番外編4 王太子と毒薬令嬢
※番外編は四話まとめて公開しました。
ご注意されたし。
「さて、と」
静かに頭を垂れる一人の娘に目を向けるシャイルード王。
「ちょいと聞きたいことがあるが、いいか?」
「はい、何なりと」
カーテシーの姿勢で視線を地面へ向けたまま、ナタラーシャ・ドルバックはそう答えた。
彼ら二人の傍らには、呆然と座り込む三人の青年の姿があるが、二人はそちらを気にもしない。
「ドルバックの娘……名は何だったか?」
「ナタラーシャと申します」
「ほう、ナタラーシャか。いい名前だ」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
「ふむ……」
シャイルード王は、静かに頭を垂れたままのナタラーシャをじっと見つめる。
立ち居振る舞いは貴族の令嬢としてもかなり上品だ。辺境の男爵家の娘ではあるが、きっちりと貴族教育をされているらしい。
頭の回転も悪くはない。自分とジェイルトーンとの会話を聞いて、早々に正体に気づき、適切な態度を素早く取った。かなり聡い女性とみていいだろう。
見た目もややきつい印象を受けるが、顔立ちも整っているし身に着けたドレスやアクセサリーのセンスも良さそうだ。
「以前から、ウチの息子とは知り合いだったのか? 今日、二人してここで何をしていた?」
「いえ、本日たまたま迷い込んだこの温室で偶然王太子殿下とお会いしまして、温室内の植物についてお話をさせていただきました。知らず迷い込んだとはいえ、王族の方々しか入ってはいけない区画に入ってしまったこと、改めて謝罪申し上げます」
「まあ、それはいいさ。別にここから『王族専用です』って明記した看板があるわけでもねえしな。城の者は皆知っているから、そんなモンは特に設置していなかったしよ。しかし、今日初めて会って、あいつと植物の話をしたのか……うーむ……」
改めて、ナタラーシャを見つめるシャイルード王。しばらくそうしていた彼は、にやりと笑いながら再びナタラーシャに問う。
「なあ、ナタラーシャ。おまえ、ウチの息子のことをどう思う?」
「はい、王太子……次期国王陛下として、この国の将来を背負われるに相応しいお方だと思います」
「いやいやいや、そうじゃなくてよ? もっとこう……分っかンね?」
「…………は?」
思わず、
そんな彼女に、当の国王はにやにやとした笑みを浮かべていた。
「王族とか王太子とかじゃなくてだなぁ、一人の男として、一人の人間として、ウチの息子をどう思うか聞いているんだよ、オレは」
「………………………………ひゃぅ」
にやにやとした笑みを浮かべながらそう問うシャイルード王。そして、問われたナタラーシャは、質問の意味を理解した途端、真っ赤になって言葉を失った。
がちゃがちゃと鎧を鳴らしながら、数名の近衛騎士が温室の中へと入って来る。
そして、いまだ茫然としている三人の元令息たちを、手荒に引っ立てて連行していった。
その姿を見送った後、ジェイルトーンは不思議そうにしながら父シャイルードとその傍らに立つナタラーシャを見る。
シャイルード王はにやにやしながら──その時点で、おそらく何かろくでもないことを企んでいるのだろうとジェイルトーンは推測した──、ナタラーシャは顔を真っ赤にしながらちらちらとジェイルトーンを見ている。
「父上。また何か考えていませんか? それも、下手をしたらお婆様や伯父上に叱られるような類のことを?」
じとっとした目で父親を見やるジェイルトーン。息子のそんな態度に、父親はにやにやした笑みを隠すことなく。
「いや、べっつにー? ただ、可愛い息子の将来を、ちょっとばかりナタラーシャ嬢と話をしただけさ。な、そうだよな?」
何とも親し気にナタラーシャに語りかける父親に、ジェイルトーンはむっとした表情を浮かべるも、すぐにそれを隠してそのナタラーシャに訊ねる。
「ナタラーシャ嬢、父が何か失礼なことを言いませんでしたか? 相手が国王だろうと、何か嫌なことを言われたのであれば、遠慮なく僕に言ってください。僕があなたを守りますから」
にっこりと笑いながら、ナタラーシャに話しかけるジェイルトーンに、シャイルードは「んんー?」と唸りながら目を細めた。
「なあ、ジェイル……おまえ、もしかして…………
「な、何のことですか?」
あからさまに視線を泳がせる息子に、父親は確信しつつ若干呆れた。
──こいつ、また一目惚れか? そういや、姉貴に惚れた時も一目惚れだったなぁ。ンで、今度はナタラーシャに一目惚れしちまったわけか……。一目惚れの理由は、植物に関しての趣味が合ったってところか? それとも、単純に容姿が好みど真ん中だったか? 何でもいいがウチの息子、ちょっとチョロ過ぎね?
