大機甲装 鼓暁丸

石狩晴海

第1話 始まりは暁(あかつき)に

 吾がさと

 春、初風に

 身を緩め


 上の句を読み上げて、はたと止まる。

 確かに東には日の出に明ける空が広がってるし、冬を抜けた柔らかい風に身を震わせることはない。

 詩の通りだが、この後をどうするのか思い浮かばなかった。

 ここは春に彩られる会郷藩あいごうはん主上の城下町に続く街道。

 ゆったりと進む荷台に揺られ、下の句を思い悩む。


「途中で止めるぐらいなら、唐突に唄わないでくださいよー」


 中途半端ですねーと御者が呆れている。

 読み手は懐に仕舞った金板に触れて、言の葉を春風から聞き取る。


 あかつきつづむに

 からくれないと


「『くれない』は色の『紅』と時間の『暮れない』。

 さらに、空と合わせた『からくれない』で『絡繰れない』。

 居もしない存在に操られているわけでないと」


 解説する御者に向けてどうだと笑う。

 御者は黙って荷車を進める。


 読み手が背を見せる御天道様は、その姿を地平から浮き上がらせた。


 行く先は約束の地。

 旅の終わりが、近づいていた。





 少女木江このえの目の前で、八部寮の専用台車から巨人が起き上がる。

 巨人は騎甲装きこうそうと呼ばれる木造絡繰りの武者だ。

 丈十尺(約3m)に及ぶ木製の偉丈夫は装飾が多く付いた鎧兜を纏っている。


「勝手に兼龍を動かしているのは誰だ!!」


 木江の後ろで本来の奏者そうしゃ(操縦者)である枡乃ますのが叫ぶ。枡乃は操縦用の軽具足を着ている。


「枡乃じゃないの!?」


 振り向いて木江も驚く。

 兼龍は台車に積まれている大太刀を掴み引き抜き、対戦相手に向かって走る。

 場所は川縁に半円を描く白砂の闘技場。中央に準備を済ませたもう一つの機甲装がいる。

 走り寄った兼龍と打ち合いを始めた。

 観客席からは困惑のざわめきがする。

 木江は慌てて台車の援操板(モニター)席に座り、兼龍の現状を机の上に立体図面(ホログラフ)で写し出した。


「なにこの奏者の術力、並の倍以上もあるじゃない!」


 驚きながらも援操板を素早く操り兼龍の奏者へ通信を送る。


手繰たぐっている人、今すぐに止まって! それは藩主様の機甲装よ」


 額枠のみ(サウンドオンリー)での返事が来た。


「先刻承知。しかしこの兼龍は俺の鎧でもある」


 若い男の声だった。

 彼と戦っているもう一つの機甲装きこうそう膝丸ひざまる寮の髭切ひげきり。闘技場の向かい側にある膝丸寮の援操板席からも緊急通信で状況説明を要求される。


「小娘ども、これはいったいどうなっている!」

「わかりません。強い方術士が兼龍を乗っ取ったとしか……!」


 言葉を発している間も機甲装同士の戦いが続く。

 藩主用の観覧席で着物を着崩し寝ころんでいた野性味ある女性、この会郷藩の藩主代行小北波羅こぼくはらが立ち上がる。

 重ね着物の襟が崩れるのも構わず大声で下命する。彼女の額には短い角が生えていた。


「妾の一領を奪い式の進行を害するとは許すまじ所行。この際兼龍の破壊もやむなし。膝丸寮の髭切よ、咎人を引きずり降ろせ!」


