちたのは木江だ。


「本当に徹夜作業なのね……」

「右手の皮作りに溶剤漬け込みも一晩中掛かるから、誰一人として手が空くことはないわよ」


 柔らかい笑顔で恐ろしい強行軍を言い渡す瀬世。


「それじゃあ覚悟を決めて早速とやっちまおうぜ」


 指を舐めて枡乃が立ち上がる。


「もう右腕は分解してもいいんっすよね」

「ええ、構わないわ。交換する筋肉束は解るかしら」

「外したのを小江に渡せばいいんだな」

「分解の順番を無視して壊さないでよ。交換品だって一式しかないんだから」

「わかっているってば」


 枡乃が大型ノミを拾い上げて兼龍に取り付く。

 右腕の甲冑は外されおり、機甲装の筋肉が丸見えだった。

 一番外側の筋肉束が接着されている箇所にノミを差し込むと。


「ふんぬっ」


 力を込めて削り剥がす。

 とはいえ、そう簡単にことは進まない。


「うわ、固った。雛路、ちょっと腕と術を貸してくれ」

「りょーかい。柔らかくなれー、なれー、なれー。こんなもんかい」

「よしよし、いくぜ。ほりゃ!」


 二人掛かりで作業に当たる。雛路の方術で接着剤を乖離しやすくして、力技を枡乃が担送する。時には玄翁を使って強引に外す。


「私たちは交換できる箇所をやってしまいましょう。十羽白ちゃんは使った部品の管理をしてちょうだい。こっちの操援板(キーボード)で書き込んでくれればいいから」

「わかりました」

「ここからが本当の修繕って感じね」


 気合を入れ直す小江。


 しばらくして少し日の陰りを体で感じ始めた頃。


「よっしゃ、できた~!!」


 整備蔵の外、敷かれたござの上に寝転んで小艾が叫ぶ。

 傍らには掘り起こされたばかりの新しい右腕が雄々しく突き立っていた。

 他の面々が様子を見に整備蔵から出てくる。


「そんなところで転がったら木屑が付いちゃうわよ」

「今なら気にならないだぜー。とはいえ、まだやすりかけしたいところもあるし、完璧ってわけじゃけど」


 瀬世は右手の出来を見てうなずく。


「よくできているわね。

 それじゃ液漬けの準備も平行して始めましょ。

 小艾ちゃんは一度休憩。お腹すいたでしょ。ご飯を食べてね」

「ありがございます姐さん」

「すぐにおにぎりの準備するね」


 立ち上がり全身の木屑を払う小艾と、先に母屋に小走りで向かう十羽白。

 枡乃が瀬世に問いかける。


「作業を増やすにしても、人の配分はどうすんですかい?」

「小艾ちゃんには手首作成の主導をしてもらうわ。枡乃ちゃんがお手伝いしてあげて。

 溶剤に漬けている間は手を離せるから、みんなで筐体の組み立てね」

「りょうかいっす」


 首肯返した枡乃は台車から組み立て式の角桶を引き出すと、整備蔵の空きスペースに広げる。

 天井吊るしの滑車を移動させ、新しい兼龍の右手を吊り下げる準備を始めた。


「硬化剤と軟化剤の作り方は私が指示するわ」


 瀬世の言葉に従って水を元に、様々な薬品を入れては混ぜる。


「これ、すっげぇ臭えんだけどお」


 雛路が角桶から遠ざかって泣き顔をしている。鼻をつまんで眼前を手で扇ぐ。

 木江のでさえ匂いが気になるのだ。嗅覚に優れる狗族くぞくである雛路には辛いものがある。


「今晩だけよ。我慢しなさい。文句を言う前に、作業を続ける」

「それでもさー」


 渋る雛路に瀬世が手ぬぐい一枚持って来る。


「風を整え、若草の香りを。ほらこれで口元を覆っておきなさい」


 吸気洗浄の方術を掛けてくれた手ぬぐいを受けとり、結びつける。

 意外と快適になった呼吸に、最年少の少女がお礼を言う。


「あ、これ、いい具合だ。ありがとう」

「どういたしまして」


 握り飯片手に小艾が戻ってきた。


「ほいじゃ、最後の仕上げといきますか」


 手に持っていた結びを食べきると、溶剤ができるまで鑢で右手を微調整する。


「次は筋肉を剥がした兼龍の骨を見ていきましょう。援操板で状態を確かめてあるから、重症のところから順番に補強材を流し込むわよ」


 補強材が入った器を瀬世から渡され木江が顔をしかめた。


「うわ。こっちはもっと臭いがキツイ」

「これは他のみんなも手ぬぐいを巻いた方が良いわね。

 え~い」


 瀬世が人数分の臭い避けの手ぬぐい(マスク)を作ると、全員で装着した。

