バックシート

コオロギ

バックシート

 怖がりな友人の運転する車で、助手席に座っている私はちらりとバックミラーを確認する。当たり前だけれど、バックシートは無人だ。

「道路際に立つ幽霊って、どうしてみんな黒髪ロングの白ワンピ一択なんだろうね?」

「……さあねえ」

「坊主でグレーのスウェットでも事故って死んだらみんな同じ見た目になっちゃうのかな。急に毛がめっちゃ生えて魔法少女みたく服装もへーんしん! しちゃうのかな」

「坊主なスウェット姿の女の人ってなかなかいないと思うよ」

「あー男の幽霊って、そういえばコスチュームにはあんまりこだわりがないよね」

 車が本日何回目かのトンネルに入り、暗かった車内がぱっとオレンジ色に染まる。

「トンネルといえば、心霊スポットとしては上位に食い込むよね」

「そうね」

「昔そのトンネルを通すために作業員がたくさん死んだとか何かしら曰くつきのものもあるけど、単純に事故が起こりやすいところも『何かあるんじゃないか』って疑われがちだよね」

「うん」

「あとカップルがドライブ中に唐突に肝試しにって行って怖い目にあうのも多いよね。この近くの○○ってトンネルがさあーめっちゃ出るらしいぜーえーこわーいって云いながらまんまとやってくるんだけど、トンネル内では特に何も起こらなくて、なんだ何もないじゃんって思って出てきたら、窓全体に手形がびっしりついてましたーみたいな」

「へえ」

「しかもこの手形がね、外側じゃなくて全部内側についてましたーっていうのがこのお話のオチでね」

 こほん。

 私は体を捻って後ろを確認する。当たり前だけれど、やっぱりバックシートは無人だ。体を戻して見た友人の横顔は強張り、目にはうっすら涙が浮かんでいる。

「うーん、ちょっと寒いかな。温度上げるよ」

 居眠り運転だけは絶対に起こらなそうな車の中で、私は何も映っていないバックミラーを見つめる。空耳かと聞き流そうと思ったけれども、先ほどからこほん、と後ろから聞こえる咳払いは、少なくとも友人にも聞こえているらしい。

「あと十分くらいで私の家だね」

「今夜は帰さない」

「わお」

 ただ、友人は怖がっているけれども、私の話のクライマックスになると差し挟まれるそれは、どうも悪意というよりは友人への気遣いというか、お前いいかげんにしろよという私への窘めのように思えてならない。

 今度は舌打ちくらいされるかもなあと思いながら、私は口を開く。

「『今夜は帰さない』といえばね……」

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