第5話 いつのまにか解決
「鬼塚探偵事務所。鬼塚もえ」
瑛士は髪の赤い女からもらった名刺を読んだ。
「よろしくね」鬼塚は笑顔で言った。
疑いのある目で見ると不敵な笑みにも見えたが、今見ると普通の明るい表情だった。
「えっと、それじゃあ金田さんは……」
戸惑いながら瑛士は言った。
「金田じゃないよ。黒山智樹。殺害された黒山の息子だよ」
「ええ!」
かつて金田だった男は、髪量の薄い頭皮を見せてうなだれていた。服装も地味なワイシャツとスラックスに変わっている。
「黒山智樹は、父親の命をずっと狙っていた。私は父親の警護をしていたんだけど、まさか他人の部屋に潜入して張り込んでるとまでは思わなかったな。この男はね、金の力で旅館の人間を買収して、部屋の鍵を手に入れてたんだよ。そしてあんたが黒山と話をしている隙に、黒山の部屋に盗聴器を仕掛けて、あんたの部屋の押し入れに隠れた。そのあとはあんたの言っていた通りだよ。盗聴器で黒山を監視して、寝静まった頃、彼がひとりでいるところを狙って、凶行に及んだ」
瑛士はふんふんと話を聞いていたものの、途中から首を傾げはじめた。
「えっと、ちょっとよくわからないんですけど、窓のレーザーの件はどうなったんですか? 鍵があるなら、わざわざ窓から侵入する必要はないと思うんですけど」
「あんなの嘘に決まってんじゃん。あんたに協力してもらう必要があったから、そう言っただけだよ。あそこまでまんまとひっかかってくれるとは思ってなかったけど。旅館中を探させたのも、私が警察とあんたの部屋をじっくり調べたかったというのが一番の理由だね。黒山智樹はすでに旅館を出ている可能性のほうが高かった。だからあんたと話をしたあと、すぐに警察に犯人の名を伝え、主要道路と駅を見張るように連絡した。変装していなかったから、探すのに手間取ったみたいだけどね。あともう少し連絡が遅れてたら、捕り逃してたところだよ」
「それで、彼はどこで見つけたんですか?」
「熱海駅」
瑛士は畳に座り込んだ。一気にどっと疲れが襲ってきた。
「ごめんねー」鬼塚が両手を合わせて言う。
黒山智樹のほうを見ると、彼は腹立たしげに頭を掻きむしっていた。変装グッズは、おそらく傍らのスーツケースに入っているのだろう。
「でもまあ、犯人が見つかってよかったですね」瑛士は言った。
「やっとこれでしめしがついたよ。父親を助けることはできなかったけど、こいつは捕まえることはできた。あんたのおかげだよ。ありがとう」
「ほんとうに、いつのまにかとんだ災難でしたよ」
瑛士が笑って言うと、鬼塚もほほ笑んだ。
彼女が男の肩を叩くと、男は立ち上がる。
彼はもうあきらめているのか、抵抗もせず素直に彼女のされるままになっていた。うなだれた男の背中が物悲しい。男のスーツケースは、彼女が持った。
「じゃあ、フロントで警察が待ってるから行ってくるね」
「はい、お疲れさまでした。お元気で」
「あんたもね」
彼女はそのまま部屋を出ていこうとしたが、何かを忘れたように引き返してくると、テーブルの下を探った。彼女はそれを取り出して、明るい笑顔で瑛士に見せた。黒い装置だった。黒山智樹が、この部屋にも何か仕掛けていたのだろうか。瑛士がそれについて声を掛ける間もなく、彼女は手を振って出ていった。
部屋が静かになった。
やっと解放された。
いつのまにか起こった殺人事件は、これでようやく解決したのだ。
瑛士は安堵のためしばらく何もできずに、茫然と部屋に座っていた。
すると突然、バンッとドアが勢いよく開いたかと思うと、柏原刑事とイケメンが入ってきた。
「なんなんですか、もう!」瑛士は叫んだ。
「櫃木さん、あなた髪の赤い女見なかったですか?」
「鬼塚さんですよね。さっきまでここにいましたよ。黒山智樹と一緒に」
「鬼塚? 黒山智樹? 誰ですかそれは」
「探偵の鬼塚さんと、逮捕された黒山の息子ですよね。熱海駅であなたがたが息子の身柄を確保したんでしょ」
柏原がイケメンに目配せすると、イケメンは部屋を飛び出していった。
柏原は首を振って言った。
「あなた、まんまとやつらにだまされましたね」
「え、やつらって?」
「二人組の雇われ殺し屋だよ。黒山に息子なんていない。女はスナックで黒山に接近し、今回の旅行に誘ったと思われる。朝の聴取でも女はそれらしいことを言っていたが、今しがたプロファイリングの結果でやつらを割り出した。女が主犯格で、男が実行役だ。女は黒山の知り合いを装って、隣の部屋を借りていた。あんたの反対側の部屋だよ」
瑛士はそこで全てを理解した。先ほどのあの黒い装置が、盗聴器だということも。
女が瑛士に嘘をついて部屋を空けさせたのは、瑛士の部屋に残っていた証拠を隠滅するためであり、瑛士自身、昨日から彼女によってずっと監視されていたのだ。相方の男が黒山を殺害しているあいだ、隣室の彼に気づかれていないかを知るために。男が殺害後も、瑛士の押し入れに身を潜めていたのは、いつでも彼を殺せるようにスタンバイしていたからであり、幸い警察が来て彼が疑われたことで、命が助かっていたのだ。いつのまにか!
柏原が瑛士の腕をとる。
「櫃木さん、重要参考人として署まで来てもらいましょうか?」
「マジですか!」
こうして櫃木瑛士は、いつのまにか連行された。
いつのまにか殺人事件 小谷灰土 @door-door
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます