台風レース

@ramia294

前編

 

 川の土手に、寝転ぶ。

 勢いを増してきた、草の匂いがする。

 春、花の後、緑が濃くなってくると、ポカポカと晴れた日には、屋外で昼寝をしても平気になる。


 寝転ぶ僕は、空を見上げる。

 空には、僕の様にお気楽そうな雲が、ポカリ、ポカリ。

 あれだけたくさんある雲だから、ひとつくらい、乗れる雲があっても良いのに。

 

「あーあ。雲に乗ってプカプカとお昼寝出来たら、よく眠れそうだ」


「お昼寝は、ともかく、雲に乗ってみますか?」


 突然声をかけられた。


「どなたで…」


 どなたですか?と言いかけて、絶句した。

すぐ傍で、とても綺麗な女の人がニコニコして、雲に乗っていた。


「雲に乗ってる!」


「どうかしました?先ほど、あなた自身が、雲に乗りたいと言っていたような…」


 僕の頭の中は、現状把握しようとして、素早く動いた?


 「本当に雲に乗れるとは、世の中広い」

 「いや、待て」

 「これは、おかしい」

 「この女性は、誰だ?」


 我ながら単純な頭の中の小宇宙。


「神様です。知恵の神様です。」


 何!他人の考えを読めるのか?


「神様ですからね、読めますが、今は、あなた自身が、口に出して言っていたような…」


「本当に雲に、乗れる?」


「大丈夫。神様ですから。あなたのお昼寝の夢、叶えます。雲に乗りたければ、ついてきて下さい」


 確かに思いは、叶った。

 しかし、ひどい目にあった。

 その時は、そんな事になるとは思わず、僕は、女神の乗る雲に足をかけた。


 天界では、僕用の雲がすでに用意されていた。フワリと名付たフワフワと浮かぶ雲に乗り、念願のお昼寝がすぐに出来た。

 雲は、意志を持っていて、ペットの様に僕に懐いた。

 僕たちは、すぐに仲良くなり、快適な時間を過ごす僕は、天界の何処に行くにも一緒だった。


「契約書です」


 1週間も経った頃、神様が、ピラっと、A4サイズの紙1枚を差し出した。


「フワリちゃんとのお試し期間は、明日で終了です。もしフワリちゃんを正式に迎え入れるならこの書類にサインをして下さい」


 書類には、フワリちゃんを迎え入れる条件として、台風レースに出場しますと、記されていた。

 フワリちゃんは、僕に身体を擦り付ける。


 もしもあなたの愛する飼い猫が、おやつが欲しいと身体を擦り付けてきた時、あなたはどうするだろう?


 迷う余地は、無かった。

 フワリちゃんのためには、僕は何でもする覚悟がすでに出来ていた。

 

 神様は、人間の様な嘘などつかない。しかし、少しズルい。


 台風レース。

 天界で行われる年に1度のレース。

 天界のF1?

 天界のWRC?


 その年の最も巨大な台風に作られたコースを走るレース。のぼり、下りのワンセット。レース用の雲のマシンで勝負を競う神様達のお祭り。

  

 巨大な雷雲を圧縮したエンジンを積んだ雲のマシン。

 台風の表面を走るレース。

 乗り込むマシンは、レース用の雲のマシン。

 もちろん空は、飛べない。

 初日は、高い高い、台風の頂上まで。

 翌日は、広い広い、台風の裾野まで。


 地上のクルマのデザインが、オシャレだという事でタイヤ状のものを使っているが、これが台風から離れないための工夫だ。

 レーサーの雲は、台風の雲を吸い取り、雷と混合して爆発させ、タイヤをまわす。エンジンが、動いている限り、タイヤは、台風から離れない。

 

 しかし、僕を連れてきた神様が、持ち込んだ雲は、古かった。

 現在のレース用の雲は、四輪駆動、四輪操舵が、主流だが、僕に与えられた雲は、後方二輪を転がす。方向を変えるには、前方二輪の向きをハンドルで変えるという骨董品だった。

 もちろん、ハンドルを切り込むだけなら、他のマシンの様には、曲がらない。ブレーキとアクセルで、曲げていく。


「運転は、デリケートだけど、軽い。積み込む雷雲も、小さくても大丈夫。台風レースは、上りと下り。下りの時は、絶対有利ですよ」


 女神様は、おそらく車オタク。何かの間違った情報で、旧式の雲で、最新の雲に勝つという間違った夢を見ているようだ。

 今回、僕は間違った夢に巻き込まれた。


「ちなみに、フワリちゃん譲渡の契約書ですが、小さくて見落としては、いけないから言っておくと、レースに優勝する事が条件になっているね。あっ、サインは、もう貰ってあるから、分かってくれてるよね」