 小北波羅の叫びを背に受けて、髭切が勢いを増す。

 これを兼龍は髭切の頭上を飛び越えて避ける。

 目立つ挙動に観客が盛り上がる。

 髭切の斬撃を兼龍は毬の様に跳ねて避ける。

 援操板には無茶苦茶な動作で自壊する兼龍の内部が表示される。

 派手に動く度に鎧で隠されている部分が壊れてゆく。

 木江は顔を青くする。悲鳴に近い叫び。


「たださえ兼龍は試合ができる状態じゃないのよ。動くのをやめて!」


 返答は無い。

 木江にもう一人の同僚である小艾おもぐさが話しかける。


「いやー、これだけ肉も骨もやれているのによく動くねー」


 眼鏡を掛け、手に工具(モンキーレンチ)を持つ小艾。いかにも技師な外見だ。


「小艾は冷静に見てないで止めるの手伝ってよ」


 枡乃も援操板を見て驚く。


「折れた骨や断たれた筋を奏者の方術で代用しているのか。すごい力技だな」

「感心してないで、どうかして」

「無理無理、あんなのに飛び込めないって」


 木製巨人が大太刀を撃ち合う場は、生身で飛び込めるものではない。

 小艾も援操板(モニター)と試合場を交互に見ながら頷く。


「ふむふむ。でもこれ確実なことが一つあるよね」

「なにか知っているなら言って」

「アタシらは会郷あいごう藩のあるじ小北波羅こぼくはら様の大切な騎甲装、武家七寮の一つ、八部寮の兼龍を預かり賜っているわけだからさ。

 持ち主が観ている御前試合で乗っ取られるなんて大問題だよねー」


 小艾がはっはっはっと闊達に笑う。

 何が自慢なのか胸を逸らして笑い声を天に響かせる。対照的に木江は頭の血が滝の勢いで下がるの感じた。


「ああ、最悪の展開だわ」


 貧血で暗む頭を支えて試合場に目を移す。

 二つの機甲装は打ち合いを止めて、一度間合いを計り合う。

 枡乃は真剣な眼差しで試合場の騎甲装を見つめる。


「兼龍の攻撃は兜飾りを狙っているな。もしかして、試合をしているつもりなのか?」


 木江は言い返す。


「春の式典をこんな大事にしておいて?

 腕に自信があるならどこかの機甲寮に弟子入りすればいいのに」

「そうだよな。何を考えているんだ、兼龍に乗っている奴は」


 睨み合いから先に動いたのは髭切だ。前進して突きを放つ。

 兼龍は飛んで避けず、突きが飾りに命中して兜から外れ落ちる。

 援操板には兼龍から方術の効果が消え、手酷い損傷表示だけが残った。

 兼龍は腕を広げて大の字に倒れる。


「……はっはっは!

 あーはっはっはっはっ!!」


 拡声の方術を使い兼龍の奏者が笑う。一度だけ応えた若い男の声だ。


「さすがは流石。膝丸寮髭切の奏者は高い技量を誇っている。

 この兼龍の敗けだ、敗け!」


 それを聞いた木江の腹の底、臍の奥から怒りの熱量が放射される。


「負ける前提で兼龍を奪って壊したの。一体何様のつもりよ!」


 観覧席の小北波羅も怒りの叫びを上げる。


「此度はなんの戯れだ! 答えよ、鼓暁丸こぎょうまる

 機甲装に孕まれておらずと顔を見せい!

