第3話 真実

 深夜0時30分、覚悟を決めて静かに外へ出てみると懐中電灯の光が幾つも動いている。その光を追いかけるだけなので、昼間の尾行よりも簡単だった。


 晶の「知らない方が幸せなこともある」という言葉を思い出してしまうが、真っ暗な道を歩き続けた。

 しばらく歩くと、照明で明るく照らされている場所に辿り着いた。


――ここは、秘密基地の場所?……やっぱり、ここに何かあるんだ。


 昼間は気付けなかったが、木の枝に照明が隠して設置されており、かなり明るくなっていた。そんな中で作業している声が響いていた。


「おっ、これは締め付けが弱くて崩れそうだ。」

「この木はダメだ。面取りしておかないと怪我するぞ。」

「『ささくれ』も、ちゃんと削っておけよ。」


 子どもたちが作っている秘密基地の補修作業をしているらしい。捨ててある資材にも危険がないかを確認していた。


「この辺りに蚊が多いから殺虫剤をまいておくか。」

「枝が危ないから、剪定するぞ。」

「この大きい石は危ないから、どかしておこうか。」


 この場所が、子どもたちの快適安全な遊び場になるように手を加えてもいた。子どもたちにとって「自然な遊び場」は人工的に作り出されていたことになる。


「カブトムシの明日の仕込みは50匹でいいか?」

「今年は、みんなで何匹繁殖できたんだ?」

「合計で500匹くらいだな。」


 篤も、カブトムシやクワガタムシを採った思い出がある。今になって考えれば、あれだけの昆虫を苦労せずに採れていたことは不自然だったのかもしれない。


――あれは、繁殖させたモノを仕込んでたのか?


 この場にいる全員がタブレット端末を駆使して状況確認をしているが、篤も皆が隠れて何をしているかが分かり始めていた。


――子どもたちに気付かれないために、こんな時間に作業してたんだ……。


 だが、子どもたちの遊び場を作っているだけなら、夜中に隠れて実行する意味は分からない。しばらく眺めた後、篤は家に戻ることにした。



 翌朝早く、祖母は起きていたが「涼しい時間に散歩する」と言って篤は出かけた。

 注意深く見ていると、新たな発見がある。夜間作業を可能にする照明や、木の枝や葉で巧みにカモフラージュされた秘密基地を監視するための小屋があった。

 この遊び場になっている空き地も適度に雑草を残してはいるが、放置された土地ではないことが分かる程度に綺麗に整備されていた。


 朝食を済ませて、秘密基地の近くに戻った篤は身を潜めて待機してみる。すると、トランシーバーで慌ただしくやり取りをしている音や隠れて見守る人たちの動く音が聞こえてきた。


 子どもたちが遊び始めると更に慌ただしくなっていく。

 川に遊びに行った子どもたちがいれば、上流で待機している監視役から天気の変化が逐一報告されて急な増水に備えていたし、ライフジャケットを着たお爺さんたちがゴムボートを持って待機もしている。


 秘密基地周辺で女の子が転んで膝を擦りむいた時は、ドローンを操作して届け物までしてくれる。


「すげーぞ!UFOがコレをくれたんだ!」


 男の子が、消毒液と絆創膏を得意気に持ってきて女の子を治療した。篤もUFОに擬態が施されているドローンが飛んでいるのを見た。


――ムダに技術力が高いな。


 お爺さんたちは新しい技術を使いこなしながら子どもたちをフォローし続けて、常に子どもたちの先回りをして、安全確認を怠ることはなかった。


「お腹空いたし、お昼食べたら、また集合な!」


 そんな言葉が出てくると、隠れて見守っていた人たちは慌てて一時帰宅をする。お爺さんたちは帰宅しても知らんぷりだった。


 お昼を食べ終えて戻ってくると秘密基地の建設が再開された。トタンで囲いをして、シートの屋根をつけたりしただけの簡素な基地ではあるが、子どもたちは一生懸命に作業している。

 その間、子どもたちが危ない作業をしていると周辺から緊張感が伝わってきた。


「……この布みたいなヤツ、もう少し大きいのないかな?」


 男の子が、ブルーシートで覆いきれなかったことに不満を漏らしていた。この瞬間にもトランシーバーで連絡が飛んでいるのだろう。


――たぶん、誰かが急いで買いに行かされるんだ……。


 篤は、この場所には捨てられている物しかないと思い込んでいた。だが、それは間違いで、全ての物が準備されていたことになる。新品はダメージ加工もされて、捨てられた物を演出しているのだから芸が細かい。


