第2話 いつのまにか名探偵
「金田一じゃないんですか?」
「
涼しげにそう言って、金田は畳の上にどすんと腰を据えた。ざんばら髪の頭には、激しい寝ぐせがついていた。
瑛士は気をとりなおして言う。
「まあそんなことは、どうでもいいんですよ。それより金田さん、そもそも探偵のあなたが、なんで俺の部屋にいるんですか?」
「決まっているじゃないか。犯人捜査のためですよ。僕の推理が正しければ、犯人は間違いなくこの旅館の中にいます。君には悪いが、昨夜から忍びこませてもらってましたよ」
「は?どういうことですか?」
瑛士は金田の言っている意味が、よく理解できなかった。
金田は懐からレシーバーのような機械を取り出すと、彼に見せた。有線のイヤホンが繋がれており、そのひとつを金田は耳に入れる。
「これは受信機です。昨日、黒山の部屋に盗聴器を仕掛けたんですが、電波の近いこの部屋からだと、一番聞き取りやすいと思いましてね」
捜査のためとはいえ、自分の部屋を無断で利用されていたことは腹立たしかったが、警察の疑いをはらせることに、ひとまず瑛士は安堵した。
「それじゃあ昨夜の犯行も、あなたは把握しているわけだ。良かったー。ぜんぜん関係ないのに、変な疑惑を持たれてしまって、迷惑してるんですよ。俺はただ休みたいだけなんだ。早く犯人をしょっぴいて、終わらせてくださいよ」
それまで穏やかだった金田が、急に頭をくしゃくしゃ掻いた。その猛烈な動きに、瑛士は戸惑った。
「ところがそう簡単には、ことが運ばなかったんですよ。僕は犯行があの部屋で行われることを事前に察知して、先手を打った。そこまでは良かったんです。しかし、昨日、おそらく食事の席で飲んだ飲料に、薬が仕込まれていたらしい。僕は君の押し入れに入るや、すやすやと眠り込んでしまった。君の押し入れは何とも言えずふかふかで、気がついたらもうこんな時間ですよ。全くの不覚だ。今回の犯人は、なかなか手強いですよ、櫃木くん」
「犯人がわかってないなら、もう出ていってくださいよ」
金田は瑛士の言葉を無視して立ち上がり、窓辺に向かう。しかたなく瑛士は彼を目で追った。
「君は、黒山がなぜ殺されたか、わかっているのですか?」
「さあ、警察は資産家だって言ってましたけど」
興味のない瑛士は適当にそう答えた。
「そうです」 振り向いて金田は言う。「黒山は莫大な遺産を持っていた。当然、彼の命を狙う連中も少なくない。にもかかわらず彼はこっそり屋敷を抜け出して、このような小旅行を重ねていたんです。屋敷の人たちは、そりゃやきもきしますよ。僕はその屋敷のとある方に頼まれて、彼を追跡調査しているところだった。結果的に、最悪な事件になってしまったわけですが……。君、昨日の送迎バスに、もうひとり奇抜な人物がいたのを覚えていますか?」
「ああ、なんかいましたね。真っ赤な髪をしたパンキッシュな若い女性ですよね。黒山の席のうしろに座っていた」
「あれは黒山の愛人なんですよ。怪しまれないように互いに他人を装っていましたが。彼女は金目当てで、黒山をずっと追っかけまわしていたのです」
「ええ、そうなんですか? まさか命を狙う犯人って……」
「しっ!」
金田が人差し指を口元に立てた。瑛士は慌てて口に手をあてる。
「黒山の息子とその女が手を組んでるのは明らかです。まあ、彼女自らが手を下した可能性は限りなく低いでしょうけど。そういうことも含めて、とりあえず僕はもう少し、調査を続けてみるつもりです」
「お願いします。このままだと俺も疑われてしまうので」
瑛士は頭を下げた。
金田は押し入れから小ぶりなスーツケースを取り出すと、受信機をその中に入れた。
「ここにはね、変装グッズが入ってるんですよ。あなたが昨夜、黒山と話をしてくれて助かりました。おかげで僕はそのあいだに従業員になりすまして、容易に部屋に入り込むことができた」
「なるほど」
「警察には、僕のことはなるべく伏せておいてください。別に言ったって構わないが、調査の邪魔になるだけですから。君だって、さきほどの会話で警察の無能ぶりを痛感したでしょう? あんなのに関わっていたら、捕れるものも捕り逃がしちゃいますよ。ではこれで失敬、またお会いしましょう」
金田は手を挙げて、颯爽と部屋を出ていった。
瑛士は押し入れだけでなく、部屋中を点検してまわり、誰もいないことを確かめてから、やっとひと息つくことができた。
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