第3話 テンプラ

 同僚のオダギリがデスクで何やら渋面を作っている。


「どうした?」


「人を殺した」


 深刻そうに言うが、何をそんなに深刻になっているのか私にはわからなかった。


「いつものことだろ」


「いつものことと言えばそうなんなんだが……」


「相手は指名手配犯だろ? 生死を問わずの」


「と思うだろ? 〝可能な限り生きて捕らえろ〟の方だったんだな」


 私は驚いた。

 かなりのレアケースだ。

 ここニュートーキョー・カブキシティにおいて指名手配犯の99%は生死を問われない。

 凶悪犯罪者をいちいち捕らえて裁判をして死刑にしている余裕などありはしないのだ。そんなことをしていたら死刑囚の大渋滞だ。

 ゆえに現場で即死刑は執行される。

 たかが警察の下請けのセキュリティサービスの社員によって。

 中堅のフジヤマセキュリティサービスですらその権限が与えられている。それだけ治安が悪いのだ。

 殺人ライセンスが与えられているサムライセキュリティサービスに至っては、生死問わずの指名手配犯以外も殺害が許されている。

 彼らは〝間違わない〟からだ。

 彼らが殺した人間は死刑に値する犯罪者なのだ。後から〝そういうこと〟にされる。

 だから……私は彼らを同業者とも思えないし、あまり好きではない。


「生きて捕まえなきゃいけない犯罪者ってなんだよ。窃盗だけとかか?」


「いや、議員の次男坊」


「あぁ」


「ただ犯罪歴は消し切れてなかったんだよ。強盗殺人、強姦殺人、窃盗、詐欺」


「一発アウトだろ」


「とはいえってやつよ」


「で、どうなんの?」


「俺のアイカメラの録画映像の提出と顛末書」


「ちゃんと録画できててよかったな」


「そうなんだよ、向こうから先に発砲してるのがちゃんと録れてたからこんなもんで済んでる」


 オダギリは平凡な風貌だが、セキュリティサービスの社員であるがゆえ、当然サイバネティクスインプラントで肉体改造は行っている。

 それは私も同じだ。

 どういった改造を行っているかは犯罪者との戦いでの切り札にもなることなので同僚とはいえ簡単には教えない。

 しかし眼球は証拠映像の記録のために入れている社員も多いだろう。


「じゃあ、今日は残業だな」


「そういうことになる。悪いがマージャンもパチスロも付き合えん」


「別にいいよ。じゃ、俺は先に上がるわ」


「お疲れ」


 私はオダギリを残して、オフィスを後にした。



 ――さて、何食うかな。


 私はカブキシティの雑踏をとぼとぼと歩く。

 ラーメンという気分ではない。

 スシかテンプラか。そのあたりにしようと決めると飲食店が密集する方へと歩みを向ける。

 歩くうちに何か決め手となるきっかけがあればいいのだが。

 すると高級なスシ屋に見覚えがある顔が入っていく。


 ――あれは。


 サムライセキュリティサービスの役員たちとザマという社員、それにシンジュク警察署長だ。

 役員も警察署長も背広をまとった一般人といった風体だが、ザマは違う。

 ザマはサムライセキュリティのトップランクだ。

 全身のサイバネティクスインプラントを隠そうともせず、金属製のパーツもすべて剥き出しにしている。

 まるで巨大な西洋の甲冑のようにも見える。

 噂によると脳以外のすべてが人工パーツに差し代わっているらしい。

 

 ――ザマって何食ってんだろうな。


 私はそんなことを考えながら、テンプラの屋台に足を向ける。

 サムライセキュリティサービスの連中が高級な天然スシを食っているのに、カリフォルニアロールなんて口にする気にはなれなかった。



 裏道にあるテンプラの屋台は他に客もいない。


「サワダさん、いらっしゃい。今日はどうします?」


「ビール。テンプラはおまかせで」


 そもそも大して種類があるわけではないのだ。

 通ぶって自分で順番を指定するほど無粋なことはない。

 スシやテンプラは店主に任せておけば、客が一番美味く食えるように出してくれるものだ。


「あいよ」


 大将はトレイの上のコオロギとイナゴに衣をつけて、油に手際よく落としていく。


「今日はいいの入ってるよ」


「いつもそう言うよな」


「今日はサイズが違うでしょ。一回りデカいのよ」


「そうかなぁ。それにあんまりデカいと気持ちが悪いんだよ」


 私の目にはいつもと変わらないように見える。

 テンプラは海洋生物に似た味になるよう品種改良された昆虫――コオロギが主に使われる。

 海が汚染されるまではエビやイカといった今になってはあまりお目にかかれない食材を使っていたようだが、どこでも大量に繁殖させられて改良/改造が容易な虫が食材として使われることが多い。


「あいよ。熱いうちにどうぞ」


 私は差し出された丸々と太ったコオロギに塩をつけて、半分齧る。

 揚げ物は塩に限る。揚げたての衣の感触や素材の味を殺すことがない。

 羽や脚の不快なパリパリとした感触を歯が貫いた後に、なんとか辿り着いた肉の部分は食べられないことはない。

 品種改良されているだけあって、適度な弾力と旨味が油と熱と一緒に舌を刺激する。

 私はコオロギと上半身と目を合わせないように残りの半分を口に放り込む。

 やはり美味さに辿り着くまでに一度不快な感触と軽い嫌悪感を経由するのに慣れることはなさそうだと改めて思った。


 いつかこの街で心の底から美味いと思える飯にありつくことはできるのだろうか。

 わからないが……そう信じて生きていくしかない。

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SF飯 ~サイバーパンク・グルメリポート~ 和田正雪 @shosetsu

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