第2話 ヤキトリ
今日は楽な仕事だった。
闇カジノと闇スロットの摘発だ。
カブキシティには違法な闇カジノ、闇スロットが幾つもある。
勿論、堂々と看板を掲げているわけではないが、どの雑居ビルにも入っていると思っていい。
適当な雑居ビルに入り、エレベーターが止まらない階があれば大抵【当たり】だ。
闇カジノでなくても人に見られて困るものが何かしら隠されている。
とはいえ、そんなことをしなくてもタレコミがあるので、その情報を元に潰せばいい。
こんなショボい仕事は警察もサムライセキュリティサービスも手をつけない。
ルール違反であっても被害者らしい被害者はおらず――胴元も客も犯罪者だ――潰したところでどうせすぐ新しい店として復活する。
こんなところに足を運ぶ客は合法なパチスロ店では飽き足らないくらいには金があってもサムライセキュリティサービスに金を払って犯罪をなかったことにしてもらえるほどの金持ちではない。
サムライセキュリティサービスに金が払えるような者はそれこそシェルターのような誰にも見つからないところでギャンブルを楽しむのだろう。
だが、フジヤマセキュリティサービスは暇な社員が小銭稼ぎと微かな治安維持のためにカブキの闇カジノ潰しにも手を出していくのだ。
違法ギャンブルの摘発で逮捕された犯罪者はすぐに罰金を払って釈放される。警察の下請けのセキュリティサービスはその罰金の一部を収入としている。
捕まる側も前科は付くが罰金ですぐ釈放されるとわかっているため、武器を使って抵抗するような者はおらず我々としても安全なのだ。
そういった輩が新しい店を出そうと思わなくなるほど潰し過ぎてはいけない。
増え過ぎず、減り過ぎないように適度にしょっぴくのがお互いにこの街で楽しく生きていくコツだ。
※
スーツを着てカブキの街を歩く。
まだ少し夕食には早い。
今日は博打狂いの同僚オダギリも横にいる。
「今日も早かったな」
「あぁ」
私は彼の方も見もせずに首肯する。
「サワダこれからどうすんの?」
今日はマージャンができない。
なぜならメンツが四人揃わなかったのだ。
早めに仕事が終わると必ずしも同僚みんながギャンブルに行くわけではない。家族のためにさっさと家に帰ってしまうパターンもあるのだ。
「そうだな。今日はちゃんとした飯食いたいからエナジーバーは行かない。とりあえず」
「じゃあ、飯屋?」
「にしてもまだ腹が減ってない。だから、そこまでパチンコ屋かな」
「お、いいじゃん。どの店行くんだ?」
ただの晩飯までの時間潰しとはいえ、負けていいわけではない。
店選びは慎重に行わなければならない。
「難しい質問だな。即答はできない」
「まぁな」
パチンコというのは一見ただハンドルを捻って玉を打ち出し、スタートチャッカーまたはヘソと呼ばれる中央のポケットに入れて抽選結果を見守るだけの遊びではあるのだが、実はそう単純なものではない。
勝負は地域、店、台選びこそが大切なのだ。
地域によって換金レートが異なることで、客に有利な地域では店側は釘を絞めて抽選回数を減らそうとしてくるし、逆に釘が甘い店は換金レートが店側に有利な配分になっており、いくら勝っても店に大幅に持っていかれてしまったりもする。
さらに釘だけでなく、台の傾きや遠隔操作などあらゆる手段で客やセキュリティサービスの目を掻い潜ってイカサマを仕掛けてくる。
このイカサマも合法の範囲ギリギリのところを突いてくるので、セキュリティサービスとしてもしょっぴくことは難しい。
ゆえに客側に有利だと判断できる台に座るための事前準備こそが最も大事なことだと言える。
「今日、どこかイベントやってるっけ?」
私はぱっとは思い出せない。
ゾロ目の日――月と日の数字が同じ日、一一日か二二日――にはたいていどこかしらパチンコの釘を開けたり、スロットの設定を高設定――5ないし6――を入れているがそうでない日はカブキシティのような治安も悪くゴミゴミしているにもかかわらず地価が高い土地で店舗面積が狭い――必然的に置ける台数も少なく、少ない台数で回収しなければならない店はそうそう客に勝たせようとはしない。
還元日以外にカブキシティでパチスロを打つ奴は店の良い養分だ。
「やってねーな」
「養分になりに行くか?」
私は不服ではあるが、行くこと自体は吝かではない。
良い釘のパチンコがなければ最悪低レート台でちょろちょろと玉を出して時間を稼ぐということになるだろうが。
※
「負けたな……」
「あぁ。あの赤保留外したのが激痛だった」
「赤は信用ならん。信じられるのは金保留だけ」
「そうだな……」
二人揃って溜息を吐く。結局ハイレート勝負をして負けたのだ。
「次は違法店に行って、負けたら摘発してやろうぜ」
「それはいい考えだ」
そして二人揃って笑い合うと腹が減ってきた。
ギャンブルで金を失った後は一瞬食欲を失うが、その反動がくるかのように腹が減る。
「どこの店にする?」私は尋ねる。
「選択肢なんかねーだろ。俺たち殆どすっからかんだ」
「おっしゃる通り」
「残った金で飲めるとなったら……鳥ショーグンか」
「そこしかあるまい」
私はオダギリの提案を呑むことにした。
「カプセルは飲んどけよ」
「あぁ」
オダギリの言うカプセルとはなにか?
