第5話 腫れ物扱い

「頼もう!

 明日の取り組みについて諸事詰めるため雄志太が参ったぞ。誰かある!」


 豪奢な建物の前で雄志太が声を張る。

 目の前にあるのは機甲装協会本部会館である。

 決闘場を区切る須木川と並び建つ大館だった。


「お前こそ誰だ。なんだその物言いは!」


 門番が前に出てきて仗を向けた。


「やはり、昨日の今日では連絡が付いてないか」


 雄志太は尊大な態度のまま、どうしたものかと思案する。


「押し通るのも一興か。いや、ここで騒ぎ立てるのは得策ではないな」


 不敵に笑うと独りごちる。


「不用ならとっとと去れ。今日は忙しいんだ」


 警備の者が威嚇に仗を揺らす。


「その忙しい理由が俺なんだがな」


 どうしたものかと考えていると、丁度初老の男が付き人数名を従えてやってきた。

 それを見た雄志太の顔が明るくなり呼び止めた。


「これは丹幅たんはば殿。良き時に来た。

 明日からのご用事済ませるため足を運んだ次第。

 取次を願いまする」


 大げさな身振りの若者に顔の皺を深くする丹幅福持ふくもち和寿よりとし

 ため息をつきながら門番に指示を出す。


「そちらのお方をお通ししろ」

「よろしいのですか?」

「構わん。無礼打ちを受けたくなければ極力関わるな」


 言って足を早める丹幅たち。

 雄志太は彼らの後を悠々とついて行く。

 一同が会館に入り雄志太から切り出した。


「さて取組の仕切り役であり沢瀉おもだか水華みすばなの丹幅殿には、甚大な迷惑をお掛けして申し訳次第もございません」


 ともすれば無礼と受け取られる低姿勢に、周囲の雰囲気が凍る。肌に針を刺されたような緊迫感が生まれた。


「すぐに膝丸と源太も集まるでしょう。こちらでお待ち下さい」


 丹幅は固まる空気を打ち破り雄志太を一室に通す。

 己の呼称に片口端だけを釣り上げる雄志太は、それでも言葉に従い入室する。


「目付けに2人残れ。ただし語らず触れずだ」


 本人のいる前で部下に命令を出すと、丹幅は退出していった。


「どうせ獣の息子だよ。俺は」


 雄志太は部屋の窓際にどっかと座り、外に見える決闘場を眺めた。

 ちらりと、目線だけを室内に戻す。

 引き戸の前には2人の男が立って控えている。

 丹幅の命令に沿えると自信のある者たちだろう。佇まいに隙きが無く、威圧感さえ発している。頑として雄志太とは言葉を交わさぬとの意思が目で見えるようだ。

 火薬扱いの若者が暇を持て余す前に、次の来客があった。

 年重三十前後と見られる偉丈夫、後鳥蔵ごとくら寅蔵《とらぞう》鞍人《くらんど》。

 明日の三つ巴に参加する源太げんた孫衣まごぎの奏者である。


「御免、遅れましたかな?」

「大事ない。こちらも来たばかりだ」

「昨晩は大した挨拶もできず失礼しました」


 今度は後鳥蔵ごとくらが慇懃無礼に振る舞う。

 まるで先程までのやり取りを見ていたような意趣返しである。


「いやいや、大元は後鳥蔵殿の責ではなく俺がしでかしたことだ。謝られるほどのことじゃない」

「それでしたらよかった。ご心象が悪うならずにすみました」


 十は年下の少年を視線で斬りつけながら、機嫌取りをする後鳥蔵。

 言葉の内容と重圧が逆転してる。


「しかし昨日より気になっていたのですが、鼓暁様は差料さしりょうをお持ちにならないのですか?」


 実は丸腰の雄志太を見やり、後鳥蔵が問いかける。

 帯刀は一種の身分証明を兼ねている。

 もし雄志太が刀を持っていれば、門番とのやり取りは発生しなかっただろう。


「今は兼龍の普請に全財産をあてている。質に入れられるものなら、なんでも放り込むさ」

「なるほど、得心いたしました。何事にも全力というわけですかな。不用心に座す程には」

「そうだな。今ここで斬りつけられれば、俺にはどうしようもない」

「若様は御冗談が上手ですね。

 ここで囲まれても、切り抜けられる自信がお有り故に、お一人で乗り込んでいらしたのでは?

 八部寮の女中たちがいては足枷になってしまいますから」

「ふふ、もしかして大立ち回りを期待しているのか」

「ははは。昨日の登場を見てしまっては警戒もするというものです」


 不気味に笑い合う2人。


「逆に、腰を空けているのは無手を相手取ると躊躇させるためですかな?」

「さて、どうだろうな」

「せめても竹光で取り繕うなどはしなかったのですか?」

「ああ、それは考えてなかった。感謝する。明日にでも用意しておこう」


 表面上は穏やかな部屋に、今度は2人連れがやってきた。

 髭面の男と若人の組み合わせ。

 最初に髭が口を開いた。


「ご挨拶は初めてですな。

 拙者、膝丸寮の寮主、加治木かじき喜三郎きさぶろう幸昌ゆきまさと申します。

 座間鳶はすでにご存知ですね」


 髭面の後ろに控えているのは、昨晩城で見た座間鳶敏次郎。膝丸寮の機甲装髭切の奏者だ。

 座間鳶はきついまなこで雄志太を睨んでいる。

 まるで加治木が2人の間に立ち、衝突を防いでいるようだ。

 そこに事務官を伴った丹幅が戻ってきた。

 部屋の空気を一瞬で察するが、軽く無視する。


「揃ったところで話を始めようか」


 丹幅の指示で机が用意され場が整えられる。

 四角形に置かれた机にそれぞれが座り、会議が開始される。

 上座、丹幅。左、後鳥蔵。右、加治木と座間鳶。下に雄志太という配置だ。


「先に鼓暁様にお伺いします。進行の内容を事細かくした方がよろしでしょうか?

