番外編3 正体

「おう、息子! 偉大なるお父様がお手伝いに来て……ありゃ?」

 王城の一角にある小さな温室。そこへ、またもや闖入者が現れた。

 今度の闖入者は中年の男性。「庭師」の青年同様、農作業がしやすそうな作業着と、藁を編んで作られたツバの広い帽子。

 どうやら、青年の父親らしい。なんせ、本人がそう言ったのだから間違いないだろう。

 その新たな闖入者たる中年の男性は、目の前の状況を見て不思議そうな顔をした。

「誰だ、こいつら…………って、おいおい、娘っ子もいるじゃねえか! まさか、恋人か? 恋人なのかっ!? このお父様の目を盗んで、我が息子に恋人とこんな場所で逢引を……いや、このオレの息子なんだから、恋人の一人や二人はいても不思議じゃないが…………ん?」

 中年男性は温室内の地面で苦しそうに呻き声を上げる男性たちと、庭師の青年の背後にいる女性──ナタラーシャを見比べて何やらぶつぶつと呟いた。

「おい、息子よ」

「何です、?」

「おまえの後ろの娘っ子、ひょっとしてドルバックのトコの娘か?」

「ええ、こちらはドルバック男爵家のご令嬢です。しかし、よく分かりましたね?」

「当然だろ? オレぁ、主だったの家族の顔は忘れないようにしているからな」

「配下ではなくでしょう? 言葉は正しく使わないと、また伯父上に叱られますよ? それはともかく、それなら地面で転がっている連中も覚えていますよね?」

「おう、もちろんだ。こいつら、例の連中だろ? こいつらに関しては、先ほど親と話をつけて納得させたぜ。その結果、親たちは息子よりも家名を優先した……ま、実に貴族らしい判断だな」

「あ、あの………………」

 何やら、親子間でぽんぽんと語り合っているが、その内容が全く理解できないナタラーシャは、ずっと黙っていたがとうとう我慢できなくなって口を挟んだ。




 ナタラーシャは目の前で起きたことを信じられなかった。

 ゼイン伯爵家の嫡子であるザビオンと、その仲間であるステーム・ジディビル、メリカーン・ガルガドンは、いわゆる「札付き」というやつだ。

 貴族、それも嫡子という立場と権力にモノを言わせ、何か問題を起こしてもその親たちがもみ消してしまう。

 加えて、三人が三人とも暴力に慣れ、の実力者でもあった。

 なんせ、彼らは正当なる貴族の嫡子である。剣術などの正式な武術訓練を受ける機会に恵まれていたのだ。そして、彼らにはそれなりの才能もあったりした。

 結果、彼らはそこそこの実力者になったわけだが、その彼ら三人が、「庭師」の青年にはまるで歯が立たなかったのである。

 三人が短剣を振るう。踏み込みの力強さ、突き出す短剣の速度など、素人であるナタラーシャから見ても相当なものだと思われた。

 だが。

 だが、「庭師」の青年はそれを簡単にあしらった。

 踏み込むために伸ばした足を、タイミングを見計らってすぱりと払って転倒させる。

 繰り出した短剣を軽々と躱し、逆に腕の関節を決めて短剣を奪い取る。

 大きく振り回される短剣を掻い潜り、相手の腕と襟を取って投げ飛ばす。

 続けて起き上がってきた相手に蹴りを入れ、再び地面と抱擁させる。

 などなど、まるで大人が子供を相手にしているように、青年は三人の嫡子たちを軽々とあしらったのである。

 青年と嫡子たちの間に、大きな実力の差があることはナタラーシャにもすぐに分かった。

 そして、その直後に青年の父親とおぼしき男性の乱入。もう、ナタラーシャは混乱の極みだ。

「あなた……一体、何者なの?」

 つい先ほどまで、ナタラーシャは「庭師」の青年のことを王国の「暗部」に属する者だと思っていた。先ほどの戦闘力からしても、その考えは間違っていなかったと思う。

 しかし、目の前で繰り広げられる青年とその父親の会話。それはまるで────。

「お、まえたち……こんなことをして無事で済むとは思っていねえだろうな……っ!!」

 地面に転がっていた嫡子たちがふらふらと起き上がり、憎悪に燃える瞳で父子を見つめる。

「俺たちは貴族だぞ! 貴族にこんな無礼を働いて、庭師ごときが無事で済むはずが……」

「ああ、おまえらはもう貴族じゃないぞ?」

 ザビオンの言葉を、「庭師」の父親が遮った。

「おまえたちの親から、正式におまえらを勘当すると言われて、がそれを受け入れた。つまり、もうおまえらは貴族でも何でもないってことだ」

「は……? な、何を言って……?」

「俺たちが貴族じゃない……そ、そんなわけが……」

「勘当された……? お、俺たちが勘当されたっていうのか……?」

 ふらふらと立ち上がった嫡子たち。彼らは「庭師」の父親の言葉が信じられないらしい。

「う、嘘だっ!! そんなはずがないっ!!」

「ウソもクソもねぇよ。おまえらはもう貴族じゃないと認めたんだ。誰が何と言おうが、もうおまえらは貴族じゃねえンだよ」

 を馬鹿にしたような態度で、中年男性がはっきりと告げる。

「おまえら三人の素行の悪さは以前からいろいろと聞いていてな? こちらで調査した結果は……まあ、言うまでもねぇだろ。で、今までおまえらを庇っていた親たちを本日ここに呼び出して、どう責任を取るか聞いたわけだ。結果は家名を守るためにおまえらを勘当するってよ。まあ、それだけで許すつもりはなく、親たちにもそれなりの罰を受けてはもらうがな」