 吊るされている兼龍を囲う足場に登り、骨格の走る罅に補強材を流し込む。

 箸を一本の先を差し込んで補強材を伝わせて流し込む。

 溢れた分をヘラで削ぎ落とし形を整える。

 一箇所ごと丁寧に作業する度に、援操板の危険表示が消えてゆく。

 地味な動作が続き、日も傾き夕方になっていた。

 小艾が手を止める。


「こんなもんかな。手首の彫りはここまで。時間切れだね」


 木江が意地悪い笑みで問いかける。


「自信の程は?」

「最初にしてはばっちりじゃん。後は若様が気に入ってくれるかどうかだね」

「それじゃ早速皮作りを始めましょう。小艾ちゃんは爪の作成に取り掛かってね」

「ほいほい。手際よくやっちゃうよー」

「これはどうするんすか?」


 枡乃が一抱えはある手首を持ち上げて運ぶ。


「最初に漬けるのは柔軟剤ね」

「わっかりましたー」


 天井吊るしの滑車の先に右手を結び付け、角桶にどぼん。

 後は手の肉部位ができるまで待つだけ。

 手隙きになった小艾は、後で貼り付ける指爪の切り出しに入った。

 全員で同じ作業に当たっているとはいえ、骨格の補修が終わるのにしばらくかかった。


「次は筋肉の貼り直しよ。頑張っていきましょう」

「はーい……。本当に半年分の仕事を一日に圧縮しているみたいだわ」

「弱音が吐けるうちは大丈夫な証よ。どんどんいくからね」


 木江は瀬世の笑顔が怖かった。

 だが、それらを感じ入る間もなく手を動かす。

 着々と組み上がってゆく再生兼龍。

 何度目かになる枡乃の言葉。


「左肩の位置はこれでよし。木江、接着を頼む」

「繋ぐ強き、えーい、面倒臭い。くっついちゃえ!」


 投げやりな方術詠唱で筋肉部品を骨格に貼り付ける。


「こらー。手抜きは絶対に駄目だからね。ちゃんと作業すること」


 現場監督からの注意が飛ぶ。


「はい。すみませんでした。以後気をつけます」

「わかればよろしいのです」


 時折息抜きを挿みながら仕事は続く。


「そろそろ右手を漬け変えの時間だな」


 整備蔵の壁掛け時計を見て、爪造り中の小艾が言う。


「ほいじゃ引き上げるぜー」


 滑車を巻き上げ軟化剤から取り出す。

 手首を丁寧に拭き取り、今度は硬化剤へ入れる。


「これ何回繰り返すんだ?」

「20回はやりたいところね。本当に一晩かかりの漬け込みよ。

 本来はもう少し日付に余裕を持って行う物だから、どうしても強行軍になってしまうわ」

「どうしてこうなったのかしら。

 そう。元はと言えば、事の元凶はどこいったのよ」

「お城や各寮から出された密偵と丁々発止の大暗躍中だと思うわ」

「なんだってそんなことに……」

「表面としては御曹司で子息とはなっているけど、疑う人はどこまでも探りを入れてくるでしょうから。

 ここ八部寮を騒動に巻き込まないよう、一日中街を移動し続けているはずよ」

「囮役ですか? 雄志太様自らが」

「対外の取りまとめを自分でするって、意味が違うじゃない」

「それほど完璧でもないけどね。実際この蔵も朝から何人かに監視されているわけだし」

「えっ!?」


 全然気が付かなかった。思いもしない事態に木江が周辺を見渡す。普段と何が違うのかわからない。


「直接的な手出しはないから安心して。

 機甲装の修繕をするだけなら荒事にはならないから。

 さあ、作業を続けるわよ」


 緊張感を滲ませながら、筐体組み立てに戻る。

 時刻は進み、深夜。

 雛路が櫓を漕ぎだした。


「おい。起きろ、雛路!」

「……はっ、あたしはなんなん?」

「これは流石に停止命令ね。雛路ちゃんはここまで。今日は休みなさい」

「あたしはまだやれるぜ!

 ……っ、いけるいける」

「体力の池の底が見えているわよ」

「ほら、無理を言わないで休みましょ」


 十羽白に連れられて狗族の少女は母屋に下がった。


「ちくしょう。いつかお返ししてやる。おぼえてろー!」

「なんに対しての遠吠えなのかしら」

「未来の自分じゃね」


 木江と枡乃が首を傾げ合う。


「他のみんなも辛かったら素直に言ってね。

 疲労で倒れられでもしたら、私がお叱りを受けちゃうわ」


 水辺を故郷とする胡族こぞくの女性が、柔らかく笑った。

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