父親だけあって、息子の心境はよく分かるらしい。
シャイルードは、改めていまだ顔を真っ赤にしているナタラーシャを見た。
──うん、こっちも絶対息子に気があるじゃねえか。ってこたぁ、話は簡単だ。
「…………いかにドルバック家が忠臣とはいえ、さすがに男爵家の娘じゃ、ちと家格が足りねえか。一度どこか信頼できる上位貴族の家に養女として入って、そこから改めて、だな」
──サルマンの所か、トライの所に頼んでみるか? いやいっそ、兄貴の所……は、姉貴と歳が近すぎてさすがに無理か。
頭の中であれこれと、今後の計画を立てていくシャイルード王。
もちろん、その間もにやにやした笑みを浮かべながら、視線を合わせては顔を赤くして慌てて顔を背け続ける、何とも初々しい二人を眺め続けていた。
「ちょっと! ジェイルちゃんの結婚相手が決まったって、ホントっ!?」
突然、執務中のシャイルード王の許に飛び込んできたのは、【黄金の賢者】レメット・カミルディその人だった。
「あ? まだ正式な決定じゃなく、婚約の内定ってところだけど……どっから聞いたンだよ?」
相変わらず耳が早えな、とシャイルード王は内心で零す。
ジェイルトーンとナタラーシャの婚約。現在、王家とドルバック男爵家の間でのみ、密かに話を進めているところだ。
今後はあちこちに根回しをして、その後、二人の婚約を正式に発表する予定である。
シャイルード王が考えていたように、王太子妃が男爵家の娘ではさすがに実家の家格が低すぎる。そのため、近々信頼できるとある侯爵家がナタラーシャを養女として迎え入れ、王太子妃教育を始めることになるだろう。
ナタラーシャの王太子妃教育の進展をある程度見極めたところで、彼女を王太子の婚約者として正式に発表する予定である。
「ふーん、そっかぁ。一応、私の方でもそのナタラーシャちゃんて娘、調べるからね?」
「そりゃ構わねえけど、別に悪い娘じゃねえぞ? 実家のドルバック男爵家も、辺境の下級貴族だが誠実な連中だしな」
「それでも一応は、ね。ジェイルちゃんだって、直接血は繋がっていないけど私の孫には変わりないんだから、その結婚相手はお婆ちゃんがしっかりと見極めてあげないと!」
「まあ、ほどほどにしておけよ? あまり口を挟み過ぎると、兄貴に怒られるぜ? ただでさえ、オフクロが関わると話が大きくなりやすいンだからよ。ところで、オフクロは今、兄貴のトコに住んでいるんだよな? どうやって王城まで来た?」
「ジールちゃんから『宵の凶鳥』を借りて飛んできたに決まってるっしょ? あれ、速くていいよねー。自分の魔術で飛ぶよりずっと速いんだー」
「ああ、あの空飛ぶ船か。兄貴ってか、姉貴はいろいろとイイモン持っているよなー。今度、何か便利な道具、ひとつふたつくれるよう頼んでみっかな? できれば、オレも空飛ぶ船が欲しい」
「アンタに空飛ぶ船なんて渡したら、王様の仕事ほっぽってあちこち出歩くに決まってるにゃー。たとえジールちゃんが他に空飛ぶ船を持っていても、絶対にアンタにだけは渡さないように言っておくよん。それに、アンタはもうジールちゃんから剣をもらったっしょ?」
「ちぇー。まあ、確かにハクロは使い勝手のいい剣だけどさー」
シャイルード王は、執務室の壁に飾られているもうひと振りの愛剣たるハクロを見る。
黄金神剣となったエクストリームは、相変わらず神気だだ漏れの状態なため、以前よりも王権の象徴としての印象が一層強くなり気安く扱うことさえ難しくなってしまった。
以前はシャイルード王もエクストリームを日常的に佩刀していたが、最近ではハクロがその代わりを務めている。
「ところで、当人のジェイルちゃんはどこなん? 本人から直接ナタラーシャちゃんのこと、あれこれ聞いてみたいんだけど?」
「ああ、アイツならまた温室だろ? 確か、今日はそのナタラーシャが来ているはずだ」
「え? ナタラーシャちゃんが来ているの? だったら、ジェイルちゃんのお婆ちゃんとして、ずびしっと挨拶を──」
「あー、止めとけ、オフクロ。きっと今頃、温室で二人していちゃこらしてンだろうからよ。野暮な真似はしなさんなって」
「あー、ね。確かにそりゃ野暮かも。今日のところはお邪魔するのはやめておこうかにゃー」
そんな親たちの都合はともかく。。
問題の二人──ジェイルトーンとナタラーシャは、温室で楽しそうに植物の話題で盛り上がっていた。
二人は真面目に談義を交わしていて、いちゃこらはしていない。断じて。
「つまり、植物によって好む土壌の状態は違うわけですね?」
「そうよ。比較的痩せた土地を好む植物もあれば、肥沃な土地を好む植物もある。水分の多い土壌を好む種類や、乾燥した土壌を好む種類もあるわ。中には陽の差し込まない洞窟の中でだけ育つ植物だってあるのよ」
「ふむ……知れば知るほど植物は奥が深い。サルマン師が私に植物を学べと言われた意味がよく分かります。それに、植物を育てる知識は国を富ませることにも繋がる」
