後編

 目の前の台風は、巨大だった。

 山なんかよりも、よほど大きく、高かった。


「良いだろ。こんなに、広い峠を走り放題だ。お前は幸せ者だ」


 さすがに、師匠。

 ビビっていても仕方ない。ここは、師匠に影響されるか。

 

 スタートでは、アベルが魔獣、幻獣たちのマシンの争いに巻き込まれた。

 悪いが、その間にユキちゃんの後ろにつける事が出来た。


 それにしても最新型の雲は、凄い。目の眩む様な速さと、操舵に切れがある。こちらは、吸い込まれているだけなのに、少し怖い。

 それにしてもジリジリと引き離されている。中速コーナーが、続くこのスタート直後でも駄目なら後半の高速コーナーは、思いやられる。

 すぐ後ろから、コダマ君がついてきている。僕は、わざと道を開ける。もちろん、コダマ君は、僕がこうするだろうと分かっていたので、スムーズに追い抜いていく。

 コダマ君のスリップストリームにつく。

 悪魔のくせに、いい奴だ。


「人間より、怖い悪魔なんて、いませんよ」


 レース前のコダマ君のお話。

 人間としては、悩むところだ。


 低速コーナーの七曲がりまで、何とか虎ノ介に抜かれるだけで、耐えた。

 七曲がりといっても、狭くもないので、ところどころイージーに抜ける道幅がある。

 軽量を利して、虎ノ介をパスして、コダマ君に迫る。

 台風の壁に、雲の側面を押し付けると、雲のレースマシンは、押し付けられた所からも、台風の雲を吸い込む、その力は、軽量マシンなら遠心力に負けないくらいは有る。僕のマシンならコースから飛びださない。

 名付けて、壁こすり。


「トラちゃんゴメンね」

 

 しかし、高速コーナーに侵入すると、再び抜かれた。

 結局、登り終了までには、アベルにも抜かれて、5位だった。


 アベルの団子から抜け出してからの追い上げは、凄かった。

 高速コーナーに入ってからは、あっという間に抜かれた。

 マザコンの半神である事を鼻にかける嫌な奴だが、実力は本物だ。

 ユキちゃんは、青くなっていた。


「ユキちゃんの願いは、何?」


「人間世界で、生きる事よ」


 頂上にある台風の目ホテルで、食事中の僕の質問。

 ユキちゃんのその答えに、みんな驚いた。


「だって、人間である母方のおじいちゃん、おばあちゃんの寿命は、とても短いって聞いたわ。私は、何百年も生きるのだから、生きている間だけでも傍にいてあげたいの」


 聞かなければ良かった。しかし、僕だってフワリのために負けられない。

 アベルが、バカにして、突っかかって来ると思ったが、自身の身も半神。

 思うところもあるのだろう。何も言わなかった。


 下りは、上りの結果順だ。

 5番目にスタートした僕が、最初に捉えたのは、虎ノ介だった。やはり、アベルは先へ行った。下りも速い。

 虎ノ介が、アンダーを出したのは、アベルにあっさり抜かれたショックからだ。

 

 僕が、アベルに追いついた時、コダマ君とアベルが絡んでいた。

 後ろから彼らを見る。

 凄い争いだ。

 パワーではアベルだが、先行のコダマ君は、上手くブロックしている。

 ふたりには気の毒だが、チャンスを窺う。

 踏みこんだアクセルを緩められない。少しでも直線が続くと、離される。


「下りなのに」


 こちらは、とっくに全開走行。

 ゼロカウンター。

 それでも、ふたりに、近づけない。

 師匠のように、ドリフト走行が好きな人は、ともかく、僕は怖い。

 それでも…。


 コダマ君の誘いに乗って、抜きにかかったアベルは、急に現れたギャップに、アベルの雲が、ジャンプして、台風から離れたため、パワーダウンした。

 怖くても、目を閉じられない。

 僕は、壁走りをした。

 壁をこするのではなく、台風の雲の壁にタイヤを押し付け走った。

 タイヤは、台風から離れないためのものだから、出来るはず。


 ふたりをパスすると、そのままスピードを落とさずに下る。

 落とせば、ふたりに追いつかれる。すぐに、七曲がりだ。

 壁はなくなり、本来のコース上に戻る。


 直後!