「自分たちがどうして、この王城に親たちと共に呼び出されたのか……普通なら少しぐらいは考えるものでしょうに」

 呆れた様子で嫡子たちを見る父子。

「さて……もうあなたたちを庇ってくれる者はいません。大人しく立ち去るなら、今回に限り大目に見ましょう。ですが、これ以上まだ暴れるようなら…………」

 それまで穏やかだった「庭師」の青年の目が、まるで刃のような鋭い光を宿す。

 それは、高みからこの王国全てを見下ろすことを許された者だけが得る、支配者の眼光だ。

 この時、彼らの背後にいたナタラーシャはこの父子の正体をはっきりと悟り、音を立てることなく数歩下がり、カーテシーの姿勢を取って静かに頭を垂れた。

「…………ガラルド王国王太子、ジェイルトール・シン・ガラルドの名のもとに不敬罪でこの場で処しましょう」




「お、おおお……王太子……殿下……っ!?」

「で、では、こ、こちらは…………」

「ま、まさか…………」

 王太子ジェイルトール・シン・ガラルド。その名を聞いて、三人の嫡子たちはその傍らに立つもう一人の男性の正体にようやく気づく。

「こ、国王…………陛下…………」

「ど、どうして陛下がこのような場所に……」

「このような場所って、ここぁ王城の中でも王族だけが立ち入れる区画だぜ? そこに国王であるオレがいたって別に問題ねえだろ?」

 ガラルド王国二代目国王、シャイルード・シン・ガラルドは当然とばかりに胸を張って言い放つ。

 彼が言うように、この温室のある区画は王族専用エリアである。ここには王族か王族に招待された者しか足を踏み入ることはできない。

 ナタラーシャのように誤って迷い込んだのならともかく、三人の嫡子たちのように悪意を持ってここに立ち入れば、それだけで極刑となりうる。

 場合によっては、たとえその悪意の先が王族ではなくても、だ。

 王族専用の特別エリアという、いわばこの国の聖域で、流血事件を起こせば当然それなりの罪に問われるだろう。

「ところで、どうして父上はこの温室に? 今頃はまだ政務中のはずですが?」

「決まってンだろ? おまえの手伝いをして恩を売り、兄貴のトコに薬を届けにいくのに口添えをしてもらおうと思ったんだ」

「そんなことだろうと思いましたよ……」

 悪びれるふうもなく「政務は抜け出した」と口にする国王と、その国王に呆れて肩を落とす王太子。そんな二人に、どう声をかけていいか悩む【毒薬令嬢】。

 なんとも、混沌とした状況だった。




「それより、衛兵か近衛を呼んでこい、息子。んで、この三バカを引き渡せ」

「まあ、我々のことに気づかなかったことだし、極刑はないように取り計らいますが……最低でも数年の強制労働は覚悟するんですね」

 たとえ正体を知らずとも、王族に刃を向ければ普通であれば極刑は免れない。そこを強制労働で済まそうとするのは、ジェイルトーンの温情だろうか。

 もっとも、これまで好き放題してきた三人の令息たちにとっては、死罪よりも強制労働の方が厳しく苦しい刑罰かもしれない。

「では衛兵か近衛を呼んできますが……彼らをこのままにしておいても大丈夫ですか?」

「舐めンじゃねえよ。こんな若造どもに後れを取るオレじゃねえ。仮に俺が後れを取るとしたら、オフクロか兄貴か……兄貴の嫁ぐらいさ」

「ははは、さすがの父上も彼女には勝てませんか」

 シャイルードの零した言葉に、ジェイルトーンが苦笑する。

「そりゃおまえ、たった一人で生きる厄災に勝っちまった女傑だぜ、姉貴は。それに、何か知らんが【五王神】全てからとんでもねえ祝福を受けているとかで、各神殿から聖女認定されちまったしよ」

 数年前、ある女性がたった一人で「生きる厄災」とまで呼ばれた邪竜を倒すという偉業を成し遂げたことは、ガラルド王国の国民であれば誰もが知るところだろう。

 その後、その女性が【五王神】全ての祝福を受けていると判明して各神殿が騒ぎ出し、最高司祭たちはその女性を【五王神の聖女】と認定した。

 現在でも、各神殿の神官たちの一部は、その女性を神の遣いとして崇めているという。

「大変ですね、彼女も。いや、大変なのは伯父上の方ですか」

「まぁな。しかし、聖女認定されたのが兄貴たちが結婚した後で本当に良かったぜ。もしも聖女認定が結婚よりも早かったら、二人の結婚に各神殿があれこれ口を挟んできたかも知れねえしよ。ま、そン時はオフクロがあちこちを黙らせただろうけどな」

「お婆様にしてみれば、伯父上と彼女の間に生まれる子供は、自分の血を引く初めての孫ですからね。そりゃあ、黙っていないでしょう」

 だろ、と笑う父親に背を向け、ジェイルトーンは温室を後にした。父王に命じられたとおり、衛兵か近衛兵を呼びに行くのだろう。

「さて、と」

 息子の背中を見送ったシャイルード王は、背後に控える一人の娘へと目を向けた。


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