第4話 日常

「……俺を怖がらせる演技までしてたんだ。」


 全てを知っていながら篤の反応を面白がっていた晶は、楽しそうな顔をして歩き出した。


「刺激的な夏になったでしょ?」


 篤が滞在する日程に盆踊りも組み込みたくて指定していただけだと考えていたが、どうやら甘かったらしい。



 篤は家に戻ると、祖父の部屋を訪ねた。


「色々と教えてもらったんだ。……夜中に出掛けてることも知ってる。」


 篤の一言を聞いた祖父は、「そうか」とだけ言って室内を見せてくれた。パソコンのモニターが幾つもあり、地域一帯の大きな地図も置かれており、こちらが本当の秘密基地のようになっている。

 トランシーバーからは、作業をしている人たちの情報が聞こえてきた。


「今は、ドローンの手入れをしてたんだ。」


 祖父が静かに教えてくれる。


「……今度、俺にも教えてよ。都会でやるのは、なかなかに難しいんだ。」


 篤の言葉を聞いて、祖父は嬉しいそうな顔を見せた。

 もっと早く祖父とこんな会話が出来ていれば良かったのだが、それが意外と難しかったりもした。それでも、もっと大人になってから知らされて、何も返せないまま後悔だけ残してしまうよりはマシなのだろう。


 祖父の本棚に並んでいる背表紙は、ドローン操縦・魚釣り・昆虫の飼育方法とバラエティに富んでいた。

 そして、晶の言葉を裏付けるような本まで発見してしまう。


――『街コン』についての本まである。本気で、帰省してきた孫たちの出会いの場にするつもりなのか?


