最終話 犬も歩けばファンクに当たる 9

「あっがとぉござぁあっあっっ」


 威勢の代わりに滑舌を失ったコンビニ店員の挨拶が聞こえ、会計を済ました客が会計口の前を離れる。

 後ろで待っていた佐山勝は、手に持った唐揚げ弁当と缶ビールをカウンターに置くとジーパンの後ろポケットから財布を取り出し小銭を探っていた。

 大体の百円玉を計算して先に会計の皿カルトンに置くと、あとは細かい、一桁目の数字がレジに表示されるのを待っていた。

 バーコードを読み取るピッという音が二回鳴ったところで、勝は、あ、と摘んでいた小銭を手放した。

 五円玉が足りない。

 晩の食事時、後ろにもまだ客が列を成しているのはわかっていたので、勝は慌てて置いた百円玉数枚を回収して千円札を取り出そうとした。


 その時である。


 勝の背後から手が伸びてきて、会計の皿カルトンに五円玉が置かれた。

 誰だ、と振り返る間もなくコンビニ店員の会計処理が進み、勝の会計が終わる。

 会計口から離れつつ、振り返り五円玉を差し出してくれた相手を確認すると見覚えのある人物だったので、勝は一旦店を出ることにした。


 五円玉を差し出してくれた相手を待っていると、数分も待たずして出入口の自動ドアが開かれる。


「ありがとぉございやしたぁっ」


 ちょっとだけ滑舌を気にしてるらしいコンビニ店員の挨拶が中から聞こえる。


「今度は俺が五円玉返すのにアンタを追いかけることになるなんて、勘弁してくれよイチローさん」


 五円玉を差し出してくれた相手が店から出てきたところで、勝は声をかけた。

 深緑やら薄茶やら渋めの色で服装を統一した背中を丸めた中年男性――安堂伊知郎は、勝と同じく片手に弁当の入ったコンビニ袋を提げていた。


「借りたものは返せ、っていうのは安堂家ウチの家訓だから無理して真似しなくていいんだよ」


 律儀に待っていた勝に、嬉しいやら困ったやらといった表情を浮かべる伊知郎。

 内心狙っていたのは、あの時の勝の行動の真似事で、このままクールに去れていれば格好良かったのにと残念に思う気持ちがあった。


「ハハ、それなんだけど、森川が言ってるんだけどさ、もうそれとして皆に刻まれちゃってんだよね」


「イチローイズム?」


 予想外の言葉に伊知郎は驚いておうむ返しをしてしまう。


「俺もそうなんだけど、平田さんもあの千代田組もイチローさんの頑なさに感化されちゃってさ。んで、それを森川も真似してるって言うか、イチローイズムなんて名前付けて、それを理由に助けてくれた礼は必ず返すとかしつこいんだよね」


 腹違いの妹八重は何かと、何か困った事があったら手伝うから言ってね、とまるで面倒見のいい姉の様に付け加えてくるようになった。

 何か困った事が起こるのを願ってるようにも聞こえるほどしつこいので、勝は正直うんざりしていた。


「イチローイズムって、安堂家の家訓なんだから、アンドーイズムじゃないのかい?」


 伊知郎の問いに、引っかかるとこそこなんだなと勝は笑う。


「村山さんが言うには、その家訓、イチローさんだけが守ってるんだろ? だから、もうイチローさんのもんだってことで、イチローイズム、なんだってさ」


 村山愛依にもそうハッキリと言われると寂しいものがあるが、家訓を強要しないと決めたのは伊知郎自身なので納得せざるを得なかった。


「あ、そうだ。森川と言えばさ、なんか快気祝いやるらしいぜ。あの事件の関係者集めて。ああ、遊川のオッサンはまだ退院してないから参加出来ない……ってか元々参加しないだろうけどさ。場所はなんと千代田組事務所。娘さんも来るし、イチローさんもどう?」


 勝の何処か投げやりな誘いに、伊知郎は首を横に振った。


「娘のグループに父親がドカドカと踏み込んで顔を出すのは忍びないよ。それに千代田組と気軽な関係性を今更築けないしね」


 遊川陽司に、千代田毅。

 どちらも快気祝いなんてパーティーごとには参加しないであろうが、顔を突き合わせるのは伊知郎にとって気まずいものがあった。

 会うのは何年かに一度ぐらいでも十分なのだ。

 ご近所付き合いになるような立場では互いに無かった。


「ハハ、まったく同感だね。どの面下げて今更千代田組で飲み食いしろってんだよな。実は俺も参加辞退したとこなんだよ」


 そもそも大勢で楽しく食事会というのも、勝の性にあわなかった。

 快気祝いはついさっき買った缶ビールひとつで十分であった。


 でも、だ――


「じゃあさ、イチローさん、この後一杯付き合ってくれよ。五円玉の借りがあるからさ。えっと、場所は――」


 勝はコンビニの袋を持ち上げて、中に入っていた缶ビールを指差す。


 ――でも、誰かと飲み明かしたい気持ちもあった。

 特に、妙なめぐり逢いをすることになった伊知郎とは飲んで話してみたかった。


「それじゃあ、ウチはどうだい? 妻も娘も出ていっちゃってね、毎日寂しい晩餐を過ごしていてね。それに、息子と酒を飲むってのは憧れでね」


 勝の誘いに、伊知郎は今度は微笑んで首を縦に振った。

 勝と同じくコンビニの袋を持ち上げて、中に入っている缶ビールを指差す。


「ったく冗談みたいに言ってるけど、なかなか重たいからな、それ。でも、俺も親父と酒交わすのちょっぴりだけど憧れがあるかもな」


 何処か恥ずかしそうにそう言う勝に、だろ?、と笑う伊知郎。

 大きな三日月が浮かぶ澄んだ夜空のもと、勝と伊知郎は尽きない談笑をしながら伊知郎の家へと向かっていった。





終。

 

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ファンキー・ロンリー・ベイビーズ 清泪(せいな) @seina35

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