 常の習いなどはご存知でしょうか」

「問題ない。そちらが危惧している方向性は解る。

 昨日の乗っ取りは真に必要だから行ったのだ。

 取組の規定規則は仔細まで把握している。

 それに八部寮の奴らもいるんだ。まかせろ」


 座間鳶が胡乱な者を見る目を雄志太に向けた。

 対戦させられた当人としては信じられないといった様子だ。

 丹幅は咳払いをして進行を続ける。


「なれば、結構です。

 とはいえ機甲装の三つ巴、決めることは少ない。

 どの順番で取組を行うかの一点と言って良い」

「よろしいでしょうか、丹幅殿」


 後鳥蔵が手を上げる。


蔵三くらぞう、なにか妙案でも」


 初めて聞いた名前に雄志太の脳内で変換式が立ち上がる。

 後鳥”蔵”の寅”蔵”の”鞍”人で、”くら”が3つ。通称、蔵三。なるほど、親しい間での渾名というわけか。


「最初は拙者と若様、次いで敏次郎と当たらせてください」

「その心はどこにある」

「昨日の一番では蚊帳の外でしたので、ここで奏上した黒星がお預けした物であることを印象つけたいのです」


 後鳥蔵と同期の加治木が呆れる。


「要するに目立ちたいだけか」

「優勝を賭けた一戦、心持ちは重要だぞ」

「ならばその提案受け入れよう。最後は座間鳶と鼓暁様でよろしいですかな?」


 丹幅の問いかけに座間鳶が雄志太を一瞥する。


「……畏まりました」

「俺もそれで構わないぞ」


 恭しく承る座間鳶に対して、軽い感じで返答する雄志太。


「それでは細かい時間については、決まり次第追って各寮へ使いを走らせます」

「いやはや、滞りなく事が進んで気持ちがいいな」


 雄志太の笑い声で部屋の緊張感が高まる。


 これほど雄志太が意識されているのは、機甲装の取組を邪魔したことの一点がとても大きい。

 兼龍の乗っ取り及び黒塗りは、それだけの一大事である。

 日頃から心身共に尽くして稽古に励み、試合を勝ち抜いてきた者たちからすれば、酷い割り込みだ。

 更に小北波羅の子、唯一の一志嬉野家の人間ということで罰が軽いというのもある。

 これは兼龍の芯金操作、名取りの短刀、古くからあった元服名。3つの証立てにより疑えるものではないが、それでも本当に雄志太が女藩主と親子であるかは信じがたい。


「それでは明日、存分にしあおうぞ」


 彼らの感情に、雄志太は素知らぬ顔で部屋の外へと退散する。


「……おい」

「はっ……」


 丹幅の一言に付き人が一人応え、音を殺して雄志太の後を追う。

 他の3人も尾行について何も言わない。

 しばしの部屋が沈黙に落ちる。

 雄志太を監視外に置くことを良しとしないのは、解りきったことだからだ。

 最初に後鳥蔵が切り出した。


「腕は確かではある。少なくともこの部屋にいる間は、ずっと臨戦態勢を保っているだけの技量はあった。

 こちらの抜刀の素振りにも、平然としていられる胆力もある」


 呟かれたのは雄志太への評だった。

 加治木も頷き返す。


「昨日見せた奏者としての力量を考えれば順当な話だ。流派は分かったか」

「おいおい。俺は仙人様じゃないんだぜ。座った相手の全てを見切るなんてできるか」


 同期の気安さで言葉を交わす2人。

 座間鳶が苛立ちを隠せず立ち上がる。


「本場所をいたずらに乱されたのですよ。いくら推定で鼓暁丸様だとしても、もっと強く押してよかったのでは」

「それで流れが変わるならな。相手は従前入念に準備していたであろう強力な方術士だ。せめて切り札といえる裏がとれるまで、表面だけでも取り繕わなければならん」


 加治木が若者を諌める。


「ですがっ!」

「昨晩にも昔の療養先へと人を出した。いくら丁寧に偽装しようと大本から暴かれては、誤魔化しきれまい。

 半月後には再度の真偽の沙汰が降りるだろう」


 今度は丹幅が状況を説明する。

 各寮たちも小北波羅の言葉を鵜呑みにせず、独自に調査へと動いていたのだ。


「しかし、ですねえ」


 それでも落ち着かない様子の座間鳶に、後鳥蔵が目を細める。


「何かこれ以上の話があるのかい?」

「いえ別に寮がどうこうとは言わないのですが」


 決まり悪そうにする座間鳶が可笑しいのか、加治木が口を開いた。


「こやつ、八部寮の事務娘に懸想を掛けておりましてな。鼓暁様がかの寮の寮主となっては、気が気でないのだ」

「加治木様!? そんな、ことをどうして!?」

「各寮への挨拶で彼女らが廻ってきた時のお前の態度。あからさま過ぎてこちらが赤面するぞ」


 口をきつく閉じて赤面する座間鳶。耳まで赤い。

 若者らしい恋話に、はははと大人たちが笑う。

 軽く頷く後鳥蔵が言う。


「昨晩、藩主様に八部寮への処罰を緩められるように進言したのは、そういう背景があるわけか」

「なにか、問題でも?」


 気恥ずかしさに声を大きくする座間鳶。


「いやはや。人様の恋路を邪魔するなら、切り捨てられても文句は言わさんってことだ」


 後鳥蔵の笑いは獲物を見定めた獣のそれであったが。

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