 タイトルだけで複雑な感情にさせられる本棚だった。


――俺も、昔は祖父ちゃんから色々教えてもらったんだよな。


 壁には篤の写真も何枚か貼ってある。その写真に少しだけ違和感を抱きながらも、小さい頃のことを思い出していた。



 次の日、篤は盆踊りの時間まで祖父母の手伝いをすることにした。台所で祖母の手伝いをしている時、篤は自分の写真を見つけた。祖父の部屋でも見た写真ではあるが、


――あれ?中学の卒業式の写真だ。……こんな写真、俺も知らない。


 篤自身も知らない写真であり、もちろん両親も持っていないはずの物だった。その写真について聞こうとしていると、祖母が話しかけてきた。


「……篤、こんな物も用意してみたんだけど、良かったら着てみない?」


 盆踊りが始まる前、祖母が篤に浴衣を勧めてきた。普段の篤であれば断っていたかもしれないが、


「ありがとう。せっかくだから着てみるよ。」


 素直に応えることができた。たったこれだけのことでも祖母は嬉しそうな顔を見せてくれる。


 帰省している家族たちが一同に集まり、盆踊りの会場は賑わう。その中に浴衣姿の晶もいた。


「今日は何してたの?」


「家の手伝い……。ここにいる時は、それが正しい時間の使い方だと思うんだ。」


「私とお散歩するよりも?」


「あぁ。」


「そうなんだ。……せっかく、お祖父ちゃんたちの狙い通り篤君と付き合ってあげても良いかなって思ってたのに。」


「数年ぶりに会っただけで、そんなことにはならないだろ?」


「そんなことないよ。小さい頃は篤君に優しくしてもらってたんだから、ちゃんと好きだよ。」


 突然の告白に戸惑いながらも、篤は軽く聞き流すことにした。


「そんな昔の記憶だけで告白されても信じられないね。」


「昔の記憶だけ?……それだけだと思う?」


 晶は篤の顔を覗き込むようにして聞いてきた。


「……また、からかってるんだろ?俺はアキラ『君』だと思ってたんだから、もう騙されない。」


「えー?騙してないよ。勝手に思い込んでただけでしょ?」


 確かに篤が思い込んでいただけではあるが、男の子だと思って一緒に遊んでいたのは事実である。それでも、篤には年下の男の子と楽しく遊んだ記憶しかなかった。


「……明日、帰るんだろ?」


「うん。篤君は明後日だったよね?」


 時間の流れは変わらないはずだが、田舎の時間の流れは遅く感じてしまう。



 晶が帰る日になったが、篤は祖父と一緒に秘密基地の監視小屋に行ってみた。

 壁掛けの扇風機もあり、木に囲まれて日陰になっているので想像以上に涼しく感じる。木の上にあるとは思えないほど安定感があり、快適で完璧な造りになっていた。


「……子どもたちが作った秘密基地が一望できる。」


 この時点で「子どもたちの秘密基地」は秘密ではなくなってしまっていたが、子どもたちは気付いていない。この小屋の方が秘密基地だった。


 秘密基地で遊んでいる子もいれば川で泳いでいる子どももいる。手伝いを申し出たが、臨機応変な対応するため高齢者とは思えない機敏な動きを繰り返すので、篤がついていくのもやっとだった。


 移動する道も、子供に隠れながら道なき道を走り抜けていく。それも、片手にトランシーバーを持ち、空いた手には次の遊び道具まで持っている。


――これは予想以上にハードだぞ。


 当初、篤は動き回る老人たちを見つけることができず気配だけを感じていたが、慣れてくると見つけることが出来た。あちらこちらで老人たちが走り抜けていく光景は壮絶で、これに加えて夜中も作業しているのだから驚嘆させられる。


――孫に来てもらいたいだけで、こんなにも頑張れるんだ。


 長い人生で培った技術を余すところなく活用して、新しい技術も積極的に取り込む。そして、体力の限界まで使って帰省した孫たちをフォローし続けていた。


――これはこれで、人生を楽しんでるのかもしれないな。


 寂しさもあったが、生き生きとしている姿を見るのは嬉しくもある。これが終われば、また勉強や練習を繰り返して、次の準備を始めるのだろう。


 そして、晶たち家族が帰る時間になり篤は見送りに行った。


「楽しめた?」


「あぁ、それなりにね。」


「……連絡先、交換する?」


「いや……。『名取晶』が女の子だって記憶を上書きするのが先だから、次に会う時でいいよ。」


「それじゃぁ、次に会ったときは、ちゃんと名前で呼んでくれる?」


 名前を呼べていなかったことを指摘されてしまう。女の子として意識していたことがバレていたので、篤は恥ずかしくなってしまった。



 最終日は昼食を済ませてから帰路に就くことにしていた。


「正月も遊びに来るよ。……来年の夏は、こっちで受験勉強してもいいかな?」


 嬉しそうな顔で「もちろん」と言ってくれた祖父母に篤は感謝していた。

 いつまでも変わらずにいられるわけではない。元気に笑い合っていられる時間を大切にしなければならないことに気付かされた。


 田舎の夏は終わっても、すぐ冬の支度が始まって、来年の夏に向けて忙しい毎日は続くことになるのだ。



 夏休みが終わり新学期が始まると、予想外のことが起きた。


「次に会った時には、『晶』って呼んでくれる約束でしたよね?……藤井。」


 休み時間に廊下ですれ違った女子は不敵な笑みを浮かべて篤に声をかけてきた。


「えっ!?……同じ高校だったのか?……もしかして、ずっと知ってた?」


「先輩が帰省しないから、代わりに報告しておきました。中学生の時も。」


 祖父の部屋と台所にあった卒業写真の謎が解き明かされた。そして、祖父母が隠した封筒の意味も知ることになる。


「……あっ、あの写真は、それで?」


「フフッ、写真だけだと思いますか?」


「えっ!?……俺に彼女がいないことも知ってたのって、まさか。」


「やっぱり『知らない方が幸せなこと』って、あると思いませんか?先輩。」


 晶は楽しそうに笑いながら、篤の隣りを跳ねるように歩いた。

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思い出補正【短編】 ふみ @ZC33S

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