セキュリティサービスの人間は飲酒自体を禁じられているわけではないが、当然二日酔いで寝込むなどということは許されていない。
ゆえにサイボーグ化や内臓を強化していない人間がアルコールを体内に入れる場合はアセトアルデヒドを完全に無毒化するための錠剤が支給されており、それを飲まなければならない。
私たちは小さな錠剤をのみ込む。
※
雑居ビルの二階に入っている鳥ショーグンの店内に入る。
まだ夕方だというのに繁盛している。
鳥ショーグンは全国展開しているヤキトリのチェーン最大手だ。
引くほど安い。
エナジーフード並みだ。
そしてアルコールも安い。
このカブキシティにおいては水より安い。
綺麗な水は高級品だからだ。アルコールを弱毒化して飲む方が安いというイカれた状況になっている。
私たちはテーブル席につくと、店員が注文を取りに来る。
二人揃ってビールの最低ランクのものを注文する。
ひと昔前は店員のロボット化やアンドロイド化実験が行われていたらしいが結局は人間が一番コストが安いということになったらしい。
皮肉なものだ。
「かんぱい」
昔ながらのジョッキで運ばれてきたビールを一気に煽る。
「うまい」
「あぁ」
口から喉、そして腹の中に心地よい冷たさが薄っすらとした麦の香と共に流れ込む。
贅沢を言えば、もっと濃い麦の香りを楽しみたかったが、博打に負けた我々にそんな権利はない。
劣悪な環境下での大量生産を可能にした強化麦のビールしか飲むことはできない。
汚染された地域の浄化にも使われるというこの強化麦は僅かな栄養や水分でも育つがいかんせん味が悪い。
いつか本物と呼べるものを飲みたいものだ。
「ヤキトリは盛り合わせ二人前でいいか?」
「あぁ。足りなかったら各自で追加頼もう」
そして運ばれてきたヤキトリの皿にはもも、つくね、ねぎま、皮、砂肝、レバーが二本ずつ。
オダギリはそれをこともなく口に運んでいく。
「うまいうまい」
――バカ舌だなぁ。
私は彼が時々羨ましくなる。
とはいえ、今の自分にふさわしいのはこのランクなのだ。
肉はどれもパサついて、引き締まっていない。それでいでどこか脂っこい。
エナジーフードよりちょいマシ程度のものだ。
「今度、パチンコで勝ったらもうちょっとランクの高い肉を食おうぜ」
私が言うもオダギリは首を横に振る。
「今の時代、肉なんてちょっとくらいいいのにしたって変わらねぇよ」
「そのちょっとを大切にしたいんだけどなぁ」
私が壁に映し出されたこの店で出されている鶏をデフォルメしたイラストを眺めながら言う。
そこには〝頭がなく、脚が八本ある鶏らしき何か〟が描かれていた。
「昔はちゃんと自力で生きてた動物食えたらしいけど、今は動物愛護で脳がある動物は食っちゃダメだからなぁ」
「はぁ……」
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カクヨムコン7に『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない(https://kakuyomu.jp/works/16816700429295835722)』というオカルト恋愛小説で参加中です。
こちらの方がありがたいことにホラージャンルの上位にランクインしておりまして、中間選考突破を目指しています。
本編完結しておりまして、一気に最後まで読めますのでもしご興味をお持ちいただけましたら、こちらもご一読いただけますと幸いです。
沢山の応援コメントや素晴らしいレビューをいただいていますので、そちらだけでもお読みいただければとても嬉しく思います。
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