「農業は国の根幹と言ってもいいからね。ジェイルの先生は、それを教えたかったんじゃないかしら?」
「ええ。おそらく、ナーシャの言う通りでしょう」
初めての出会いから幾日か過ぎ、二人の仲は急速に近づいていた。今では互いに愛称で呼び合うほどだ。
「それに、自ら植物を育てるのは単純に楽しい。土いじりがこんなに楽しいものだとは、実際にやってみるまで分かりませんでしたね」
「あ、それ分かる! でも、貴族の中には土に触れることを嫌がる人もいるのよね。特に若い女性は……あー、うん、私はやっぱり変わっているわよねぇ」
「いいではありませんか? 何を好きになるのかは人それぞれ。法に背くようなものならともかく、趣味や嗜好に貴賤などありませんよ。ああ、土いじりと言えば……」
ジェイルトーンは温室の片隅に置いてあった袋の中から、何かを引っ張り出してナタラーシャへと差し出した。
「これから土を弄る際は、この手袋を使ってください」
それは、魔物の皮革を用いたと思われる、女性用の手袋だった。
見た限り、それは農作業用の手袋ではない。どこからどう見ても、夜会用のドレスと共に用いられるような薄くて上品な手袋である。
更には、魔物について詳しくはないナタラーシャが見ても、一目で普通ではない分かるシロモノだ。なんせ、手袋全体に粉にした宝石をまぶしたようにきらきらと輝いているのだから。
「こ、こんな手袋を土いじりの時に使うのはさすがに……」
「ああ、安心してください。この手袋、こう見えても農作業用の手袋らしいですから」
「へ? こ、こんなきらきらした手袋が農作業用……? そ、そんなわけが……」
「最近土いじりに興味があると伯父上と伯母上に話したところ、伯母上がこの手袋をくださいまして。実はこの手袋、神器らしいんですよね」
「は……はっ!? じ、神器ぃっ!?」
まるで熱い物に触れたかのように、手袋から手を引っ込めるナタラーシャ。
希少で高額。それが一般的な神器に対するイメージであり、神器と聞けば彼女のような反応をするのが普通である。そんな神器を次元倉庫の中にいくつも無造作に放り込んでいる、ジェイルトーンの伯母の方がおかしいのである。
「この手袋を使えば、道具を使うことなく土を掘ることができるらしく……実際、伯母上が使って見せてくれたのですが、一切道具を用いることなくどんどんと土を掘っていって……」
その時の光景を思い出し、ジェイルトーンは遠い目をする。
公爵家の居城の庭で、まるで巨大なモグラのようにどんどんと土を掘り返して見せた伯母の姿──現在妊娠中──を思い出したのである。
伯母はこの手袋を農作業用と言っていたが、おそらく建築用の間違いではないだろうか。それも、城や要塞などの戦略拠点を築く際に用いられた神器ではないかと、ジェイルトーンは密かに考えている。
そんなシロモノを想い人に贈ろうとする辺り、彼も人のことはあまり言えないのかもしれない。
「そんなわけで、是非受け取って欲しいのですが……土いじりが楽になる以上に、あなたの手が荒れることも防いでくれるでしょうしね」
「あ…………………………ありがと」
自分のことを気遣ってくれていると分かり、思わす頬を染めて視線を逸らすナタラーシャ。
もしもこの場に某お婆ちゃんがいたら、にまにまとした笑みを隠すことなく生温かく見守ったことだろう。
「そ、それじゃあ……じぇ、ジェイルとあなたの伯母様の気持ちをないがしろにするのも悪いものね……」
相変わらず頬を染めたまま、ナタラーシャは手袋を受け取ろうとした。
その際。
じっと無言で互いに見つめ合い、しばらくして自分たちの状況に気づいて、二人して顔を赤くして視線を逸らして背中を向け合った。
もしもこの場に某国王がいたら、「おまえらガキかよ!」とか言いながら呆れつつもにまにまとしたことだろう。
某お婆ちゃんと某国王、結局どちらもにまにまとする辺り、血の繋がりがなくとも二人が家族であるという証左なのかもしれない。
そう遠くない未来、この家族に更に人員が増えることになるのだが、そんなことは敢えて言わなくても理解できることであろう。
結局、この後二人はいちゃこらした。
「ところで、どうしてこの温室では毒草ばかり育てているの?」
「えっ!? ここの植物、全部毒草なんですかっ!?」
「…………あなたの先生が植物を学べと言った本当の意味、分かった気がする……」
~~~ 作者より ~~~
以上で、『無敵の黒騎士は呪われている』は完結となります。
最後までお付き合いくださいました全ての読者様に、感謝を。
少々時間を置きまして、また何か投稿すると思いますので、その際は再びお付き合いいただけると幸甚です。
最後まで本当にありがとうございました。
今年も終わりが近いです。皆さまには良き年末年始を迎えられることを願いながら。
無敵の黒騎士は呪われている ムク文鳥 @Muku-Buncho
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