 低速コーナー、七曲がりに飛び込む。

 ほとんど、ブレーキは、触るだけ。

 低速コーナーが、終わるまでに、ユキちゃんに追いつかないと、勝ち目が無い。ようやく後ろ姿が見えてきた、ユキちゃんの雲。

 さすがのユキちゃんもこの区間では、スピードが、落ちている。

 滑るか滑らないかで、全開走行すると、徐々に追いついてきた。


「低速コーナーの出口が、勝負だ」


 師匠に教えられた作戦を実行するには、差を詰める必要がある。

 正直、怖いが…。

 アクセルを踏む僕を僕自身が応援している。


「捉えた」


 僕が、そう思った時、ユキちゃんは、逃げ切れたと思ったそうだ。低速コーナーが、その最後の曲線の姿を見せる。

 下りコースは、ここから高速コーナー。


 先行している、ユキちゃんの雲が、立ち上がりのスピードを上げていく。

 僕は、エンジンを切った。台風に貼り付けなくなった僕の雲が、台風から飛び出し、落ちていく。

 2つ先の高速コーナーに着地する。

 飛んではいない。

 落ちただけ。

 台風の上昇気流が、着地のショックを緩めた。

 いくらマシンが古くても、コーナーふたつの差は、大きい。


 最後は、再び追いつかれそうになったが、逃げ切った。

 台風レースは、僕が優勝。

 ユキちゃんたちは、団子で、ゴール。

 アベルもコダマ君も立派。


「優勝賞品は、何にしますか?」


 大会主催者の神様が、訊いてきた。


「あれ?フワリちゃんでは?」


「あの雲は、元々あなたのために、知恵の女神が、生み出しました。その時点で、フワリちゃんは、あなたの物です。知恵の女神は、レースに参加して欲しかったので、あなたに嘘をつきました。読みにくい小さな字で注意書きなんて、そんなセコいこと神様はしません。だいたいそんな注意書きなんて、ありません。だから、あなたの優勝賞品の叶えられる夢は、まだ聞き届けられます」


 神様も嘘をつくのか!


 少し離れた場所で、知恵の女神様は、ユキちゃんの応援に来ていた鬼の王様と師匠と運命の女神で、楽しそうに会話が弾んでいるもよう。


 許される嘘、善意から出た嘘は、神様もつくらしい。


 やはり知恵の女神様。

 

 フワリちゃんは、すでに僕と一緒です。

 女神様は、どうして僕に…。

 しばらく、考えました。


「僕の望みは、ユキちゃんの望みを叶える事です」

 

 半分は、鬼のユキちゃん。

 実は、地上に降りる許可が、なかなか出なかったようです。

 そこで、ユキちゃんが、優勝を逃した場合の保険が僕でした。


 ユキちゃんは、今地上に暮らしています。

 ユキちゃんのおじいちゃん、おばあちゃんは、とっても喜んでいます。


 僕にとっても義理のおじいちゃん、おばあちゃんになりました。

 今、僕は、とても可愛いお嫁さんと暮らしています。

 時々、鬼がやって来て、鬼世界の様子を話します。あんなに怖かったのに、ユキちゃんのお世話係の頃が懐かしいと、話します。


 優勝出来なかったが、完走した虎ノ介は、特別に家猫の姿に変えてもらえました。

 今は、我が家で、居眠りです。


 フワリちゃんの上。ユキちゃんとふたりのフワフワ、ユラユラのお昼寝タイム。


 僕の最も幸せな時間。



           おわり(^-^)




 

 



 




 




 

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台風レース @ramia294

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