「…」


 そんな小さく書かれたら…。

 見落としていた。

 僕を連れてきた尊い方は、知恵ズルいの神様らしいです。

 台風までの数ヶ月間。

 その昔、この雲を使って、台風レースに勝利したという伝説の人間、つち圭太郎けいたろうさんに、弟子入りした。


「な~に、台風レースなんて、箱根のお山を借り切って、自由に走って良いと言ってくれてるみたいなもの。楽しくて、楽しくて、あの時の事は、まだ忘れられないよ。」


 師匠は、伝説の走り屋で、超一流のレーサー。

 地上のレースでは、土砂降りの雨の中、後輪駆動のクルマをほぼ真横にしても、コントロールを失わず、ぶっちぎりで優勝した。

 走り屋の神。

 走り屋のプライド。

 走り屋の夢。

 台風レースで、唯一人間の優勝者。


 僕は、違う。

 僕のクルマは、確かに古いハチロクだが、あれはおじさんが、くれたものだ。

 僕は、走り屋ではないのだ。


「そうか、でも台風レースには出るのだろう」


 僕は、フワリちゃんのため、師匠に素直に従う。

 

「カウンターが遅い」

「アクセルコントロールが、ヘタ」

「メリハリが、足りない」

「荷重移動が、分かっていない」


 今日も怒られ続けた。


 思ったとおり、最新式との性能に絶望的な差を埋めるためには、前半の上りで、スリップストリームで、出来る限りついていく。後半下りで勝負。


 限界の低い雲のマシンで、全開にすると、どうしてもドリフト走行になる。

 伝説の走り屋に、徹底的に叩き込まれた。


 毎日の様に、積乱雲に出かけ練習していると、同じ様に練習しているレーサーとも親しくなった。


 最新式の雲に乗るレーサー。

 鬼と人間のハーフの女の子。名前は、雪鬼ゆきちゃん。

 ユキちゃんは、鬼の血の影響か、身体がとても強くて、雲がどんな動きをしても平気らしい。


「台風レースは、過酷だわ。人間には、無理よ。辞退したほうが良いわよ」


 可愛い顔をしたユキちゃんは、何故か僕のことを気にかけてくれる。

 とても優しいユキちゃん。でも怒ると、怖いらしい。ハーフのユキちゃんは、鬼の中でも特別強い身体と力を持って生まれてきたらしい。

 怒ったユキちゃんに、おつきの鬼が震え上がったのを見た事がある。ユキちゃんの怒りは、僕の姿を見ると収まった。

 以来、おつきの鬼は、僕の傍を離れない。


「おお、ユキ。お前、大きくなったな。オヤジさん、最近忙しいらしいな」


 師匠は、ユキちゃんを自分の娘のように、可愛がる。

 ユキちゃんから聞いた話では、ユキちゃんのお父さん、つまり鬼の世界の王様は、師匠と台風レースで、争った仲らしい。

 師匠に負けた王様は、人間の事が好きになり、現在の王妃、ユキちゃんのお母さんと結婚したらしい。


 他にもトラのレーサーもいた。

 いつもは、ゴリラか、クマが、レーサーとして参加するのだが、最新式の雲に変えた神様の判断で、より骨格の強いトラが選ばれた。


「優勝したら、象を食べた罪を帳消しにするって、おかしくないか?見ろ、あのドールども、俺が逃げたら、襲っていいと、言われているらしいぜ。いったい何頭の俺の仲間が、あの凶暴な犬コロたちに、やられているか。ライオンなんか、ビビって、応援にも来てくれない」


 トラだって食事はする。

 トラは、不遇の動物。


 他には、悪魔や、幻獣等、レーサーは、10名。

 優勝候補は、ユキちゃん。

 次は、悪魔のコダマ君。彼の雲は、最新式。コウモリの翼の様なウイングが、格好いい。

 何に使うのかは、分からない。


 幻獣、魔獣の類いは、面識が無い。


 知恵の女神推薦の僕。

 運命の女神推薦のユキちゃん。

 太陽の女神推薦のトラの虎ノ介。

 サタン推薦の悪魔、コダマ君。 

 そして、優勝候補のユキちゃんを狙う天候の女神推薦のアベル。


 天候の女神推薦は、台風レースには絶対優位だ。アベルは、女神が人間との間に設けた半神。見た目は、人間。どうやらユキちゃんに惚れたらしい。

 母親の女神に無理を言って、強引にレースに参加してきた。

 ユキちゃんは、嫌っている。

 半神である事のエリート意識が鼻につくマザコン。純粋の人間である僕の事は無視する、嫌な奴だ。


「あいつ、しつこくすると、余計嫌われるのにな」


「なんだ、お前知らないのか?台風レースは、勝てば願いが叶うレース。当然、アベルは、ユキちゃんと結婚したいと願う」


 ユキちゃんだって半分は、奴の嫌いな人だが、半神の我が身と、半鬼のユキちゃんに共感するものがあるのだろう。


 ところで、


「僕の優勝賞品は?」


 運命の女神は、答えた。


「もちろんフワリちゃんの獲得だわ」


「…」


 その年の最大台風は、10月だった。


 



 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る