第3話 いつのまにか謎の美女

 ようやく面倒な人たちから解放された瑛士は、気晴らしに遊技場に出かけた。隣の部屋を通り過ぎたが、立入禁止のテープが貼られていて、二人の警官が厳重に警備していた。


 ゲームコーナーでUFOキャッチャーを軽い気持ちではじめ、もう少しで取れそうな局面になって白熱しているうちに、誰かが傍にいることを全く気がつかないでいた。


「私がやってもいい?」という声がして、瑛士は驚いて振り返る。


 自身の油断が悔やまれた。その人物こそ、金田が警戒するあの髪の赤い女性だったからである。


 過剰に意識しても怪しまれるだけだから、瑛士は一歩退いて、「どうぞ」と言った。


「ありがとう」女は小銭を投入すると、深緑のネイルの指で開始ボタンを押した。黒いワンピースに、ロングブーツという出で立ちの彼女は、間近で見ると少女と言ってもいいほど若かった。瑛士は自分がだらしない浴衣姿で来てしまったことを少し恥じた。


「あんた、櫃木って言うんでしょ?」ガラスの中を覗きこみながら、女は言う。「警察があんたのこと嗅ぎまわってたよ。お気の毒さま」

 

 瑛士が苦闘したマイメロのぬいぐるみを、彼女は一発で難なく穴に落とした。取り出し口からぬいぐるみを手に取ると、女は「欲しい?」とたずねた。


「いや、大丈夫です。それよりも、あなたのほうは大丈夫なんですか?」


「大丈夫じゃない。欲しいって聞いてみただけ。マイメロちゃんはあげないよ」女はぬいぐるみを大事そうに抱きしめた。


「いや、そういう意味じゃなくて」


 女は瑛士を不思議そうな目で見る。「なによ?」


「俺が聞いてるのは、あなたは黒山さんが亡くなっても、何とも思わないのかってことですよ」


 女が一瞬鋭い目つきになったのを、瑛士は見逃さなかった。女はしおらしくガラス面にもたれかかり、マイメロを目の高さに掲げた。


「それは私もショックに決まってんじゃん。まさか、あんなことになるなんて……。犯人は絶対に許さない。私がこの手で捕まえてやるんだから」


 瑛士は心の中でほくそ笑んだ。やはりこの手の女は、狡猾で演技が巧みだ。何度も女性に騙された苦い経験を持つ彼は、そう直観した。


「彼は絞殺されたんですよね?」瑛士は女をいたぶる気持ちで、聞いてやった。


「そう。首には無数の掻き傷があって……。よっぽど苦しかったんだろうな。私が向かったときにはもう遅かった」

「そいつは残念だ」


「でも」と彼女は顔を上げた。「決定的証拠を発見したんだよ。それを今しがた、警察に提出したところなの。その出所さえ判明すれば、馬鹿な犯人は必ず捕まる」


 女は口角の一方を上げて、不敵な笑みを浮かべた。


「決定的証拠?」


「盗聴器だよ。マヌケな奴もいたもんだね」


 瑛士は狼狽した。


「い、いや、それは違うんじゃないかな……」


「え? なんで」女は怪訝な顔をする。


「わかんないです。わかんないですけど、密室殺人を犯すほどの人間が、わざわざ跡を残したりしないんじゃないですかね? むしろ盗聴器は別人と考えたほうが……」


「別人? 別人って誰よ。え、もしかして刑事が言うように、あんたが……」女の顔つきがますます険しくなった。


「違います違います。俺ではありません」


 必死で否定する瑛士は、頭が混乱していた。変に言い訳をすると、自分が怪しまれるし、この女が犯人である可能性も考慮に入れて話さないと、思わぬボロを出しかねない。探偵の金田に不利になるようなことも言いたくなかった。しかし、このままでは自分が、警察にさらなる嫌疑をかけられてしまう。




「いや、そいつが犯人ですよ」




 自分の身を守ることを最優先に考えた結果、彼が導き出した答えがこれだった。


 女の表情がぱっと明るくなる。「でしょ?」


 瑛士は大きく頷いた。「きっと、そいつが黒山の挙動を逐一監視してたんですよ。そして、彼がひとりでいるところを見計らって、静かに凶行に及んだ。これで間違いない」


 だが女の反応は、彼の予想に反していた。女は顎に手を当てて首を傾げる。


「うーん、私も最初はそう思ったんだよ。でもそうすっと、ひとつ矛盾する点が出てくるんだよね」


「なんですって!」瑛士は思わず声がうわずってしまった。


「あれ、あんた刑事からなんも聞いてないの?あいつらがあんたを怪しんでいる理由はそこなんだよ」


「な、なんですか、それは。知らないですよ。ぜひ教えてください、お願いします」


 瑛士は情けない顔で、女に懇願した。もはや虚勢もかなぐり捨てていた。


 ガラスにもたれた女は肩までの髪をかきあげて、瑛士を試すような目で見た。


「じゃあ、私に協力する?しないんだったら、教えない」


「しますします。何でもしますから」


 女はしばらく瑛士を値踏みしたあと、ため息をついた。


「しょうがないなあ」と女は口をとがらせる。「あの部屋は、実は密室じゃなかったの。密室じゃないのに、わざわざ盗聴器をしかける意味ってなんだろうと思って」


「ええ、密室じゃないってどういうことですか?」


「だからあ、窓の鍵を引っかけるとこがね、レーザーみたいなもので焼き切られていたの。つまり、見た目には閉まっているように見えても、実際は鍵が開いていた。ということはだよ、バルコニーから黒山の部屋に忍び込むことも不可能ではないし、だからこそ警察は両隣の客を犯人の候補にあげた。つまりあなたか、もう一方の隣室の客」


 瑛士の顔面が蒼白になった。

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