第4話 いつのまにか捜索

 瑛士は、女の命令を受けて、旅館中を駆けずり回っていた。どこかに潜伏中と思われる探偵の金田を、見つけだすためである。瑛士は女から密室のカラクリを聞くと、もう隠しきることはできないと判断して、盗聴器の持ち主を正直に打ち明けてしまった。女は喜んで、その情報に食いついてきた。


「やっぱり、マヌケな奴がいたってわけね。そいつを警察に突き出してやれば、うまく事はおさまる。櫃木ひつぎさん、あんたってなかなか見どころあるよ」


 目を輝かせてそう言われても、罪悪感に打ちひしがれている彼には「はあ」としか答えようがなかった。この女が犯人かもしれないのに、その人物に加担した自分の行く末は、一体どうなってしまうのだろう、そのことばかりが頭から離れない。


「じゃあ、その金田という探偵ってやつを、仲間のふりをして、おびき出してきて」


「で、でも……」


「なんだよ。協力するって約束したのは、あんたでしょうが。それとも、黒山の部屋に侵入したのは、あんただって刑事に言ってやろうか。今のご時世、女性がひ弱な感じで涙ながらに訴えたら、たいていのことは信じてもらえるんだからね」


「わかりました。探してきます」


                ◇◆◇


 金田に会ったら、真っ先に謝罪しよう。瑛士はそう思った。そしてこの危機的状況から打開する道を、彼とともに考えよう。探偵の彼なら、思いも寄らない発想で救い出してくれるにちがいない。今はそれを信じるしかなかった。


 フロントは人でごった返していた。旅館の関係者が、キャンセル客の対応や電話の問い合わせなどに追われていた。大きな怒鳴り声が、瑛士のいるところまで聞こえてくる。入口付近では、マスコミの記者と思われる人たちが何組か、中の様子を伺っていた。


 仮設の相談窓口のようなところで、金田の宿泊履歴を訊ねても、案の定教えてはもらえなかった。

 だが、その窓口の女性は袴姿の男は見たことがあると言い、昨日その男に展望レストランの場所を聞かれたことだけは教えてくれた。瑛士はその証言を参考にして、なるべく人の集まりそうな場所を中心に、当たってみることにした。


(そもそもあの謎の女が嘘をついている可能性も大いにあり得る)


 瑛士はエスカレーターを待つあいだに、ふとそのことについて思いを巡らせた。

 

 窓の細工も、こちらが調べることが出来ない以上、本当かどうかわからない。いくら関係者だとはいえ、殺人現場の情報を素人が事前に把握することなど可能なのだろうか。警察に通報する前に、それらを発見したのかもしれないが、だとしたら彼女自身が、黒山を殺害したあと、その嫌疑を逸らすために、事前に細工をすることだって可能なはずだ。そして金田を犯人としてひっぱり出し、無実の罪を彼に着せれば、自身の犯行はバレずに済む。金田は黒山をもともと秘密裏に追跡していたわけだから、罪を擦りつけるにはうってつけの人物ではないか。


 女にはめられていると思えば思うほど、気持ちが急いてしかたがなかった。早く金田を見つけて、何とかしないと……。瑛士のスリッパの音がパタパタと激しくなる。


 展望レストランに向かうも、それらしい人物は見当たらなかった。同じ階の屋台コーナーやバーにもいない。あと、他に人の集まりそうな場所と言えば、屋上庭園か大浴場くらいしかなかったが、そこに行っても、やはり見つけだすことはできなかった。


 さんざん探し回って自分の部屋の前まで来た時には、すでに日は暮れていた。

 

 隣の部屋もテープが貼ってあるだけで、警察もどこかへ行ってしまっている。ぜいぜいと汗をかく瑛士は、隣室のドアを睨みながら、憎しみに打ち震えた。


「なんで隣なんだよ」


 浴衣の帯を締め直す気力も、もうない。正直どうでもよくなっていた。事件と全く関係のない自分が、なぜここまでしなければならないのか。俺はもう帰るぞ、瑛士は決心した。追いかけるなりなんなり、あとは好きにしろ。


 怒りにまかせてドアをぶち開けると、そこに髪の赤い女が立っていた。


「あ、ごくろうさま」女が瑛士に言った。「協力ありがとう。おかげで捕まえることができたよ」


 部屋の隅には、手錠をした髪の薄い男が蹲っている。


 金田だった。

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