 それとも再び母の手で腹から引きずり出されたいのか」


 金糸が編み込まれた派手な上着や肩掛けを払い、襦袢一枚の薄着となった小北波羅が閲覧席からの一跳躍で闘技場の河原に降り立つ。

 そのまま倒れている兼龍に早足で近づいてゆく。

 場の混乱は突発試合よりも増していた。藩主代行の言葉を誰もが信じられなかった。

 女藩主は首謀者の声から相手を特定したようだ。


「藩主様の子供って、確か幼少に御隠れあそばれたんじゃ」


 木江が小首を傾げて脇の二人を見る。枡子も小艾もこくこくと頷く。

 倒れたままの兼龍に異常が発生、立体図画に表示。方術を再び全身に巡らせ再起動する。

 あわてて木江が叫ぶ。


「兼龍はまだ動きます!」


 機甲装は跳ね起きると、無遠慮に近づいてくる藩主代行に向かって拳を叩き込む。

 これには警備の兵も観客達も、闘技場全員が度肝を抜かれた。

 しかし、小北波羅の身体は突き飛ばされるどころかしっかりと地に立っていた。

 振られた巨人の腕を女の細腕が受け止めていた。

 いや、女藩主の腕は細くなかった。

 その筋肉の盛り上がりは、巨人の鎧に施された飾りに劣らぬ陰影の筋を彫り込んでいる。まるで鉄像のようだ。


「……なんの真似だと聞いている。腕ではなく、口を使え」


 大拳を払い除け、怒りの女鬼が今一度問い命じる。

 呼びかけに応じ兼龍の胴鎧が少しだけ持ち上がり、腹の隙間から奏者が滑り落ちてきた。

 動力を無しくた兼龍が再び河原に倒れる。

 闘技場全ての視線が乱入者に集まる。ついに姿を晒した主犯は若い少年だった。

 歳ところ木江や小艾の一つ二つ上で身体の線は細くみえる。

 奏者用の軽具足を付けておらず、気取り者のよう彩色派手目の平服だ。

 木江が驚く。 


「具足無しであんな動きをしたの!?」


 枡乃も同調する。


「軽具足を付けずに動かすと、体中打ち身だらけになっちまうのに。

 無理やりな方術駆動と併せて大した奴が現れたな」


 小北波羅が目の前に現れた少年に向け言い高に話しかける。


「久しいな、鼓暁。

 妾のかいなで泣き喚くだけの貴様が、よくぞここまで大それたことを仕出かせるようになったものだ」

「そのような端ない姿で土の上を跳ね回る御母上に云われましても。

 なにしろ俺は獣の息子ですから」


 歯を剥いて威嚇する母、刺のある言葉で返す少年。

 比べて見ると確かに二人の顔立ちはそこはかとなく似ていた。

 小北波羅の嫡子は亡くなったはずだが、やり取りからして本当に母子のようだ。

 疑問に思って横にいる小艾に聞いてみる。


「……小北波羅様って、御何歳おいくつになられるんだっけ?」

「アタシが覚えている限り、子供の頃から今の御姿だったよねぇ。

 まあ半鬼の人だから外見の年齢はあてにできないわさ」


 母親と相対する鼓暁丸が腰の短刀に手をやる。

 一瞬緊張が高まるが、抜刀ではなく鞘ごと取られ母親の前に翳される。


「それに俺の幼名は終わりました」


 精密繊細な装飾を施された鞘頭を見せる。


「我が名は一志嬉野いしきの雄志太ゆうした是時これとき

 ここで御母上に奏しつかまつる」


 会郷藩の御曹司雄志太が持つ短刀は、元服の儀に使われた銘入りの品だ。名取り烏帽子親えぼしおやが名を改める相手に贈り証とする祝いの物。

 短刀を前に藩主代行が顔を苦く歪めた。


「その名と刀を此処で示すか」


 雄志太が手刀の軽い一振りで拡声の方術を増大すると、両手を広げて上奏する。


「全戦不敗の八部寮兼龍に黒塗りの星が印された。

 これにて一敗の寮が三つ巴で並び立つに相成る。

 騎甲装武家七寮による頂上決戦の指揮、この雄志太を八部の寮主に据えて執り行われますよう、ここに願い申し上げます」


 最後に口端を上げて小北波羅に笑い掛ける。


「もとより八部寮と兼龍は、雄志太の名を冠する折に戴ける話だったと覚えております」


 不遜な息子を前にして何を考えたのか、藩主代行もこれに同意する。


「よかろう。久しい愚息との再会だ。これも久しい七寮同士の巴戦と参ろうではないか!」


 女主の宣言に闘技場が湧き上がる。

 木江は首を傾げる。


「えっと、……どういうこと?」


 小艾が説明する。


「ようするに、あの若様がアタシたちの新しい旦那さまってことだろね」

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