――子どもたちの世界は、ここの住人によって守られていたのか。


 何が行われているのかを一頻り見終わった後、晶が姿を現した。


「……分かった?」


 笑顔で篤を見ている。全てを知っていながら、物憂げな演技していただけだった。


「『知らない方が幸せ』って何だよ?」


「うふふ、緊張感があったでしょ?夏の思い出に少しだけ刺激的な経験をしてもらいたかったの。」


 晶は嬉しそうに語りながら、篤の横に並んで歩き始めた。


「……でも、どうして皆はコソコソ隠れて動いてるんだ?」


「子どもたちだけの世界を壊したくないって言ってたよ。大人が手を貸しちゃったら、せっかくの思い出に水を差すことになるからダメなんだって。」


「それだけのために、あんな夜中に作業してるのか?」


 子どもの頃、自分たちだけで何かをやり遂げた思い出は、成長を感じさせてくれた。篤も田舎の生活の中で、出来ることが増えた喜びを味わった記憶がある。


「だって、この辺じゃ遊べる場所なんてないでしょ?」


「まぁ、たしかに自然は豊かだけど、遊び場は少ないかな。」


「ここでは夏休みと冬休みが一番大切な時期なんだって。ここの皆は、『孫を連れて帰省してもらう』ことが楽しみで、心待ちにしてるの。」


「……えっ?」


「子どもが、ここに遊びに来るのを楽しみにしてもらえないと一緒に来てもらえなくなるでしょ?」


 そして、晶は「来て」と歩き始めて、篤を小さなプレハブ小屋に案内した。


「さぁ、どうぞ。」


 小屋の壁には写真が所狭しと貼ってあり、室内はオモチャやお菓子で溢れている。虫取り網や釣竿、子ども用の浴衣もあれば、水中メガネや浮き輪まで品揃えは豊富にあった。


 そして、篤は壁に貼ってある写真を見て気付く。


「……これは、俺たちが昔作った秘密基地だ。……その当時の俺たちの写真まで貼ってある。」


 歴代の子どもたちの制作物が年代毎に写真でまとめてあった。写真の下には、採った虫の数や釣り上げた魚の数まで記録が残っている。

 冬休みに雪で作ったかまくらや雪ダルマまで写真と共に記録されていた。


「皆、孫の顔が見たかったらしいよ。だから、この地域の人たちは協力して取り組んでたみたい。……私は、弟と一緒に帰省してたから色々な話を聞けたんだ。」


 一見するとやり過ぎに感じられてしまうが、子どもたちの気持ちを繋ぎ止めておくために必死だったのかもしれない。


――だから、俺が藤井徳次郎の孫だって分かったのか……。


 篤の夏休みの思い出はかけがえのない物になっている。その思い出の一つ一つが「孫に遊びに来てほしい」が集められた物だったことを知らされて、切ない気持ちになっていた。


「……こんなにも楽しみにしてくれてたんだ。」


 孫は特別に可愛いと聞いたことがあったが、年に数回のためだけに対策をしていたことを知らされた。


「今も、同じだよ。」


 晶が篤の顔を覗き込みながら話しかけてきた。


「……今も?」


「高校生になった篤君が、また遊びに来てくれるように一番効果的なモノを考えてたみたい。」


「俺が、また遊びに来るために効果的なモノ?」


「そうだよ。」


「……それって何?」


「私。」


 晶が自分を指さして篤を見ていた。


「……私?」


「そう、私がいるでしょ。」


「どういうこと?……意味が分からない。」


「健全な男子高校生には、可愛い女の子と過ごせる時間が効果的って考えたみたい。」


「……冗談、だろ?」


「だって、篤君は来る日を指定されたんでしょ?……私たち家族が来る日に合わせたんだと思うよ。」


 それが本当であれば、篤に彼女がいないことも祖父母に把握されていることになる。両親にも話をしていない情報を知っているとすれば、どうやって知り得ることができたのかは謎だった。

 それでも、篤を待ちわびてくれていたことは嬉しくもあり、寂しくもある。


「篤君が見た白い服は防護服で、スズメバチの巣を駆除してたみたい。……危険な場所は取り除きたかったんだって。」


 篤が聞いた警告音はスズメバチの巣の発見を報せる音だった。夜とは言え、真夏に防護服を着てスズメバチの巣を駆除するのは様々な危険を伴うが、子どもたちの安全を確保したかったのだろう。

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