◇コミカライズ配信記念SS◇
名も無き幽霊王子は、今日も壁をすり抜ける
『ここはどこだ? 私は……誰だ?』
ある日目を開けたら、なぜか見知らぬ部屋の中。
一体ここはどこだ? そして本当に私は誰なんだ?
あとなぜか目線が高いような気がするのは……気のせい、か?
(困った。何一つ、思い出せないなんて)
天蓋付きのベッドは既にカーテンが開いている。中に誰もいないということは部屋の主は起きているはずだろう。
外から入ってくる明るい日差しが、まだ一日が始まったばかりなのだと告げている。
(調度品の数は多くないが、品の良いもので揃えられているな)
そんな風に自分の名前もここにいる理由も思い出せないまま。多少観察しつつ、ただぼんやりと辺りを見回していたら。
(この部屋の主、か?)
緩いウェーブのかかった長い金の髪が、陽の光を浴びて輝いている。
珍しい紫の瞳はこちらを見上げながら、僅かに驚きを含んでいるようにも見えた。
(あぁ、ちょうど良かった。なぜ私がこんなところにいるのか、彼女に聞いてみよう)
そんな風に思った私が、口を開くよりも先に。
「あらあら……。どちらの国の王子様でしょうか? 一体どちらからお入りになって、どうしてお体が透けた状態で浮いていらっしゃいますの?」
そう、質問された。
(……透けた状態で、浮いている?)
それにしても、目の前の女性は成人しているように見えるのに、何て身長が低いのだろうと考えていた私は。
言われて自分の体を確かめてから、ようやく自分の状態に気付いた。
『……透けているな。それに浮いてもいるな』
「わたくしがお伝えした通りでしょう?」
この状況で冷静な彼女が不思議なくらい、私は困惑していた。
というか、なぜ彼女は私に対して警戒しない?
『もしかして、私は君の部屋に不法侵入しているのか?』
「もしかしなくても、不法侵入していらっしゃいますね」
これは、つまり…………。
『し、失礼したっ……! すぐに出ていくから安心してくれ‼』
「あらあら。そんなに慌てて、どちらに行かれますの?」
『どちらって……』
頬に手をあてて、首をかしげながら純粋に尋ねてくる目の前の女性の言葉に、私の思考と体が止まった。
……いや、今の私は、体は持たないのか?
冷静に考えて、今の私は幽霊、なのでは?
そしてどこの誰とも分からない私は、一体どこへ向かえばいいのか。
『私は一体、何者なのだろうか』
何も分からない不安から、ついそんな一言が口から零れてしまう。
「服装から、どこかの国の王子様かとお見受けしましたが。違いましたか?」
だが彼女は私に恐れることもなければ気味悪がることもなく、小さな呟きすら拾ってそう返してくれる。
(……ん? 王子?)
『この服装は、王子のものなのか?』
「おそらくは。お調べしてみましょうか?」
『ぜひ頼みたい!』
「お任せください」
笑顔の彼女に、とてつもない安心感と頼もしさを感じた。
が、次の瞬間。
「ではすぐに支度しますね!」
そう言って、着ている服を脱ごうとする。
しかもよくよく見れば、彼女はまだネグリジェのままで――。
『ま、待て待て!! すまないっ!! 今すぐ出ていくから!!』
「あらあら」
後ろから聞こえてきた声が、なぜか驚いていたようにも聞こえたが。
正直驚いたのは私のほうだ。
(な、何を考えている……!!)
名も分からぬまま、おそらく王子だろうと言われた私は、気が動転したまま壁をすり抜けていた。
まさか、通れるとは思っていなかったので、気付いたのはまったくの偶然ではあるが。ぶつからなかっただけ良しとしよう。
『……いやいや! おかしいだろう!!』
廊下に出て叫んだ私の声は、響くことなく空気に溶けて消えていった。
――――――ところで、目が覚めた。
「この夢……またか」
自分が幽霊になった夢を見たのは、これで二度目だ。
というかそもそも、自国の王子の見た目や名前くらい知っているはずだろう……!!
なぜ夢の中のトリアは、私の顔にも服装にも見覚えがないことになっていたのか。
「夢というのは、何とも理解しがたいな」
『あらリヒト様、お目覚めですか?』
「!!!!」
私の呟きを聞き取ったらしい。本物の幽霊であるトリアがカーテンをすり抜けて、上半身だけを覗かせてくる。
正直、寝起きにこれは、かなり心臓に悪い。
だが、まぁ。
「おはよう、トリア」
『おはようございます、リヒト様』
いきなり服を脱ぎ出すような夢の中のトリアよりは、幾分かマシだと思ってしまう私は……もはや彼女に毒されているのかもしれない。
【コミカライズ配信中!】名も無き幽霊令嬢は、今日も壁をすり抜ける ~死んでしまったみたいなので、最後に誰かのお役に立とうと思います~【書籍発売中!】 朝姫 夢 @asaki_yumemishi
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